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ニマ ワールド

花火大会

作者: ニマ

第9弾です。


2020年10月18日に、地方紙に掲載された作品です。


今回もっと多くの方に、読んでいただきたく投稿しました。

 

 ドーン!


 ドーン!


 果てしなく続く真っ暗な空に、とてつもなく大きな花火と音が、こだまする。


 ド、ドドドドドドドドドーン!


 その音は次第に間隔が狭まり、空が破けそうな程の爆音になる。

 そして、観客の頭に向かって花火と一緒に空から音が降ってくる。


 牛舎の外で大きな音がする。

 聞こえてきた音から花火の大きさを想像して、期待が膨らむ。

 数秒のタイムラグで、パソコンの画面上でも多数の満開になった花火が映し出される。


 花火を観ている全ての人が息を呑む。

 家族・親戚・友人・知人・はたまた知らない人。

 性別も年齢も国籍も、このひとときはボーダーが無くなる。

 この美しい花火を観ている全員が、素敵な思い出を作るために。


 空を覆いつくす花束は、皆に感動を与える。


 たった数秒の儚さだけれど、その花火を観た人すべてを幸せにする。


 花火の音を聞くたびに、あの記憶を思い出す。



 三十年程前、俺が三歳くらいのチビだった頃、親父に肩車されて花火を見た記憶を。

 あの時の花火大会も今と同じように、果てしなく続く空に大輪の花が幾つも咲き誇っていた。


 地上から真っ暗な空に向かって一筋の光が伸び、上空で大きな花が咲くと同時に今まで聞いたことのない音が上空から降ってくる。

 それはチビだった俺には、経験したこともない爆音で、空が裂けるのではないかと思う程の花火の振動は、三歳くらいだった俺の腹の中で共鳴するようにズドーンとこだまする。

 花火が上がるたびに、空も自分の腹も破けるんじゃないかという恐怖心から、肩車してくれていた親父の髪の毛を強く握った。


「おい、痛ぇな。

 何してるんだ。

 離せ、毛が抜けるだろ。

 そんなことするなら、下ろすぞ。」


 そう言って親父の肩から強制的におろされた。


 親父の肩車の時よりも、地面におろされた時の方が、花火の振動はダイレクトに腹の中にこだまして、より一層、腹が破裂するのではないかと、俺の恐怖は続いた。


 花火が大空で咲き誇るたびに、親父の手を強く握りしめた。


「怖いか。」


 親父は笑いながら、俺の顔を覗き込んだ。

 親父の問いかけに精一杯、首を横に振った。

 花火の振動が腹の中を駆け巡るたび、破けていないか腹を撫でて確認しては、ほっとした。


「こんなデカイ花火、見たことないだろ。」

「うちにいるウシより、おっきい。」


 花火の音に負けないくらいに、大きな声で言うと親父は豪快に、ガハハハハと笑った。


「見たこともないくらい、でっかい花火と大きな音だろ。

 でもなぁ花火は、怖くない。

 このでっかくてキレイな大輪の花を咲かせる一瞬の為に、花火師は長い時間、手間暇かけて花火を作るんだ。」


 親父はかがんで、俺の頭の上に手を置いて


「ほら、周りの人を見てみろ。

 みーんな、空を見上げて感動してる。

 短い時間でこんなに大勢の人を虜にする、スゲェ力があるんだ、花火には。

 世界中で花火大会をすれば、争いも無い平和な世界になる気がするんだけどな。」


 そう言った親父の横顔がカッコ良かった。


 その記憶が、初めての花火大会だった。


 翌年も、親父は俺を花火大会に連れて行ってくれた。

 その翌年も、またその翌年も。


 肩車されながら見る花火は、もう少しで手が届きそうで、でも届かなくて。

 親父より、少し高い位置から見た花火は格別だった。


 親父は、俺が小学校に入学する前までは毎年、花火大会に必ず連れて行ってくれた。



 小学生になってからは、隣の家に住んでいる祖父母が連れて行ってくれるようになった。




 いつの頃からか、親父は牛につきっきりになった。

 小学生以降の親父との行事の記憶は、一つもない。


 運動会よりも、うし。

 学芸会よりも、ウシ。

 参観日よりも、牛。


 土日の休みは勿論、春休み・夏休み・冬休みは俺よりも、牛中心の生活だった。

 当たり前だけど、家族旅行なんてもっての外だった。


 親父の中では、俺よりも牛の方が偉くて、優先順位が上だった。

 元々無口だった親父に対して、俺は次第に口数が減り親父を避けるようになった。


 今思えば、幼い頃に親父と見た花火大会の記憶が忘れられなくて花火に興味を持ったのだと思う。

 俺の存在を、親父に認めてもらいたい。

 小学生が考えた単純な淡い期待から、大きくなったら花火師になると決めた。


 専ら理科の成績は良く、特に化学反応で炎の色が変化する実験が好きだった。

 休み時間になると図書室に行っては自分なりに花火について調べたものだ。


 毎年、お正月に貰ったお年玉は夏休みまで使わずに残しておいて、花火セットが店頭に並び始めると花火の前で、どの花火にするか後悔しない様に、じっくり考えてから購入し夜になると、自宅前で一人、厳選した花火に火をつけ一本の花火が終るまで観察し、ノートにはどんな形で何色だったか、終わるまでに何秒かかったか等の詳細な説明を書き留めた記録をつけていた。


