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怪談

カスミ

 初めまして、今日は私が高校生の時の体験談を教えて欲しい、と伺って来たのですが。


 名前、ですか?本名はちょっと……名字か名前だけでも大丈夫?……ええ、それでは……そうですねカスミでお願いします。


 それでは私の高校生の時に体験した事をお話しします。


 私が通っていた高校は屋内プールあったんですよ。しかも50mプール。


 だからなのか水泳部が強くてですね、毎年数人は全国出場選手を出してますし。


 私も水泳部目当てで入学したんですよ。昔から水泳やってたし。


 高校二年の春。ゴールデンウィーク直前で、大きな大会を一月後に控えた時期でした。


 まだ他の皆は追い込むタイミングでは無かったんですけど、私は…スロースターターと言うのですかね?少し早めに追い込みに入らないと本番でベストのコンディションまでいけないんですよ。


 それでですね、他の皆が帰った後残って練習をする事にしたんですよ。 同級生のタマキと後輩のミキが一緒に残ってくれました。ホントは一人で残るつもりだったんですけどね。


 二人とも小学生からの付き合いだし助かりましたけどね。


 プールなので、事故防止の為に一人で残るのは厳禁だったんですよ。最後の戸締りとかですら一人で廻るのは禁止されていましたね。


『一人でプール使用は厳禁。必ず複数人で、最低一人は水に入らないで全体に注意を払うこと』


 こんなルールがあったんですよ。


 そんなわけで居残り練習に付き合ってくれる事になった二人。二人は交互に私と並んで泳いで、もう一人がプールサイドからフォームチェックと、撮影とかタイム計測をする事にしました。


 二本程流しながら泳いで身体に違和感とか無いかチェックしていたんですけど、何処からか視線を感じたんですよ。周りを見ても私達以外に人はいないし、誰か来たということも無さそう。プールサイドにいたタマキに「誰か来た?」と聞いたんですけど、誰も来ていないということでした。


 ミキを見ると、彼女はプールの逆サイド、スタート台の方を不思議そうに見ていたんです。どうしたのか聞いてみると、どうやらスタートの時、後ろに誰かいた気がしたらしいです。


 勿論誰もいなかったしスタートを見ていたタマキだって誰も見ていませんでした。ミキは不満そうでしたが、私達以外に人はいないし来ていないのだからと無理矢理納得することにしたようでした。


 視線や人の気配は気になったものの、それを気にして集中を乱しては居残った意味も失くなってしまいます。


 ただ泳ぐことに集中。フォームを意識してとにかく泳ぐ。そうしていると、いつしか視線や人の気配の事は忘れていきました。


 ……もっとも、それは私だけの様でしたが。


 元々タマキもミキも私の追い込みに付き合ってくれただけで、二人とも本来ならまだまだ追い込みをするタイミングではないし、私ほど集中して泳ぐ必要が無かったのだから当然と言えば当然なんですよね。


 二人とも視線や気配を感じていたそうです。スタート台の近くで。


 スタート台の後ろは何もなくて、次に泳ぐ人が待機できるようにスペースがあるぐらいでその向こうは壁しかないんですよ。


 後ろに誰かいるにしてもスタート台の周囲は隠れる場所もないし、スタート台から一番近いドアって15mぐらい離れた用具室なんですよね。


 私達は真ん中のレーンで泳いでいたから、そこからプールの横に移動するのに大体10m。そこから用具室まで辿り着くのに見つからないなんて流石に無理があるじゃないですか。


