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恋するキャンバス  作者: 犬野花子
峯森誠司
20/32

6話 まったく変わってない俺

 委員会が終わって筧を引き止めようとしたが、すぐに立ち上がると知り合いに駆け寄ってそのまま出ていってしまった。


 やむなくひとり、昇降口へ向かっていると、同じ階の理科室からぞろぞろと出てくる人影の中に、羽馬を見つけた。


(デート行ってねーじゃん!)


 驚きすぎて立ち止まっていると、俺に気付いた羽馬がパッと笑顔になって手を振ってきた。


 ……かわいい、と一瞬思ってしまったのを追いやるために、こっそり自分の太腿を抓る。


「あれ、峯森くんも委員会?」

「え、あ、おう。羽馬も?」

「うん。美化委員なんだけど、体育祭では、整備とかの仕事するんだって」

「へー」


 そのままなんとなくの流れで、一緒に帰ることになった。


 筧がその辺にいないか周囲を見渡して、なんとなく安堵して靴を履き替えた。


「筧もいたぞ。どっかいるんじゃね?」

「体育委員だもんね」

「……待つ?」

「ううん。とくに約束してないし」

「そっか」


 なんか妙にドキドキしてきた。ドキドキの意味もわかんねーけど。筧より俺と帰ることを選んだんじゃないのかと、思ってしまう。


 この間、ふたりで帰ったのは成り行きで、半ば強制的な出来事だった。だけど今日のこれは、自分で選択したといってもおかしくない。筧を待つと言われたら、機嫌が悪くなっていたような気さえする。


「あ、ひょっとして、よくないか」


 突然、羽馬の足が止まった。


「なにが?」

「え? えっと、彼女さんに、悪い?」

「……彼女、さん?」


 おそるおそるという感じで、上目遣いで見てくる羽馬の瞳に釘付けになっていたことに気付いて、慌てて視線をそらした。


「あ、違うからな、それ! 筧も言ってたけど、なんか噂になってるって!」

「え……そうなの?」


 まじか。A組の俺の話が、D組の羽馬の耳にまでも届いてんのか。


「なんでそんなことなってんだ? こえーな、噂」


 居ても立っても居られなくて歩きだしてしまったが、羽馬も続いて歩き出していた。


「噂なの?」

「付き合ってねーしっ」

「猛アタックされてたって、みんな言ってた」

「うーむ……」


 これがあの"壁に耳あり〜"ってやつか。どこで見られてんのか。いや、赤尾先輩、あの時どこで声かけてきたっけ?


「ふふ。峯森くん、相変わらずだ」


 噴き出す羽馬に視線をやる。顔に手をやってクスクス笑っているその姿は、やっぱり中学時代とは別物だった。あの頃のコイツは、大きく口をあけて、目一杯笑っていた。


「俺だけ成長止まってますよー」


 我ながらスネてんなと思った。

 羽馬はパッとこっちを見上げて不思議そうにしている。


「じゃあ、まだ、彼女作る気ない?」

「え?」


 羽馬へ視線を飛ばせば、今度は向こうからすぐにそらされた。


「あ、いや、峯森くんって、女子のアタックを嫌がるの、健在なんだって思って……」


 そんなにアタックされた覚えはなかったけど、確かに中学時代の羽馬は、ものすごくチャレンジしてくれていた。よくも滅気ずに、へこたれずに、愛想のない俺を思ってくれてたもんだ。

