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恋するキャンバス  作者: 犬野花子
羽馬千香子
3/32

3話 もっと知りたいんです

「おい、大丈夫か? 鼻血か?」


 部屋に戻ってきた誠司くんが、ドア開くなり慌てたように覗き込んできて、思わずヒッと喉が締まった。

 近い、近い近い! この至近距離はまだ私にははやすぎて毒っ!


「あ、ちがっ、まだ出る前っ。これから出てくるかも!」


 つまんでいる鼻から余計に手が離せなくなりそうだ。

 でも誠司くんは、私の鼻の奥ツン事情を知るよしもなく、一階から持ってあがった荷物を私に押し付けてきた。


「タオル冷やしたやつ、これで汗拭いて。んでこれスポドリ飲んどけ。あとアイスな」


 ポンポンと渡されるがまま受け取れば、誠司くんはベッドに腰掛けてアイスの袋を破ってパクリと咥えた。


「俺が帰るまで、まさかずっと外で待ってたわけじゃないだろな、こんなクソ暑い日に」

「ううん。ちょうど来たとこ。気が焦って走ってきちゃった、えへ」

「美術部が無茶すんなよ」

「はい、すみません」


 冷えたタオルを首にかけて、ペットボトルを膝で挟みつつアイスの袋を破る。誠司くんにならってパクリと頬張れば、シャリシャリしたソーダ味が喉に一瞬で染み渡る。


「あーうまっ!」


 火照ってる時のアイスは最強だ。ソフトクリームではなく、このシャリシャリがドンピシャで体に染みる。

 ああでも、私の体調を心配してあれこれ持って上がってきてくれた誠司くんを思うと、火照りが再発してしまう。これじゃ、冷やしても冷やしてもすぐ上昇する。だめだ、さっきから体温調節がガバガバに壊れてるよ。


 しばらくふたりして、シャクシャクとひたすらアイスを貪る。もちろん豪快に食べる誠司くんから目を逸らさず、その姿その動きすべて、網膜への焼き付けをしっかりおこなって。


「で? なんの用?」


 誠司くんはアイス棒を捨てるためのゴミ箱を差し出してくれながら、上目遣いでジットリ睨んでくる。


「あのね、いいこと思いついたのよ」


 アイスやタオルを受け取ったタイミングで足元に落としてしまったバッグを拾って、その中からノートを取り出して見せた。


「ジャーン! 交換日記しよ!」

「……は?」

「誠司君のことたくさん知りたいし、私のことも知ってもらいたいし、でも恥ずかしがり屋な誠司くんだから学校で話しかけるのもはばかられるし、ってなったら、もうこれ、これ最高の手段じゃんって閃いちゃった!」

「……」


 しばし固まってしまった誠司くんは、やがて脱力したように首を落とした。


「え? 最高でしょ? ダメ?」

「そんなことで、ぶっ倒れる直前まで走るなよこんなクソ暑い時に」

「一刻もはやく始めたくて」

「なぜ俺が嬉々として“うん、やろう”の流れになると思えるんだよ」

「楽しいよ? ほら、スマホのやり取りみたいなのができるし。絵文字のかわりに絵描いたりしてさ」

「こっ恥ずかしすぎる。そもそも俺の得がないだろが」

「そりゃそうだよ、私の利益を求めて生み出された案なんだから」

「あ、コイツ開き直りやがった!」


 誠司くんが、元から大きな瞳をさらに見開いてから、くしゃっと顔をゆるめて笑う。

 ああ、かわいい。どんな表情もかわいい。なにしたって胸がきゅんきゅん唸っちゃう。どうしてくれようこのかわいこちゃん。はやくどうにか仕留めたい。


「どうか! この私めに、誠司くんの情報を漏らしてくださいませんか!」

「こえーわ!」


 誠司くんは自分の体を抱きしめるように仰け反っている。

 だけどここで包囲網を緩めるわけにはいかない。なんとしても誠司くんとの距離を縮めまくりたいのだから。ウカウカしてたらまたあっという間に卒業してしまう、それだけはいやだ。