 当然、花火は手に持つタイプのもの限定だ。

 いくら広い土地に住んでいるとはいえ一応、牛を驚かせない配慮をしていたからだ。




 月日が経って、中二になった俺の将来の夢は、花火師のまま変わらずにいた。

 十二月の三者面談を翌日に控えた俺は、まだ進路希望を親父に話せずにいた。


「明日の…三者面談のこと、だけど。」


 いつものように、親父と二人で向かい合って夕飯を食べている時に、俺は話を切り出した。

 親父は微動だにせず、黙々と箸を口へ運び食事を続けている。

 俺は、箸をテーブルに置いて、不安な気持ちと一緒に息を吸い込んで、高鳴る鼓動を打ち消すように親父に、こう言った。


「俺、本州の高校へ行こうと思ってる。」


 顔色を変えることなく、食べ続ける親父。


「将来、花火師になりたいんだ、俺。」


 親父の箸がぴたりと止まり、鋭い眼光で俺を睨みながら


「なんだと」


 と低い声で聞き返した親父に、ひるんだ俺は慌てて視線を手元に落とし、ドキドキしながら上ずった声で


「花火師になる為に、本州の工業高校に。」


 と言った途端、親父は箸をテーブルに投げつけ立ち上がった。

 びっくりした俺は、顔を上げると親父は俺の横に立っていて、座っていた俺の胸ぐらを掴んで引き上げた。


「今、なんて言った。」


 恐怖で声が出ず、口をパクパクしている俺に


「なんて、言った。」


 ドスの利いた声で、俺に聞いてくる。


「…は、花火師に…」


 震えながら答えた瞬間、抵抗できない程の力で俺は胸ぐらを掴まれたまま、壁に叩きつけられた。


「何言ってんのか、わかってんのか。

 あいつらは、どうなる。」


 親父が言った『あいつら』が、牛だとすぐにわかって自然と涙が流れる。


「俺の将来より、牛が大事なのかよ。」

「あいつらのおかげで、お前は生きてる。

 お前にとっても、家族だろ。

 誰が、あいつらの世話をするんだ。

 見捨てるつもりか。」


 俺の胸ぐらを掴んでいる親父の手には、いっそう力が入る。


「俺よりも牛のことが大事なら、親父が面倒みればいい。

 牛の世話なんて、絶対嫌だ。

 牛なんか、大嫌いだ。

 俺は、牛の奴隷じゃない。」


 次の瞬間だった。


 親父は俺の胸ぐらを掴んだまま、ベランダまで引きずると、二重サッシの鍵を開け始めた。


「何すんだよ!離せよ!」


 必死に抵抗するも、親父はビクともしない。

 親父が、片手でベランダの引き戸を開けると、真冬の冷たい風が家の中に容赦なしに入ってくる。


 親父はため息交じりに、少し頭を冷やせと、諭すように言った。


 外に投げ出されないよう引き戸に力いっぱい、しがみついたけれど、親父は中二で育ち盛りの俺をも、軽々と外へ放り投げた。

 俺はとっさに受け身を取ろうとしたがバランスを崩して結果、仰向けになりながら大の字の形で庭に落ちた。


 ポスン。


 昨日から降り続いた新雪がクッション代わりとなって、足跡一つない真っ白な雪の中に着地したおかげで、痛いところは無かったけれど、起き上がる気力は無かった。


 親父は、ベランダの引き戸の鍵はかけずに、その場を去っていった。


 降り積もった雪に埋もれながら俺は結局、いつまでたっても牛以下なんだ。  

 そう思うと、自然に涙が溢れてきて視界が滲む。

 真冬の夜空を眺めている俺は、ちっぽけな存在なんだと改めて思い知る。


 体の熱が雪に伝わり、じわりと雪が溶けていく。

 Tシャツや学校の指定ジャージに雪解け水がしみ込んでくる。

 素足だから足裏や足首は雪解け水に濡れて、熱を奪われていく。

 いつもなら冷たいと感じるはずなのに、俺の中で何かが切れてしまったようで、冷たさを感じない。


 感覚が、マヒしてしまった。


 どのくらい時間がたったのだろう。

 何も考えられないまま、時間だけが過ぎる。

 心も体も大人になりきれていない、俺はどうしたらよいのだろう。


「あ。…雪。」


 ちらちらと雪が降ってきた。

 ひとしきり泣いた後、ようやく体が雪解け水と真冬の寒さでジンジンしていることに、気が付いた。


「左手だったな。」


 右利きの親父は左手一本で、一六五センチまで大きくなった俺の胸ぐらを掴み、俺を庭に軽々しく放り投げた。


 毎日、牛舎で牛へのエサやりやフンの掃除等をしている親父にとって、俺を放るなんて左手だけで充分容易いことだったのだろう。


 到底、親父にはかなわない。


 泣きすぎて頭が痛いのか寒さで痛いのか、わからない俺は、徐に立ち上がり軒先に放置され冷えてカチカチに硬くなったゴム製のサンダルを履き、フラフラと覚束ない足取りで、牛舎に向かって歩いていく。


