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恋するキャンバス  作者: 犬野花子
羽馬千香子
8/32

8話 いろんな色があるね

 夏休み中に、どうにか誠司くんと親睦を深めまくろうと思っていたのに、テニス部の後半が練習試合三昧らしく。さらには、「休みに、お前ばっかりと遊ぶわけにはいかねーんだよ」と、男の友情を最優先にされる始末。結果、ふたりっきりで会えたのはあの一回ぽっきりだった。

 いや、まだ夏休みは終わっていない、諦めてなるものか! ……今日で終わるけども!


「くうーっ!」


 思わず力んで立ち上がってしまったが、目の前でギョッと驚いている部活の先輩に気づいて、大人しく元通りに座り込んだ。


 残念ながら、自分の所属する美術部も、今追い上げ期で大変なのである。弁当持参で午前も午後も部活三昧である。


 美術室の床には大きな白布が敷かれていて、先輩達がせっせと色を塗っているところで、私はその布が皺にならないようにピンと引っ張って押さえるという重要な任務中である。


「羽馬さん、足でも痺れたの?」


 後方の声に振り返れば、円堂先輩が作業の手を止め、顔だけこっちに向けていた。


「あ、いえいえ! 別件です! 大丈夫です!」

「押さえてるだけだと、つまらないよね。あとで、ここの部分描くの、手伝ってもらおうかな」

「とんでもない! めっそうもない! 私なんかが描き込んで、体育祭と美術部の一生の汚点になったらだめですから!」


 さっきまで静かに作業していた部員達が、各所で肩を震わせる。

 ほら、みんな想像して笑っているではないか。


「そう言われると、余計に描いてほしくなるな。えーと、どこか目立つ場所あるかな」

「ぎゃー!」


 立ち上がって布に描かれた下絵を俯瞰する円堂先輩に、私はすぐさま飛びついて目元を覆わせていただいた。


 さっきまで集中していて静まり返っていた美術室なのに、みんなが一斉に遠慮なく笑いだして、緊張感をぶち壊してしまう結果となった。



 昼休憩に、弁当を持ってテニス部の見える場所で食べようと思ったら、ちょうど片付けがはじまったところらしく、バラバラとしかいない。誠司くんの姿も見当たらなかった。


「はぁ」


 ため息が漏れてしまう。いったいいつになったら彼との仲は深まるのだろうか。


「怒ってる?」


 手元の弁当に影がかかって見上げると、太陽に照らされた眩しい髪の毛がサラサラと揺れる円堂先輩だった。


「先輩?」

「ここで一緒に食べていい? 怒ってなければ」

「私が先輩に怒ることなんてありましたっけ?」

「ふふ。じゃあお邪魔します」


 先輩は横に並ぶように座って、コンビニの袋からパンを取り出し始めた。


「羽馬さんも、描けばよかったのに、体育祭の横断幕」

「もー! その話なら怒ってますよっ」

「人数少ないし、一年生も参加しようよ」

「なに言っちゃってるんですか。一年生って私ともうひとりしかいないのに。私なんか絵の基礎すらないのに」

「上手い下手じゃないんだよ、大丈夫大丈夫」

「全然、大丈夫に思えないです、その含み笑い」

「え、この笑顔、けっこう武器に使ってるんだけど、羽馬さんには効かないか」


 よく見る光景だ。先輩はこの笑顔で告白や入部希望者に「ごめんね」と一刀両断するのを。わりと恐ろしい人だな、自覚あったんだ。


「円堂先輩って、なにげに罪な人ですねー」

「羽馬さんに言われると、ものすごく傷つくなー」

「どうしてですか?」

「無邪気な人に言われると、他意はなく本気で言われてるんだって思う」

「無邪気ですか? 私が?」

「少なくとも、裏とかないでしょ。真っ白だね」


 なぜか先輩は断言してきた。

 そう言われると、まったく深みのない人間だと思われている気がして、なんか悔しい。


「裏ありまくりですよ、私!」

「例えば?」

「例えば! ……例えば、そうですねー……」


 どうにか捻り出そうとして、眉間に指を当ててみた。横で、先輩はクスクス笑っている。


