2話 俺は関係ないからな
女ってほんと、わっかんねえ。
昼休みの衝撃から、ずっと頭の中を占拠しているモノに、何度も何度も繰り返しぶつけてみる。
羽馬千香子。小学校の頃から存在感のあるヤツだった。
例えて言うなら、元気丸出し? 暖簾に腕押し? なんていうか出会い頭にぶつかってきた馬みたいな? そんなヤツだった。
俺と同じで、まったく色恋沙汰に無縁そうな雰囲気のくせに、ものすごく恐ろしいほどドストレートに「好きだ」どーだと言ってくる、機関銃のようなヤツでもあった。
中学の俺はとにかく絶好調にひねくれてて、女子と交流なんてありえないと息巻いてた、まさにピーク期だったのに、そんな俺と会話できてたのなんてアイツぐらいだった。普通なら一往復で終了。それがアイツだとラリーになる。ある意味才能だと思う。
ところがどーだ。高校では、まったくもってすべてのことがピタリと止まった。竹井じゃなくても、俺と羽馬が同じ中学出身なんて誰も気付かないだろう。それぐらい関係値がゼロの状態だ。
あんなに「好きだ」「かわいい」だと散々言ってきておいて、それに俺もだんだん慣れてきてたところでのこの放置プレイ。
百歩譲って、放置プレイを置いておいたとしてもだ。アイツにイケメン彼氏だとっ!?
お前、俺のあの勇気と冒険をどーしてくれた! スルーか、その気にさせるだけさせて、スルーかっ!?
「おお? 峯森がめずらしく興奮してるぞ」
真横にいた竹井の声に我に返った。部活を終え、帰宅準備中だが、ミッションが与えられているのだった。想像しなくても気分が滅入るので、超絶やりたくない。
「やっぱ、俺はいいだろ。お前だけで行ってこい」
「なんでだよ。見ず知らずのオレが聞いて、教えてくれるわけねーだろ? 鈴木の彼女、ちょっとこえーし」
幸太が「噂かどーかは、美乃里ちゃんに聞けば早くね?」と言ったもんだから、竹井は羽馬の親友である筧美乃里に直接聞くぞと、息巻いてしまったのである。
「筧がこえーのは賛成。だからやめとこう」
「協力するって話だろ?」
「言ってねーしっ」
「……あの、峯森くん」
お互いの腕を引っ張り合っているところで、声がかかった。赤尾先輩だ。
チラチラと俺と竹井を見ながら、なにか言いにくそうにしている。
「はい」
「ちょっと、いいかな?」
「え?」
竹井が引っ張っていた手をパッと大げさにはずして、ニヤニヤしている。
「あ、じゃあ、オレ、あっちで待ってるわ」
「いやいや、おいっ」
途端に冷や汗が滲む。テニス部のマネージャーが俺だけに用事ということは、部活関係ないということで。ということは、例の件? いやもう断ったし! 断ったよな?