 今、そんなこととは無縁になったからこそ、こうやってあの頃の話ができてしまっているんだろう、な。


「付き合うって、なんなんだろな」


 しんみり口に出して言えば、ブッと勢いよく羽馬が噴き出した。


「あはは! もーう! 前も聞いたことある台詞だよ」

「いや、そんな笑うことかよ」


 肩を震わせて笑っている。


「なんか、懐かしくて、おもしろくて、安心した」

「なんだそれ」


 目尻の涙を指で拭いながら、羽馬はクスクス笑い続ける。


「だって、高校入って、なんか峯森くんが別世界の人みたいになっちゃって、さみしかったから」

「別世界?」

「そーだよ」

「なんで?」


 立ち止まって羽馬に向けば、一瞬同じく止まったものの、すぐに歩き始めた。


「教えない」


 背中を見せて歩く羽馬に「はあっ?」と声を掛けてあとを追った。


 とんでもなく意味深でこんなにドキドキするのか、それとも声音がどうにも艷やかで甘くて心臓に直撃したからなのか、追いついて横に並ぶのに、少し時間をかけてしまった。


 **


 翌日の学校では、多くの視線を浴びている感覚だった。感覚というよりも、気配を感じて視線をやれば、明らかに直前までこっちを見ていただろと言いたくなるレベルでパッと顔を背ける女子のかたまりを、何度も見かけた。


 不定期で起きるこの現象は、いったいなんなんだ。すんごいモヤモヤする。


「おいおいおいおい」


 トイレから戻ってきた竹井が、机を右へ左へと縫いながら駆け寄ってきた。


「峯森、抜けがけかっ!?」

「はあ?」

「さっき、他のクラスの女子達につかまって、聞かれたんだよ、お前のことっ」

「俺? 何?」


 竹井はグッと首を寄せてきた。


「昨日、羽馬さんとふたりっきりで帰ってたって! 仲睦まじく! こんにゃろおいっ!」

「え」


 ドッと冷や汗が額に滲む。シャツの中で体がカッと熱くなる。


「あ、いや、それは、だな!」

「だけどちゃんとお前のかわりに弁明しといてやったからな! 羽馬さんは彼氏いるし、峯森とは同小だってことをな!」

「え、あ、お、おう……」


 わりとズンッとくらった。竹井に責められなかったと安堵の案件だろうに、なんだか鉛でも呑み込んだみたいな。


「はーぁ」


 竹井は息を吐きながら、ようやく目の前の椅子を引っ張って腰をおろした。


「ほんとお前は噂の種になんのなー! ちくしょう、誰か俺の噂もしてくれー!」


 羽馬とふたりで帰ったことには言及がなく、少し息を吹き返し頬杖をつく。


「みんなほんと、誰と誰が付き合ったとかいう話、好きだな」

「ばか、ちげーよ。お前だからだろ」


 竹井の眉が目一杯中央に寄っている。


「俺がなにしたってんだ」

「くーぅ! これだから天然モテ男は、たちが悪いんだよ」


 竹井の貧乏ゆすりが目の前でダイナミックに行われている。


「お前のその、女子なんか興味ない、目に入ってない感じのクールに見えてるのがさー、今まで告白蹴散らしてきてたのがさー、いきなり女子ひとりと仲良く帰ってんの目撃されたらそりゃ大騒ぎさ」


 言われてみれば、俺が高校に入ってふたりっきりでいたのは、羽馬だけだったな。


「けど、そんなんで、いちいち噂になるもんか?」

「くそー! おれに言わせる気か! はいはいお前はモテるもんなー! あ、でもな、今度ばかりはオレのほうが先に幸せになるからなっ」


 貧乏ゆすりをピタリと止めて、今度は絶好調にニヤケはじめた。


「ふっふっふっ、昨日、出会っちゃったんだよねー、いい感じになりそうな子」

「なっ! 早くねーか?」


 顎が外れるかと思った。

 だが、竹井はしれっと言い返す。「勝てない勝負に時間費やすより、インスピレーションを大事にしていくぜ!」と。あんなに落ち込んでいたくせに。


「見る? 見る?」と写メを見てほしそうにグイグイ押し付けてくる竹井を「先生に没収してもらうぞ」とあしらいながら、考える。俺はいったい、何に振り回されて落着かないんだろう、と。


 羽馬には先輩がいて、俺とはもう昔なじみなだけの関係で。ちょっと話が盛り上がったからって嬉しくしてたのは、何を期待してしまったんだろうか。

 俺のあの、不発の告白まがいのものも、羽馬が俺を好きだった時期があったのもすべて、とっくの昔の、過去のものなのに。





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[良い点] めげない男、竹井☆ ニャンコスターさんはなぜこうも自分の気持ちを認めないのか!(ノಠ益ಠ)ノ
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