初夜に「愛している」と言われましたが離縁されました。
「愛することはない」と言われて愛される話をよく見かけるので、逆(?)を作ってみました。
思いつきなので設定は緩めです。
「エレノア。君を愛している。今までも、これからも」
そう言って愛するアルバート様は私に口づけた。
「私も。幼き頃からずっとアル様を愛しています」
私は目を細め、アルバート様と口づけを交わす。
今までで1番、幸せな夜になる。
――そう、この時までは思っていた。
「お前、まさか……」
強張るアルバート様の表情に、私は顔が青褪めていくのを感じた。
「処女、じゃないのか……?」
焦りや怒り、驚きの滲む彼の瞳を見て、自分の予感が当たっていたことを悟る。
「……黙っていて、申し訳ありませんでした」
顔を俯けた私には、アルバート様がどのような表情を浮かべていたのか気づくことができなかった。けれど、気配が遠のき背後で扉の開閉音が聞こえたため、アルバート様が部屋から出ていってしまったことはわかった。
そして気づけば朝になっていて、隣にはやはりアルバート様の姿は無かった。
「はぁ……当然よね……」
自嘲気味に呟けば、乾いた笑いが口から溢れた。それから私が抜け殻のように時間を浪費していると、侍女が扉を叩いた。
「王太子様っ!殿下がお呼びです」
「アル様が……?」
侍女の慌てっぷりに驚きながらも、私は急いで身支度を行った。
だらけている場合ではないわ。
頬を叩き気合を入れ、私はアルバート様の待つ執務室へと向かった。
◇
「王太子殿下にお目にかかります」
公の場ということもあり、私は叩き込まれた礼儀作法に則ってアルバート様に挨拶した。しかし、アルバート様の反応は素っ気ない。
「堅苦しい作法は良い。それより、お前に話がある」
いつになく冷たいアルバート様に、私は自然と緊張に震えていた。厳しい視線に耐えきれず、俯いてしまいそうになる。けれど、そんな弱い自分を叱咤して私は前を見た。
「――お前とは離縁する。さっさと城から出ていけ」
「え……?どうして……っ」
予想外の言葉に、私は呆けた声を出してしまった。だが、アルバート様は顔を顰めただけで、特に気にした様子もなく、残酷なことを告げた。
「夫たる私の前に他の男に股を開くようなお前に口答えする権利はないと思うが?」
誤解を生むような発言に、私は強く抗議した。
「股を開くだなんて……!私だってしたくてしたわけじゃないのに……!」
「そんなこと、些末な問題だ。離縁することは決まったことだ。歯向かえばお前も、お前の家族に未来はないと思え」
「そんな……!」
家族の顔が、浮かんでは消える。同時に、アルバート様――王太子への気持ちが嘘みたいに失せていくのを感じた。
私、こんな男にあそこまで惚れていたなんてね……馬鹿みたいだわ。
「……離縁の件、承りました。即刻城から出ますので、準備させていただきますね。それでは、失礼します」
「……ああ」
突然変わった私の態度に、王太子は軽く眉を上げたが、特に追求することもなく退出を許可した。
◇
「はぁ〜。これから私、どうなっちゃうのかしら」
私は遠い空を見上げて深々と溜息をつく。
家を失った私は、まず実家へと向かった。暫くの間泊まらせてもらえないか、と打診した私に返ってきた言葉は、
「この恩知らずが。1日で王太子に捨てられたお前になど興味はない。これよりお前とは縁を切る」
であった。
取り敢えず、実家の前に居座るのも癪に障るため、実家と城の中間地点にある庭園に入り、ベンチに腰掛けた。そして、現在に至る。
「こっちはあなた方のことも考えて黙って離縁されてやったというのに……恩知らずはどっちよ」
あぁ、ムカつく、とすっかり歪んでしまった性格を露にして怒っていると、何者かが近づいてきた。
「やぁやぁ、お嬢さん。お疲れのようだね」
咄嗟に振り向き、睨みつけそうになったが、既のところで、かつてのお嬢様モードを思い出し、微笑む。そして、ゆっくりと振り返り、首を傾げる。
「あら、何の御用で――って、クラウス?」
取り繕った態度も、相手を見ればサッともとに戻った。
「やあ、久しぶりだね。エレノア。何やら忙しそうだけど、大丈夫だった?」
私の隣に無遠慮に腰を下ろしたその人は、幼馴染の侯爵、クラウス・ベルナールだった。
「まあね。でも、過ぎた話だわ」
わざとらしくフンッと息を吐けば、疑わしげな視線が刺さる。
「無理しなくていいんだよ?」
「別に無理してなんか……」
「本当に?」
嘘をつかなくてもいいんだよ、と言いたげな黄金色の瞳に、うっ、と言葉を詰まらせる。
「……悲しかったし、辛かった」
彼にそう優しく問われてしまえば、結局不貞腐れた本音が溢れてしまう。
だが、クラウスに言い当てられるだけでは癪に障るので、ついツンと顔を取り繕った。
「……でも、もう大丈夫」
言い切る私に何を思ったのか、クラウスは手を伸ばす。反射的に目を閉じた私の髪が、彼の手でさらさらと揺れる。
「よしよし」
「……何で私慰められてるの?」
温かい手の温もりに身を委ねてしまいたくなったが、敢えてジト目を作り、尋ねる。思えば、私たちの関係はこんな感じだった気がする。
「え?辛そうだったから」
「……そう」