 牛舎に入る前から、牛の声が聞こえてくる。

 牛舎の中には、数えきれない程の牛が生活している。

 小学生くらいまでは率先して、親父の手伝いをしていたけれど反抗期もあって最近では、あまり手伝っていなかったから牛舎に今、何頭いるか把握していない。


 そういえば、チビの頃はよく、将来は親父の後を継ぐって言ってたな。


 牛舎に足を踏み入れた時だった。

 牛達が急に騒がしくなったような気がした。


 親父に、牛の世話はしないと言った俺に対して、牛達からのブーイングの嵐のように聞こえてきて居心地が悪くなり、ふらつきながらも牛舎の奥に、逃げ込んだ。


 牛舎の奥には、産まれたばかりの子牛がいる。

 冬の寒さは子牛にとっては厳しく、冷たい風が入らない様に子牛専用の小さな部屋を作ったり、綿入りのちゃんちゃんこを子牛に着せたりする。


 この時の俺の心は、花火師になれる為なら牛なんて、どうでもいいと氷のように冷たかった。


 俺は、子牛の顔の前に、右手の人差し指と中指を差し出した。

 子牛は母親のお乳だと思って、俺の指に吸い付いてきたが一瞬、子牛は戸惑った。


 俺の指が、異様に冷たかったからだ。


 それでも、俺の指に舌を絡ませミルクを出してくれと吸い付いてくる。


 俺は冷ややかな目で、指を吸う子牛を見ていた。

 子牛は目を見開いて、全力でミルクなんて出ない俺の指を吸い続ける。


 次第に子牛の口の中で、俺の冷えきった指は温められていく。


 ありったけの力で、指に吸い付く子牛を見ていたら、俺に必死に生きたいと言っているような気がしてきた。

 生きたいから、ミルクも出ない俺の指を吸っているのだと。

 生きる為に、ミルクが欲しいと。

 世話はしないなんて言わないで、見捨てないでと懇願されている気がした。


 一心不乱に俺の指を吸い続ける子牛を見ていたら、この子牛を成長させるミルクを人間が勝手に横取りして、飲ませてもらっているのだと気が付いた。


 そして、そのミルクを売った金で、俺はここまで生きてこられたという紛れもない事実。

 花火師になりたい夢と今まで生かしてもらった現実のはざまで、俺の心は揺れていた。


 飽きもせずに俺の指を吸う子牛を見ていたら、涙が出てきた。

 必死に生きようとする子牛に罪はない。


「ごめんな。」


 視界がぼやけて立てなくなって、その場にしゃがみこんだ俺の指を子牛は、離すことなく吸い続け、ほら、立てよと言わんばかりに俺の指を引っ張ってくる。


 氷のように冷たかった俺の心は、子牛の口の中で温められ少しずつ溶かされたけど、未だに自分の将来の答えを出せずにいた。


「急に来て、ごめんな。

 一人で考えるわ。」


 と子牛に言って、吸い付いていた指を口から引き抜くと、俺は牛舎を後にした。


