中編
「……あれ?」
短い回想を終えた私は、小さな驚きの言葉を呟いてしまう。
人間というものはおかしなもので、無意識のうちにおかしな行動を取っている場合がある。今の私がそれであり、自分でも気づかぬうちに、部屋の床を拭いていた。
彼が倒れた周辺だ。その胸から流れ出た血を、きれいに拭き取る格好だった。床はカーペットではなくフローリングなので、掃除も簡単。血の跡は完全に消えていた。
「何やってんだろ、私。人が殺されたら、現場に手をつけちゃいけないのに……」
ミステリー小説や2時間ドラマで覚えた知識を口に出したところで、改めて冷静になり、今さらのように意識する。
これは殺人事件であり、その犯人が私であることを。
「……!」
急に怖くなった。
足がガクガクして、ブルブル震えるような感覚が全身に走るが、視線を落とせば、私の足は床をしっかりと踏みしめているし、手にも震えは全く見られない。
「人間って凄いものなのね……」
他人事のように呟いたのは、完全に現実逃避。気持ちとしては、怖くて怖くて仕方がなくて、彼の死体の横にいられる精神状態ではなく……。
逃げるようにして、私は部屋から飛び出した。
――――――――――――
部屋を出たものの、行き先の当ては全くなかった。さまよい歩くだけだ。
駅前には交番もあるから、そちらへ行けば自首も可能だが、どうしても足が向かなかった。警察に出頭するほどの勇気を、私は持ち合わせていなかったようだ。
反対側の住宅街を一時間くらい無駄にウロウロする間に、少しは冷静になってきて……。
結局、部屋へ戻ることにした。
「ドラマや小説でも、犯人は犯行現場に戻る、って話があるし。それと同じかしら」
自虐的な冗談が口から出るのも、現実逃避の一環なのだろう。
今は彼の死体が放置されているけれど、それでも、あそこが私の部屋であり、私の居場所なのだ。
警察のお世話になるにせよ、隠蔽する方向に走るにせよ。どちらにしても部屋へ帰るしかない。
そう決心したのだが……。
ドキドキしなから部屋の扉を明けた途端、驚いて腰を抜かしそうになった。
「よう、優子。今日は遅かったな。早くメシ作ってくれよ」
元気な彼の声に迎えられたのだ!