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恋するキャンバス  作者: 犬野花子
峯森誠司
17/32

3話 絵の中の少女

 その日はきた。

 俺的には忘れたくて、日常の忙殺を最大限にいかし頭の中から押し出してしまおうと思っていたのに。律儀なことに幸太経由で、筧からの「今日、決行せよ」との伝言が竹井に伝わってしまった。


「俺に、断るという権利はないのか」


 そう口では言ったものの、結局は今、竹井に腕を引っ張られて下校している。


 うちの学校は、毎週水曜日は先生たちの会議日や、生徒会役員会などにあてられていて、全部活が休みになっている。もちろん俺たちテニス部もだし、アイツのバスケ部もだ。


 学校の門を出た遠く先には、筧を挟むように羽馬と幸太が歩いている。


「はーぁ、どうしよう。やっぱ彼氏いんのかなー。じゃないと、わざわざ“見ろ”だなんて言わないよな?」

「ああ」

「見て諦めろって、ことなのかなー。さすがのオレも、彼氏いるのにコクるほど気合い入ってねーしなー」

「ああ」

「あ、でも、もし誰かと会ってたとしても、それが彼氏かどーかなんて、決まってねーよな? 従兄弟とか、兄弟とか、知り合いの知り合いとか?」

「ああ」

「聞いてねーな、峯森ぃ」


 竹井に腕を引っ張られても揺さぶられても、意識は完全に前方へと向いたままになってしまう。


 アイツを、しっかりちゃんと見ようと思って見たのが、すごく久しぶりなせいだろうか。俺の知ってる羽馬とは違って見える。

 中学の時のアイツは、ずっと短い髪型だった。後半は髪を伸ばしていたようだけど、基本は耳が隠れるくらいの長さで、いつも振り乱していてあちこちピンピンで、背だって小さいからほんと”少年”みたいで。夏休みに見た私服姿だって、完全に”少年の夏休み”だった。だから俺も、女子だと身構えずに接していけたのかもしれない。


 だけど、今は。あれから言えば背も伸びてみえるし、なにより髪の毛が肩より下まである。横顔から覗く笑顔も、無邪気だったあの頃とはまた違うもので。

 これが、年相応と言われればそうなのかもしれない。俺がただ、成長してないだけなのか……。


「改札くぐったぞ、見失わないように」


 竹井の声で意識が戻る。学校の最寄り駅はたいして大きくはない。だから尾行がしづらく、離れすぎると見失う。


 羽馬たち三人は立ち止まってしばらく会話してから、手を振りあって別れた。幸太と筧は、俺の帰宅コースと同じ下り列車のホームへと向かっていく。だけど、同じ駅のはずの羽馬は、上りのホームへと消えていく。


「チッ、帰る気ねーのかよ」


 思わずぼやいてしまった。上りの列車は繁華街のある大きな街へ向かう。遊びに行く気なのは間違いない。


 列車の時間と羽馬の位置を確認して、ギリギリまでホームに降りずに待機し、列車が入ってきたところで、一気に階段を降りて、羽馬の乗り込んだ隣の車両へ滑り込んだ。


「デートかな、デートだよな。あ、でも、ひとりで買い物とか、塾の可能性もあるよな? な?」


 竹井の一喜一憂につられるように、俺の思考も迷走していく。


 揺れる列車の通路の向こうに見える羽馬は、どこかぼんやりしている。他の女子のように、髪型を整えたり鏡を覗き込むこともなく、車窓を眺めているだけだ。

 もしデートだったら、身だしなみは気にするかもしれない。目の前の女子は、色付きのリップを塗っているし、向こうの車両でも髪の毛をしきりに梳き直している学生もいる。

 それをしない羽馬は、デートなんかじゃなくて、竹井の言うショッピングや塾が目的なのかもしれない。いや、目の前の学生はデートじゃなくても色付きリップを塗ったのかもだし、羽馬はデートだとしても、無頓着なだけなのかもしれない、と。