 翌日、泣き腫らした目と、しもやけで真っ赤に腫れた顔の俺は高熱にうなされて、三者面談は延期になった。



 あれから、二十年程の歳月が流れた。



「お父さん、今日の花火大会、一緒に行かないの。」


 と、小学生になった一人息子が、不満気に近寄ってきた。

 俺はしゃがみこんで、息子の頭を撫でながら


「去年まで、一緒に見に行ったろ。

 父さんは、牛さんの世話をしなきゃならないんだ。

 今日は、お母さんとじぃじとばぁばで、花火大会観ておいで。」


 というと、息子は口を尖らせながら


「お父さんは、僕よりウシさんの方が好きなんだ。」


 と駄々をこね始めたので


「牛さんのミルクのおかげで、毎日楽しく小学校に行けるんだ。

 だから、ミルクの恩返しを牛さんにしなきゃいけないんだよ。

 牛さん達は花火を見たくても観に行けないから、帰ってきたらどんな花火だったか教えてあげるんだぞ。

 いいな、約束だぞ。」

「わかった!」


 と元気よく返事をして、車に乗り込むと俺に、いってきますと手を振って花火大会の会場に行った。


「さてと、留守番だな。」


 この三十年の間に時代は、大きく変わった。

 殆どがオートメーション化され、牛舎も大きくなった。


 俺は結局、花火師の夢は諦めた。


 たくさんの人を花火で感動させることは出来なくても、一人でも多くの人に新鮮でうまい牛乳を届けたいと思えたからだ。

 その為に、牛にとって良い環境づくりを心掛けるようになったし、支えてくれる家族も大切にしたいと心から思った。


 花火師になる夢を諦めたけれど、今でも花火が大好きな俺は、牛舎に備え付けているパソコンの電源を入れる。


 本当に、今の時代は凄いと思う。

 花火大会の会場に行けなくても、息子が見上げている花火を牛舎の中で見ることが出来る。

 花火大会の中継を世界中の人々が、こうして見ることができるのだから。



 ドーン!


 ドーン!

 


 打ち上げられた花火の音が牛舎の外から、聞こえてきた。


「始まったな。

 今年の花火大会の目玉は…。」


 花火が次々に打ちあがる中、花火大会のオフィシャルガイドを片手にした俺は、期待に胸がはずむ。



第9弾も、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


第10弾「三十七」もございますので、読んでいただけると幸いです。


第1弾は「黒子(くろこ/ほくろ)」

第2弾は「風見鶏」

第3弾は「WARNING」

第4弾は「デジャブ」

第5弾は「アフロ」

第6弾は「まっしろなジグソーパズル」

第7弾は「とぉふぅ」

第8弾は「纏う」

となっております。


よろしくお願いいたします。

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