尊敬と期待に囚われた客
「●月●日、尊敬と期待に囚われた客」
カップ内の珈琲が俯きげな僕の顔を反射する。理由もなくこの店に行き着きなんとなくで入ってしまった。何を頼めば良いのかもわからなくマスターからサービスの珈琲を受け取った。今日はいつもより気分がいい。いつも最悪な気分だからマシと言うだけだが。珈琲を一口飲むとリラックスできたように感じた。それと同時にこの人は安心できるとマスターへの信頼がどこからか湧いてきた。そして僕はいつの間にか口を滑らしていた。
「僕、今悩んでるんです。自慢じゃないんですけど僕勉強はできる方で学校の学内テストとか模試とかでは常に1番取れるくらいには。」
「それはすごいですね。ですがそんな才能をお持ちのあなたがどうして悩んでるのですか?」
痛いところをついてくる。
「そう…ですね。いつも結果を出していくと褒めてくれる人もいて最初は努力するのが楽しかったんです。結果を出すたび次に期待されて、尊敬してくれる人も増えて、だけどそれが辛いと感じ始めるようになってきたんです」
「それは…?」
「ずっと期待されて尊敬されるって後ろに引けなくて、逃げれない状況が辛くなってきて周りから一目置かれる人って思われて誰も頼れなくなってて、でも期待には応えないといけないからって…どんどん自分で自分を追い詰めててもう嫌になってこれからどうしようかなって悩んでるんです。」
マスターは目を閉じ耳を傾け僕の話を聞いていた。目を開けると少し口角を上げた。
「天才、と言うよりは才能を作り上げたが故の悩みですね。」
マスターは一言そういった。
「そうなんです。僕はもともと天才なんかじゃない、努力をやめなくてやっとここまできたんです。でも期待に応えないとって使命感があってそれに縛りつけられてるんです。」
マスターは一息置いてから、
「お客さんはどうやら自分のことに必死で周りに目を向けることを忘れてしまっているようですね。」
「?」
マスターは淡々と話す。
「あなたは周りからの期待から逃げるために閉じこまってしまっているんです。頼ると言う選択肢を消していることに気づかずに…ね。」
ハッとさせられた。図星だったからだ。頼られる側は頼ってはいけないと勝手に勘違いしてしまっていた。自分で首を絞めていたのに他人のせいにしていた自分が恥ずかしくて黙り込んでしまった。
マスターが口を開いた。
「気づけたようですね。私から話すことができるのはここまでです。」
言葉の真意がわからない。その時スマホが鳴って友人に呼ばれていることに気づいた。
「急がないと…」
でもまだ話の途中だ。マスターは
「呼ばれているならいくべきでは?貴方に必要なものを見つけられますよ。」
よくわからない…けど呼ばれてるから店を出ることにした。
「マスターさん、珈琲の値段は?」
そう聞くとマスターは少し笑って、
「貴方の記憶ですよ」
といった。
「え?」
僕の問いに答えることはなく、僕の意識がどんどん薄れる。
「ここにいた記憶は消しますが、貴方がここで得た解決として一部記憶は残してあげましょう。それでは…ご来店ありがとうございました。」
……気がつくと路地にいた。
「やっばあいつに呼ばれてたのになんか間違えて路地に入ってたんだ。とりあえず電話するか。」
ここを歩いているときに人に頼ってみるのもいいのではないかと考えていた。
(もしもし?やっと繋がった)
…
「ごめんて。それとさ話したいことがあるんだけど…」
路地から出るとき、猫の鳴き声が響いてきた気がした。
「彼はどうなると思う?」
彼女が聞いてきた。
そりゃぁきっと頼れる相手を見つけて相談するんじゃないかな。
「そうねぇ。まだ若いのにたくさん悩んで大変ね。」
そうやって成長していくものだよ。子供とはね。
「そうね。」
マスターの仕事ぶりにはやはり感銘する。そろそろ日がしっかり昇り始める。
今日が始まる。私は席を立つと店を出て大きな欠伸をした。
ここは白い街。運命かはたまた偶然か。悩みを聞くことを生業とする喫茶店があると言う。
さて明日はどんな客が訪れるのか。マスターと黒い猫はそれを楽しみにしている。