「いや、ちょっと、野暮用あるんで無理っす! 失礼します!」
「あ、ちょっと、峯森くん!?」
ヘコヘコと変な後退をしている竹井の腕を取って、そのままダッシュで逃げた。するとなぜか競争心がお互い芽生えて、本気のダッシュになっていた。
逃げた先の昇降口で、ゼイハアと息を整えていると、竹井も苦しそうに息を吐きながら呆れたようにぼやく。
「なんだよー、ほんとお前、もったいないオバケ出るぞっ。何がダメなんだ?」
「しるかっ」
自分でもわかっちゃいない。ただきっと、中学の時から全然成長できていないだけなんだろう。
そもそもあの先輩は、いや先輩以外もそうだ。俺の何をどう気に入って、俺をどうしようとしたいんだ。
ああ、そういや、こんなようなことを、アイツとも言い合ったこと、あったな。そん時は、どう言ったんだっけ。
「峯森、やばい、出てきたっ」
竹井に肘でグイグイ押されて、膝に手をついていた上体を起こせば、昇降口からワラワラとバスケ部員たちが出てきていた。
男子のかたまりの中に幸太を発見して、手招きして呼び寄せると、ニヤニヤしながら近付いてきた。
「うわ、お前ら本気だな。そんなに気になるか、誠司も」
「俺は無理矢理つきあわされてんだっ」
「おい鈴木、それよりお前の彼女、こっちへ連れてこい」
竹井はソワソワと落ち着かない。「はいはい」と軽いノリで幸太は振り向いて、昇降口のほうへ戻っていく。
竹井のソワソワがさらに増していて、なんだかこっちまで落着かないし緊張してきてしまった。
「あれかな? あれだな! あ! てか羽馬さんもいる!」
俺を壁のようにして背後から覗きながら、竹井が歓喜の声を上げた。
「当たりまえだろ。筧とつねにセットなんだから」
羽馬は、高校では美術部ではなく、筧のいる女子バスケ部のマネージャーとなっている。
意外と言えば意外だったし、しっくりくる気もする。
幸太が身振り手振りで俺たちのほうを指しながら、筧と羽馬に話していて、ふたりは同時にこっちを見た。
久しぶりに視線が交わった気がする。だいぶ遠目だけど。ちょっと、いやなんか、すごい心臓に悪い。
「お、来たぞ! 峯森、頼むぞ!」
「は?」
羽馬がとくに反応しておらず、そのまま筧に手を振って行ってしまったことにモヤモヤしていたら、竹井が土壇場でとんでもないことを言う。
「えー、何? わたしに用があるって?」
心の準備をする前に、筧が目の前までやってきてしまった。
「あー、久しぶり」
「そう?」
相変わらず氷属性な女である。
「えーと、あのさあ」
てか、なんで俺が聞かなきゃならんのだ。
くそ、幸太逃げたな。竹井は背中つついてくるだけだし。
「ちょっと、なによ、はやくして。千香子が先帰っちゃうでしょ」
氷属性な上に短気である。いったい幸太はなにをキッカケで好きになったんだ?
「えっと、筧さん! ちょっと聞きたいことあって!」
俺に見切りをつけたのか、竹井が背後から出てきた。
「……誰?」
筧が一秒、時を止めたあと、怪しげに竹井を物色しはじめた。
「あの、筧さん、羽馬さんと仲良いって鈴木から聞いて」
「千香子?」
竹井と俺を交互にみて、俺の上で視線が止まる。俺はそれからなんとなく逃れるように、目線を他へやった。
「あのさ、噂が本当か知りたくてさ。その、羽馬さんの」
「噂……なんかあったっけ?」
「か、彼氏なんか、いちゃったり、するのかなーなんて」
竹井は意外に鋼の心臓を持っているようだ。たぶん、俺は、一生聞けなかった自信がある。
「彼氏? あ、へーぇ」
氷の仮面が突然意味深に笑いだして、なんとなく悪寒を覚える。しかも、ジロジロと、俺を見てくるの、やめてくれ。
「鈴木がさ、羽馬さんにイケメンの彼氏がいるって噂、聞いたとかいうからさ」
「ほーう。で、それを確認するということは、そーゆうことなのね?」
筧のニヤつきがピークに達していて、すこぶる居心地が悪い。だから、なんでこっちばっかり見るんだっ。
「こ、こいつ、竹井がさ、告白したけどダメだったらしくって。彼氏いないならまだ頑張るって言うからさ」
友を売ることにして、俺はこの居心地の悪さを避けることにした。
「おー、いいねいいね、竹井くんって言うんだ。ちゃんと告白するなんてエライぞ」
何者目線なのか、筧がふんぞり返っている。
「え? 協力してくれる?」
竹井は好感触を得たと思ったのか、さらに前のめりになった。
「それはしないけど、彼氏がいるかどうか、直接確かめさせてあげよう」
筧が上目遣いで、こっちを見てくる。なんとなくたじろいて、一歩うしろにさがった。
「千香子のあと、つけたらいーよ。水曜の部活ない日とか」
……つまりそれは、その日なにかあるのわかってて、その目で現実を受け止めろと言ってるようなもんじゃないか。