11話 悟ったぞ
残念ながら、なにもない。
俺の人生最大のイベントであったはずの告白、肝心な部分でグダグダになりすぎて記憶すらぼやけている。
結局どうなったんだ、俺たち。
羽馬が円堂先輩と付き合ってなかったという“寝耳に滝水”発言に驚きすぎて、なにも、本当になにもうまいこと言えず「じゃ、じゃあ、そういうことで」と終わらせてしまった。いや、でも仕方ないだろ。俺はとにかく、言うことだけ言っとこうと、言わずの後悔で鬱々とする日々から脱出しようと、なけなしの勇気で立ち向かいに行った訳で。まさか、それ以前の問題で、あのふたりが付き合ってなかっただなんて。ということは、どっちに転ぶかわからない直接対決になってしまうってことだろ? 先輩とは付き合ってないけど「いやもうお前なんて過去のことだし」とぶった斬られる可能性があるってことだ。そりゃビビるだろ。そこまでの覚悟、持ち合わせてないんだから。
「はーぁ、バカだなー俺はほんと」
学校へ向かう足取りが重すぎて、さっきからどんどん追い抜かれていってる。
憂鬱とは違う、完全にビビっている。どんな顔していればいいのかわからない。クラスは違えど、校舎のどこかで出会うことは二、三日に一度はあるのだ。
絶対、勘付かれた。あの流れ的に、俺が何を言い出そうとしていたか、絶対バレたはずだ。それを言い切らずに逃げた腰抜け野郎と、絶対思っただろう。ダッサ……。
「おいーっす!」
ドウンッと背中に衝撃を受けてよろめいた。いつもなら直前に避けきれていた竹井の挨拶だったのに。
「おおっ! ついにオレ、忍者並みに気配消せるようになったのか!」
「ふん、モブで喜んでいるうちは上忍になれんぞ」
「峯森しか眼中にないから問題なーし」
「きもっ!」
背筋が凍ったおかげで、さっきよりシャキッと歩行できるようになったのは、いいのか悪いのか。
「なあなあ、聞いてくれる?」
今朝の竹井はいつも以上にご機嫌のようだ。気配消すどころか、ほぼほぼスキップしている。これで気付けなかったことに、なおさら落ち込むわ。
「シャットアウト」
「昨日さー、オレさー、ついにさー」
耳を塞いだ俺の手を無理矢理剥がしながら、竹井はニヤニヤ全開である。
「コクっちゃった! 彼女できちゃった! へへ!」
「っはあ?」
普段ならどーでもいいことなのに、なぜかものすごい衝撃をくらった。
「へっへー! ということで、ついに峯森を差し置いて、彼女、できちゃいましたー!」
スキップしながら二回転して器用に進行方向へ進んでいる。
俺が腰抜けなのか、コイツが強靭なのか、俺がダメダメな時にコイツは大成功していたという、衝撃。
「お、お前からコクったのか?」
「おお? 峯森が、オレの幸せに興味持ってる!」
まったく竹井に興味はないが、成功例は聞いて損することはないはずだ。
「えー、どっから話そうかなー。まず、出会いから」
「カラオケだろ? いーからどうやってどのタイミングでコクったんだっ」
「えー聞いちゃう?」
なんてめんどくさい奴なんだ。いや、我慢だ、耐えろ。
「ぜひ、聞かせてくれ」
「峯森がそこまで言うなら、しっかたないなーぁ」
早く言え、いや呑み込もう。
「昨日、一緒に帰ったんだよ駅まで」
俺と一緒じゃねーか。
「でさ、ホームに降りる別れ際にさ『明日から彼女になって』て、言ってやったぜ」
明日からの意味がわからんが、俺と違って迷いないな、勇者だなっ。
「す、すげーな」
「おおお、峯森にほめられた!」
俺はなんで、ひとことが、気持ちが、伝えられないんだーっ。
「そしたら『いーよ』って、うひひひひ」
「顔がキモいぞ」
だが、眩しい、無性に悔しい。
「はっはっはっ」
ご機嫌な竹井は、周りの視線をものともせず、俺を置いてスキップしながら去っていった。
**
ずっと教室に引きこもり――続けることは不可能で、トイレや移動教室などどうしても出ていかなければならない時はやってくる。そのたびにビクビクとしながら様子をうかがってしまう。
合わせる顔がない。いや、しんどいほど恥ずかしすぎて、どんな顔して歩けばいいのかわからないのだ。
そのくせ引きこもっている教室から、休憩時間のたびに廊下を気にしている自分がいる。ほんとダサい。
一日目はそんな感じで、何事も起こらずあっという間に終わった。ホッとした自分がいる。
二日目は初日よりドキドキと心臓がパンクするんじゃないかと思うほど緊張しながら、縮こまって生活していた。一瞬で一日が終わった。気が抜けた。
三日目は土曜日で、外練メインのテニス部と体育館メインのバスケ部では鉢合わせになることはまずないのと、気持ちに少し余裕ができたのか、朝の電車待ちの時にだけ、体を固まらせてたぐらいだ。けど結局、一日を通してアイツを見かけることはなかった。家に帰った途端、拍子抜けしてカバンを足元に落としたくらいだ。
逆に落ち着かなくて、幸太にメッセージを送ってみた。
『バスケ部、今日、午前中だったよな?』
すぐに回答はあった。
『あったけど?』
ということは、だ。ただただ、たまたま、こんな狭い世界でエンカウントしなかっただけなのだ。あれだけビビっていたのはまったくの無駄で無意味なものだった。
いやでも待てよ。ひょっとしたら、俺と同じく、向こうも俺を避けていた可能性だってないか? 自分で言うのもなんだけど、あのやりとりは、なかなかのこっ恥ずかしいシーンだった。つまり、アイツも俺のこっ恥ずかしいセリフ聞いて、居たたまれず気まずくなっている可能性だって、なくはないか?
一度ベッドへ放り投げていたスマホを慌てて手に戻す。
『羽馬最近、体調崩して休んでるか?』
どう聞こうか悩んだ末、恥をしのんでわりとストレートに打ち込んだ。羽馬のことを気にしているのがモロバレだけど、他に確認のしようがないし、なによりコイツの鈍感具合は優秀なレベルである。
『普通に来てたけど?』
幸太からのメッセージをしっかり眺めた。普通に、来ていたらしい。なにも小っ恥ずかしくなかったということだろうか、あの時間は、アイツにとって。
こうなってくると、今度は違う意味で非常にモヤモヤしてくる。俺にしてはめちゃくちゃ頑張ったつもりでも、なんにも、ひとかけらも伝わってなかったということだ。もはやデジャブだ。俺ひとりドキドキこわごわとしているだけで、アイツはいつも通りの一日を終えている状態。
幸太以上に、鈍感な人種だったのだ。もはや、そう思うことのほうが俺にとってはありがたい。勘付いていてスルーされてる、だなんて、絶対無理。
なんにせよ、やっぱりどうにか決着をつけなければ、生きた心地がしない日々が続く。もう、限界がきている。アイツを目に入れない考えない生活なんてそもそもできやしねえってことを、今とても思い知らされている。