「あ! ありました! 私は誠司くんと強く結ばれることばっかり考えてますよ! 真っ黒でしょ?」

「それは、黒じゃなくて、桃色だね」

「あ、そうか……」


 こうなると、“黒”とはなんだろう。そもそも“白”ってなんだろという迷宮に入りそうだ。


 思考が低迷しかけたところで、ガヤガヤとしたざわめきとたくさんの足音が聞こえてきた。


「じゃあ次は、一文字だけで会話できるかやろうぜ」

「あ」

「う?」

「あはは、男子ってほんとバカ」


 テニスラケットを持った男女のグループが、グラウンド横の倉庫から出てきて、校舎に向かって歩いてきていた。専用レーダーがすぐ働くので、そのなかに誠司くんがいるのもすぐわかった。

 条件反射で立ち上がろうとしたが、そのグループ全員が、ピタリと口を結んで逆にこちらに注目してきていて、声をかけようにもしずらい雰囲気だ。

 彼らはぞろぞろと無言のまま横を通り過ぎていく。なぜだろうか、誠司くんだけ視線が合わない、どころか顔をそむけているようにも見える。完全なる無視を決め込んでいるようだ。相変わらず学校ではツンな男である。


 そのテニス部のグループは、通り過ぎた途端に「きゃあきゃあ」と女の子たちは弾けたような声をあげた。校舎の昇降口へ向かいながらも、何度もこちらに振り返ってはぴょんぴょんと跳ねて耳打ちし合うのだ。

 彼らの姿が見えなくなった途端に、爆発したような興奮した声だけがこちらに届いてきた。


「……なんか変な感じ」


 自分だけ弾き飛ばされた、そんな感じだ。


「誤解させちゃったかな、ごめんね」


 先輩は勢いよくストローを紙パックに差し込んだ。


「え、なんで先輩が謝るんですか」

「ヤな感じを、受けさせちゃったから」

「誠司くんが私を無視して、他の女の子と仲良くしてるのは、先輩のせいじゃないですよ? 無視はいんです慣れてるんで。だけど、他の女子と楽しくしてほしくないです」

「……あ、彼のほうね」


 先輩は、なるほどと頷くとジュースをゴクリと飲み込んだ。


「はーぁ、誠司くんたち、何を盛り上がってたんだろ。あ、変なやりとりを聞かれたと思ったのかな、ほらさっきの一文字会話ってやつですか」


 やっぱり部活仲間になったほうが、接触がたくさん増えて親睦も深まるのがはやかったのかもしれない、と悔やまれる。


「羽馬さん、ほんと真っ白だね」

「はい?」


 先輩の声に、抱えていた頭を持ち上げれば、円堂先輩は残念な子を見るようななんとも言えない表情で、見つめてきた。


「さっきの彼らは、たぶん僕らのことで盛り上がっちゃったんだと思うよ」

「僕ら? 先輩と、私?」

「そう」

「なぜ?」

「こうやってふたりでいるから、じゃないかな」

「それのどこがおもしろいんでしょうか?」

「うん、そうだよね。そう言われれば、そうなんだけど」


 先輩は、私にわかるように説明しようと考えあぐね、うーんと唸った。


「遠回しは無理か。簡潔に言うと、羽馬さんと僕がカップルみたいに見えたんじゃないかな」

「カップル! それは、お付きあいしている仲の良い関係のふたり!」


 私が誠司くんとなりたいやつである。それがなぜ、先輩と? 誠司くんとのほうがいっぱいふたりでいるのに!


「座ってるだけですよ? そんな勘違いになりますかね?」

「うーん、なんかごめん」


 先輩は神妙な表情である。


「あ、いやいや、先輩に怒ったわけじゃないです!」

「いや、怒って同然だよ。ほんとごめん。……僕、真っ黒だから」

「ん?」


 先輩は何事もなかったように、ニッコリ微笑むと、サンドイッチに手を伸ばしていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 円堂先輩、ちゃんと謝ってるのいいと思います! 思わず背けてしまった誠司くん、どんな顔してたのか気になりますね~(ゲス顔)
[一言] 真っ黒と言いつつ真っ黒になりきれない先輩いい… 笑った顔に弱いんだろうなぁ
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