クラウスの言葉に鋭く胸が痛み、自分が思ってるより傷ついていることに気付いた。
「……ちなみに、さぁ」
穏やかそうに見えて実ははっきりしている幼馴染にしては珍しく歯切れが悪く、私はそんな彼を不思議に思った。
「何?」
「答えたくなかったら良いんだけどさ、どうして離縁することになったの?」
直球なその言葉に、なんて返そうかと言葉を選んでから私は口を開いた。
「私がハジメテじゃなかったから」
言葉足らずだが、幼馴染で誰よりも私のことを知っている彼には十分伝わったようだった。
「そっか……」
私は、今から約二年前、貴族令嬢を狙った犯罪者集団によって、純潔を散らされた。ただ、私自身がその時の記憶が曖昧であることや、婚期を逃すまいとした両親によって箝口令が敷かれていた。
「いつまでも隠せることじゃなかったのにね……」
ついつい苦々しい顔つきになってしまう私に、クラウスは苦笑しながら言った。
「まぁ、良かったんじゃない?王太子と居てもエレノアは苦しい思いしそうだし」
言い切るクラウスが不思議で、私はきょとんと目を瞬かせる。
「?どうしてそう思うの……?」
私が思わず尋ねると、クラウスは思ってもみなかったことを告げた。
「彼、独占欲強そうだもん」
「えっ?……そうかしら?どうしてわかるの」
そう言ったクラウスが不思議で、私は彼が切なげな目をしていることに気が付かなかった。
「……ただ、同類な気がしただけだよ」
そして、ボソッとクラウスが呟いた言葉も届くことはなかった。
◇
「クラウス、本っ当に、ごめんね」
「いや、気にしなくていいよ」
ネグリジェ姿で、私はクラウスに頭を下げていた。
私は今、クラウスの邸、ベルナール家に来ている。というか、招かれている。他でもないクラウスによって。
「ここまでしてもらうつもりは無かったのに……」
「気にしなくていいって」
「でも……」
それでも申し訳無いと思う私に、やんわりとクラウスは告げる。
「いいの。僕がしたいだけだから」
「……そう」
納得いっていないことに気づいたのか、クラウスは小さく口を開いた。
「……本当のこと言っちゃうとさ、僕がエレノアにここまでするのはさ、ちゃんと理由があるんだよ」
「理由……?」
視線を合わせると、情熱を宿したクラウスの瞳に射抜かれ、いつもと雰囲気の違う彼に見惚れてしまった。
「僕がエレノアを大切にするのは、君が僕の最愛だからだよ」
「最、愛……?」
サラリと告げられた、重みのある言葉に私は驚いた。そして、甘やかなその響きに、思わず胸がときめいてしまった。
「そう。ずっと前から……君のことだけを見ていた」
「……、……そう、だったのね」
気がつけば隣にいた存在に、そんなことを思われていたとは知らず、私は戸惑った。
「うん。でも、気持ちを強要したりはしないよ。僕は、君になら利用されたって構わないから」
「!そんな……」
そう言えば、殿下はこんな風には私を想ってくれなかったわよね……。
そう思ってから、初めて聞いたクラウスの本音と王太子と比べてしまい私は後悔した。
だが、彼に言わなければいけないことがあると思い、私は目を伏せたまま静かに告げた。
「ごめんなさい。今すぐあなたの気持ちには応えられないわ。でも、あなたの気持ちにはしっかりと向き合う」
「うん。ありがとう」
悩みに満ちた私の答えだったけれど、これが正解だとばかりにクラウスは優しく笑ってくれた。
ベルナール家にお世話になり始めてから、一週間が経った。
クラウスの想いを思いがけず聞いてしまって、気まずさを感じていたけれど、幸いというべきか、遭遇する場面は無かった。しかし、クラウスのことを避けてばかりはいられない事態に陥ってしまった。そう、それは――
「私……クラウスのことが好きだわ……」
クラウスへの恋心を自覚してしまったのである。もともと、私はクラウスと婚約するはずだった。だが、王太子アルベールがエレノアに一目惚れしたことで、二人の婚約は取り消しになった。以降、私は忘れるようにしていたが、初恋の相手はクラウスだった。
「しっかり、想いを伝えなきゃ……」
私はそう決意し、その日はクラウスとの思い出に浸った。
◇
「クラウス。言いたいことがあるの」
いつの日か、クラウスに愚痴を聞いてもらった庭園で、私は彼に向き合っていた。
「急に、どうしたの?」
心当たりがないらしく、クラウスは不思議そうにしている。
「私、クラウスが好きみたい。……都合が良いのはわかってる。でも、あなたと居たいの」
静かな庭園に、私の告白が響く。
「――僕は、今でもエレノアが好きだよ。誰よりもエレノアを愛してる」
「なら、私も!私は、誰よりもクラウスを愛してるわ」
私はつい声を弾ませ、応える。しかし、王太子に向けられた冷たい視線を思い出してしまい、不安になりながら慎重に口を開いた。
「ねぇ、こんな私でも、結婚してくれる……?」
しかし、私の不安なんて払拭するようにクラウスはにこやかな笑みを浮かべた。
「もちろん。でも、――結婚するからには、簡単に手放したりしないからね?」
妖しげに輝く黄金色の瞳を見て、私は思った。
――実はこの人は、かつての旦那様より独占欲が強いのかもしれない、と。
最後までお読みいただきありがとうございました!