 だから気のせいと思うことにしていたらしいです。


 居残り練習を始めて一時間ぐらい経った頃ですか。


 そろそろ終わりにしようと最後に一本全力で泳ぐことにしたんですよ。


 泳ぐのは私とミキ。私達は種目一緒なんですよね。距離は違いますけど。


 タマキは種目違うから流石に全力で泳ぐのには付いてこれないのでタイム計測。


 スタート台の上に立って、スタートの体勢をとろうとしたら『フフフッ』って女の人の声が聴こえたんですよ。


 馬鹿にしたような笑い方ではなくってですね、楽しいこととか嬉しいことがあって思わず笑い声が漏れてしまったときみたいな。


 それが私のすぐ後ろから聞こえてきたんですよ。


 私ビックリして後ろ振り返ったんですけど、当然誰も居ないんですよね。ミキの方を見るとスタートの体勢をとったまま、ただ前だけを見ていました。


 思わず、「今の聴こえた?」って訊いたんですよ。


 返ってきたのはたった一言でしたね。


『はやくスタートしよ?』震える声で出したその言葉にミキも聴こえていたのだとわかったんです。


 後ろが気になるけど、再度スタートの体勢を取ります。タイマーのブザー音と共に飛び込もうとしたのですが、飛び込もうとすると同時に後ろから誰かに押されました。


 とん、と軽く。


 隣から悲鳴がしました。その後に大きな水音。


 私はもうすでに飛び込み台から離れていたので多少姿勢は崩しましたけどなんとか飛び込みには成功しました。普段だったら失敗レベルの飛び込みでしたけど。


 ところで、飛び込みの時の視線知ってます?


飛び込みの時の視線は本来なら着水場所を見るんですよ。


 だけど、押されたことにより動転しちゃって視線真下に向けちゃったんですよね。


 それで、見えちゃったんですよ。飛び込み台の真下。本来ならスタートの体勢をとった後は誰も見ない場所を。


 バランスを崩しながらも飛び込んだ時、真下に女の人がいたんですよ。一瞬だったし、水の中にいたのに何故か鮮明に見えて。


 セミロングの女の人が頭のてっぺんだけを水面に出して。


 着水して、勢いで数メートル進んで浮かび上がって後ろを振り返る。悲鳴と水音はミキのものだったようで、スタート台のほぼ真下に彼女の姿がありました。そして私がいるコースのスタート台の真下にも人影。


 それに気がついていないのかミキが青い顔をしながら私のところに泳いできました。私のいるコースに入ってくる。私はスタート台の真下から目が離せませんでした。


 ミキが私と女の人の間に入る形となり、女の人の姿が見えなくなる。私の視線に気がついたミキが後ろを振り返ります。一瞬の後にミキが水中に潜ったんですよ。


 それを見てつられるように私も水中に潜ってみる。


 ミキの向こう、スタート台の真下に女の子が居ました。私達と同年代の少女です。黒に近い紺色の水着を着た少女がこちらを見ていました。高校の指定水着ではなかったです。勿論水泳部の物とも違いました。


 水着を見て少し視線をあげると少女と目が合いました。途端に彼女は満面の笑みを浮かべこちらに向かって泳ぎ始めたんです。


 私は急いで泳ぎました。少女のいる方と逆方向に、50m近い距離のあるタマキのいる方へと。


 必死に泳いでタマキのところに辿り着くと、タマキが『急いで!』と急かしてきます。何とか這い上がり後ろを見ると、ミキのすぐ後ろに追いかけてくる少女がいました。


 ミキが手を伸ばしてくるので私とタマキが手を掴みました。引っ張りあげようとするとミキが水の中に勢い良く落ちていきました。水中でもがくミキの脚を少女が抱え込んでいるのが見えました。


 もがきながらも必死に手を伸ばすミキ。タマキがミキの左手を手をつかんで思いっきり引っ張るとミキの頭が水面に出ました。空いている右手を掴んでタマキと二人でミキを引っ張りあげます。


 何とかミキを引っ張りあげると急いでプールから逃げ出しました。職員室に駆け込むと残っていた数人の先生がいました。


 事情を説明すると先生たちがプールに向かってくれました。


 ミキは事情を説明している間ずっとうつむいて震えていましたし、タマキは私達が追いかけられている所からしか知らなかったので私が説明したんですよ。


 暫くして先生方が戻ってきたんですけど、一様に怪訝な表情を浮かべていました。


 私は待っている間に少し落ち着いたので何かあったのか訊いてみたんですよ。


 そしたら何故かスタート台全てに菊の花束が置かれていたらしいんですよね。


 その後私達は女の先生と一緒にロッカールームに行って着替えを取りに行って、運動部用の部室棟についてるロッカールームで着替えて、先生に家まで送って貰ったんですよ。ミキはその間ずっと俯いていて喋らないのでタマキが道案内してましたね。