「恵んでください! 誠司くんの情報を!」

「そもそも情報ってなんだよ。俺はどっかの国のスパイかなんかなのか? なんも教えることねーだろ?」

「乙女座、出席番号三十一番、美化委員、ソフトテニス部、身長体重は本人の希望により秘密、お姉さんふたりいて五人家族、ペットなし。これだけじゃ、誰でも知ってる情報しかないもん」

「充分だろがー! そもそもそんだけ記憶してることすら異常だろっ」

「えーっ、ケチー!」

「ケチじゃねーし!」


 鉄壁のガードが崩せない。だけどちょっと安心した。私以外の女の子から情報提供呼びかけられても、交換日記お願いされても、頑なに断ってくれるならそれはそれでアリだ。いや待て……私が相手だからだったらどうしよう。


「あ、やば……なんか悲しくなってきた」

「は?」


 そうなのだ。峯森誠司君という男の子は、だいぶカタブツで。小学校の時からあんまり女子と喋ったり遊んだりするタイプではなくて。優しいんだけど一線引いてて、男子とばっかつるんでいる。

 それが安心材料ではあったし、私が頑張っても距離が縮まらない原因だと、半ばそうであれと思ってきていたけど。

 私だから拒否しまくってるという可能性、目を背けすぎてないだろうか。この先、学校の廊下で通りすがりの知らない女の子が、「誠司君って、食パンに粒あん乗せて食べるの苦手なんだよ」なんて話してるの耳にしちゃったら私、立っていられるんだろうか。


「……私、帰る」

「な、なんだよ急に」

「ちょっと、急激な不安に押し潰されそうで」


 立ち上がった途端フラリとゆらめく。足元に力が入らない。


「あ、おい大丈夫かよ!」

「お邪魔しました……」


 名残り惜しいが仕方ない。本当はもっと誠司くんの部屋にいるという喜びに浸っていたかったのに、それどころじゃなくて堪能できなかった。

 とにかく一刻もはやく帰って、過去の出来事を復習して、一ミリでも私じゃダメだった可能性を洗い出さないと。


 部屋のドアノブを掴んだところで、腕を引っ張られた。

 反動で振り返れば、誠司くんがいつもの険しい表情で睨んでいる。


「それ貸せ」

「ん?」


 手のひらを差し出されていて、視線を辿れば私が持っているノートだった。


「やるよ、やればいんだろ。なんか書けばいんだろ?」

「え? 交換日記、してくれるの?」

「交換日記じゃなくて、情報提供な」


 半ばヤケクソのようにノートを奪った誠司くんは、益々渋い表情をしている。でも、もとの顔がかわいいので、まったく怖くないところがすごい。


「てか、もうなんか書いてるじゃん。……なんだよこのジャムって」

「あ、それ昔飼ってた、てか勝手に庭に入り込んでた猫ちゃん。時間なくて絵がまだなんだけど、今度描いとくね」

「なんでもいいんだな?」

「うん! 何して遊んで楽しかったとか、オススメ漫画の話とか、粒あんトーストが大好物だよとか!」

「は?」

「なんでもいいんだ! なんでも知りたい、誠司くんのこと!」

「……」


 目の前で、みるみると顔を染めていく誠司くんは、ムスッとしたままクルリと背を向けてしまった。


「そーゆーことを、恥ずかしげもなく、言うな! てかなんだよこのノート、表紙にでっかい“1”って」

「数字を書いとけば、続編があるというプレッシャーを与えられるかと」

「絶対に一巻で打ち切りにしてやる」

「やん! 最後のページまでみっちりお付き合いしてくれるのね、もーう、優しいんだから誠司くんったら」

「誰かコイツに会話のキャッチボールを学ばせてくれ」


 ヒラヒラと手先を払うようにして、誠司君の部屋から追い出されてしまった。

 なのに、ニマニマが止まらない。どうしよう、今度から湯水のように誠司くんの情報を浴びることが、できるっ。



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