 いくつかの駅を過ぎて、羽馬が腕時計を確認した。電車が止まり、ドアが開くと、スルリと降りていく。


「竹井」

「おう」


 俺たちも少し遅れてホームに降り立つ。以前、夏休みに幸太たちと一緒に遊びに来た駅だ。

 人波とざわめきが一気に押し寄せて、羽馬の背中を見失わないように、慌てて足を速めた。

 いくつもの乗り換えがあるため焦ったが、羽馬は真っ直ぐ駅前表通りに向かって改札を出ていった。


 改札を出ると、両サイドのビルに挟まれるかたちで、二階のエントランスのような広場に出る。左右に一階のバスターミナルへ降りる階段がアーチ状にあって、視界の開けたその場所は立ち止まり写真を撮る人や待ち合わせする人達でたくさんだ。


 だけど、羽馬は迷いなく進み、手を上げた。右へ左へと流れる人波の合間に目をこらせば、羽馬の進む先に、ヒラヒラと手のひらを揺らす男の姿があった。


「っう、わー……、超絶、イケメン」


 竹井の呻きは、それ以上発せられなかった。俺も、何も言えなかった。

 羽馬を見つけて、エントランスの塀にもたれていた体をすぐに起こして満面の笑みで近寄っていくのは、グレーのジャケットに濃紺のネクタイの制服を着たモデルみたいな男で――俺が中学の頃、殴ってしまったことのある先輩だったのだ。


 **


 竹井も俺も、あのふたりのあとを追う気力はゼロで、お互い無言のまま改札口へUターン。

 気がつけば、家の自分の部屋のベッドに転がって、見飽きているはずの天井をずっと睨んでいた。どうやって帰ってきたのか、まったく記憶にない。


 ずっと過去に意識が飛んでしまっていた。

 円堂という二個上の先輩は、羽馬と同じ美術部だった。一年生の俺からしたら、三年生なんてもはや大人だ。そうでなくても円堂先輩という生き物は見た目から大人びていて、時々羽馬と一緒にいるのを見かけても、ガキと大人の組み合わせぐらい不釣り合いなものだった。

 そんなふたりが中学ではたびたび噂になっていたのは、その不釣り合いな感じがおもしろかったのと、みんなが騒ぐことに飢えていたからだと思っていた。巻き込まれた羽馬が大変そうだな、なんて呑気に思っていた。


 ところが文化祭で、すべてがひっくり返るようなことが起きた。


「やっぱり付き合ってたんじゃない? 見た? 美術部の展示作品!」


 とくに目的もなくブラブラ校舎を徘徊していた時、横を小走りに通り抜けていく女子達の会話が飛び込んできて、そして一向に耳から抜けていかない。

 "やっぱり付き合っていた"と"美術部"という言葉の組み合わせは、思っていたよりも俺の鼓動を速まらせた。

 どれひとつ俺には関係のないことなのに、ましてや誰かのことを指していたとして「それがどうした」って話なのに。


 気付けば、一緒に回っていたツレを置いて走っていた。階段も二、三段飛ばして駆け上がったかもしれない。美術室に息を切らして駆け込んだ俺を、びっくりして振り返るやつらのその背後から覗く絵に、釘付けになった。


 うわー、って思った。あれは驚きと興奮なのか。衝撃と落胆なのかわからない。とにかく、火照った体にサーッと血の気が引く、不思議な感覚だった。


 絵の中の少女は、間違いなくアイツで。でもアイツじゃない。儚げで艶めいていて、思わず手を伸ばし抱きしめたくなりそうなほど女性的で。


 そうか。あの先輩の瞳には、アイツはこんなふうに映っていたんだと。知ってしまったんだ。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 思ってたより早くから焦ってたんですね、ニャンコスター(やっぱり作者様のネーミングセンス素晴らしいです)。 つーか貴公子先輩があいかわらずかっこいいのと、竹井くんが可愛いのとでニマニマしち…
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