 こんなところで私の体験した事は一先ず終わりなんですけど、続きがあると言えばあるんですよね。


 この後ミキが学校に来なくなっちゃったんですよ。


 まあ、実をいうと少し予想はしていたんですけど。


 プールから逃げ出した時からミキはずっと俯いていていたんですけどね、私横にいたし、顔覗き込んだから見ちゃったんですけど。


 ミキずっと笑っていたんですよ。プールで出会った少女と同じ満面の笑みで。たまに『フフフッ』って笑い声も出してたし、しかもその笑い声が私がスタート台で聴いたのと同じ声なんですよ。


 暫くしたらミキは学校辞めちゃうし、引っ越して行っちゃったから連絡も取れないんですよね。


 後日談も含めてこれで終わりです。



 *****


 聞き取り調査用のICレコーダーを停めて私は深く息を吐き出す。


 怪談の収集というのは中々に疲れるものだと思う。


 勿論例外はあるけれど、大半は人が不幸に見舞われる話で、当事者にそれを聴くというのは精神的にきつく思うときもある。


 それに、この少女の話。


 後日談も含めて終わりと言っていたけれど、恐らく終わってはいないのだろう。私は確信を持って言える。


 何せ私が話を聴いているこの少女、先程から満面の笑みを浮かべながら話をしているのだし。


 と、ここで私はふとあることに気がついたので再度ICレコーダーの録音ボタンを押して少女に質問をする。


「そういえば、タマキさんとミキさんでしたっけ?小学生からの付き合いだそうですが、仲も良かったんですか?」


『そうですよ。小学生の時にスイミングスクールで会って、お互いの家にお泊まり行ったりお互いの家族と一緒にキャンプとか旅行に行ったりもしてましたし。』


「そうなんですね。じゃあ高校を選ぶときも?」


『一緒の高校に行こうと決めてましたね。』


「成る程。ところで、ミキさんとタマキさんはそれぞれどのような字なんですか?」


『ミキは漢数字の三と木曜日の木で三木ですね。タマキは田んぼを巻くで田巻ですね。』


「あ、その字なんですね。お名前で後もう一ついいですか?」


『いいですよ。何でも訊いてください。』


「カスミってどこから出てきたんです?名字か名前どちらかだけでもいいですって言ったら全然関係ない呼び方がでできたから少しびっくりしたのでちょっと気になっちゃって。」


『……なんでですかね。……何となく思い浮かんだんですよ。……ダメでしたか?』


「いえいえ、ペンネームとかでも全然大丈夫なので問題ないんですけど、少し気になっただけなのでして」


『……そうなんだ、……良かった』


「後もう一つ聴きたいことがあったんですけど、これで最後なんでお願いしますね。」


『……何です?』


「小学生の時からの付き合いの御二方何ですけど、何で呼ぶのに名字何です?家族ぐるみで大分親しいみたいだし、名前で呼ぶものなんじゃないですか?」


『……私達が偶々名字で呼び会うというだけの話では?……それとも幼馴染が全て名前で呼び会うとでも思っているんですか?』


「別にそれが駄目というわけではなくて、家族ぐるみで付き合いあるのに名字で呼ぶのが不思議だなと思っただけなのでお気になさらず。」


『……そうですか』


「それでは聞き取り調査はこれで終了となりますので。長々とお付き合いさせてしまい申し訳ありませんでした。中山夏鈴さん」


『……えっ?あぁ、私の事ですね。すみませんボーッとしてました。』


「おつかれさまでした。」


『……お疲れ様でした。』


 ICレコーダーを操作して録音を停止して席を立つ。

 さっさと退散しようとしてふと立ち止まる。


「あ、それとですね、私は泳ぐの嫌いなのでプールには行きませんよ。」


 さて、こんな場所からはすぐに立ち去らなくてはと足早に移動しようとする。


『……チッ』


 背後から舌打ちが聴こえた気がするが気にしないことにしよう。


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