4.森の白い妖精
「しゃあ、オラァっ!!!!」
熊を倒して、拳を振り上げ雄叫びを上げる。
ついに俺は奥の手である『発勁』を繰り出していた。防御無視の奥義が相手の防御を突き抜け体力を0にしたのだ。
ピロリン……
レアドロップを知らせるシステム音が響くが、そんなものを気にしている場合ではない。
『クゥン……』
悲しそうな鳴き声を上げて、熊は森の奥に向けて駆け出す。
今日は逃さねぇぜ
俺は自らが編み出した移動法である『幻歩』でその熊の後を追う。
無音の移動術と、流れるような体捌きで擦れる枝葉の音すら立てずに森の奥へと進んで行く。
しばらくして木々の開けた場所に出ると、熊は足を止めた。
そこは幻想的な場所であった。
木々の密集した森の深奥に在りながら、まるで別世界のように木々が開け、日を遮る枝葉が無いためあたかもスポットライトが当たったかのように陽の光が降り注いでいた。その為かそこには花が咲き誇っていた。
そこに集まる動物たち。鳥が囀り、小動物が走り回る。本来獰猛である狼やゴリラなども穏やかに寛いでいる。
なんなんだ、ここは?
想定外の光景に言葉を失う。強さを調整する管理者がいて、もっと強く獰猛なエネミーがウヨウヨしている殺伐とした場所をイメージしていたからだ。
「どうしたの、クマさん。またいじめられたの?」
柔らかな女性の声。
『クゥン……』
その声に先程倒したクマが悲しそうな鳴き声で応える。
俺はそのやりとりを聞いて、初めて人がそこにいるのだと気付く。ゆっくりと視線を向けると小さなスポットの真ん中に一本生えている木に寄り掛かるように座る一人の少女の姿があった。
透き通るような銀髪に、精気を感じない瞳、口元は穏やかに笑みをたたえている。
ぞくりとする。
なんだ、あの少女は。
あまりにも現実味のない、よく言うと超常的な存在――まるで精霊や妖精のような存在に感じた。
「どうしたの? また教えて」
銀髪の少女が優しく声をかけると、熊はゆっくりと少女に近づき、その頬に額を擦り付ける。
【記憶共有】
そして、発動されたスキルが画面に表示される。
(まさかエネミーがスキルをバトル以外で使っているのか⁈)
俺は木々の間からその様子を固唾を飲んで見守る。
「そう…… また痛い思いしたのね。うん。分かったよ。同じことをあなたもできるようになりたいのね。できると思うよ。私が教えるから――」
少女がそう呟くと、熊の身体が淡く発光する。
『ガウウ……』
熊が優しく唸って、額を離す。
「多分、出来る様になったと思うから、だれも傷つけないように試してみてね」
少女の言葉に、熊が小さく唸ると、集まっていた動物たちが熊から少し離れる。
(何だ。何をする気だ)
目を凝らし様子を見ていた俺はとんでもない光景を目にする事になる。
『ウウウ…… ガウッ!!!』
熊が立ち上がり、溜めを作って腕を振り上げると、力の籠った咆哮とともに腕を振り下ろした。瞬間、空気が弾け小さな衝撃波が発生した。
「おい、嘘だろ……」
俺は愕然とする。普通の人間には分からないだろうが、俺はそれを体得するまでに中国の奥地で何ヶ月も修行したのだ。気付かない訳がない。
いま、あの熊は氣功術の一つである『発勁』を繰り出したのだ。
「ありえ、ない。そんなことが」
パキリ……
驚愕のあまり、後退った拍子に小枝を踏み折ってしまい音を出してしまう。
『ピィ?』『ガウ?』
その後に何匹かの動物がこちらを向く。
しまった。バレてしまった。
「誰?」
銀髪の少女が此方に振り向く。
「チッ! 気付かれちまったなら仕方ねぇ」
俺は開き直って、その開けた空間に歩み出る。
動物たちは警戒したように此方を見ている。
「なぁ、お前な何なんだ? いま何をした?」
質問を飛ばす。
少女は小さく首を傾げて考えた後、口を開く。
「くまさんと記憶を共有して、くまさんが助けて欲しいって言ったから、くまさんが見た内容を元に同じこと出来る様に教えてあげたの」
少女の回答はとんでもない内容だった。俺の技を間接的に見ただけで覚えてしまったのだ。しかもエネミーに学習させられるほどに。
ゾクゾクっと身体に震えが走る。
やばい。とんでもない人材を見つけてしまったかもしれない。こいつの言っていることが全て本当なら、とんでもない才能を持った逸材だ。
「はっ、ははっ! その言葉、本当かどうか試してやるよ。俺とバトルを――」
そこまで言ったタイミングで、とんでもない殺気に当てられ、身構える。その殺気の正体は少女ではなく――
『ガウウ!!』『キーキー!!』『ブルルゥ……』『ピーピー!!』
警戒しながら此方を見ていた動物たちが一斉に威嚇をしたのだ。
「な、なんだ、これは」
驚愕していると、目の前にダイアログが表示される。
『エネミー「名称なし」より、バトルの申請がありました。
挑戦を受けますか?
Yes / No』
「はっ? 何だと」
それは本来起きるはずもないエネミーからのバトル申請。
『エネミー「名称なし」より、バトルの申請がありました。
挑戦を受けますか?
Yes / No』
『エネミー「名称なし」より、バトルの申請がありました。
挑戦を受けますか?
Yes / No』
『エネミー「名称なし」より、バトルの申請がありました。
挑戦を受けますか?
Yes / No』
『エネミー「名称なし」より、バトルの申請がありました。
挑戦を受けますか?
Yes / No』
『エネミー「名称なし」より、バトルの申請がありました。
挑戦を受けますか?
Yes / No』
『エネミー「名称なし」より、バトルの申請がありました。
挑戦を受けますか?
Yes / No』
『エネミー「名称なし」より、バトルの申請がありました。
挑戦を受けますか?
Yes / No』
……
…………
目の前がバトル申請のダイアログで埋め尽くされる。
「ちょっ、な、なんだこれは!」
あり得ない光景に俺は気圧される。
殺気を放つ動物たちが距離を詰めてくる。
エネミーはこちらからバトル申請を出さなければ危害を加えることはない。そう言われていたが、目の前にはそれを覆すような光景があるのだ。
あの少女を傷つけることは許さない!
どこからかそんな声が聞こえた気がした。
『ガウウ!!!』
先頭に立っていた氣功術を覚えた熊が吠える。それは子熊を守る親熊のように、自分の全てを賭けてでも守り抜くという決死の覚悟と、敵意、殺気、その全てが含まれた咆哮。
俺は生まれて初めて、心の奥底から湧き上がる恐怖に、その場から逃亡した。
★
「ぐっ、はぁっ! はぁはぁはぁはぁ……」
病院のベッドの上で覚醒する。全身汗まみれで、息も乱れている。
俺の身体の異常を感知したのか、隣の計器がピーピーと鳴り響いている。
「く、そっ、なんだよ。俺はなにをしちまったんだ」
思うように動かない腕を無理やり動かして、額に手をやる。
声に出したが、何をしてしまったかは気付いている。
「蔵人に、どやされるな、これは」
そう、俺は入るなと言われていた森の最深部へ踏み入ったのだ。そして、手を出してはいけない人物にバトル申請しようとしまったのだ。
「端末起動。黒栖蔵人へ連絡」
音声入力で蔵人にコールを入れる。
『おい、大丈夫か⁈
計器がバイタルエラーを出してたぞ!』
通話が繋がるや否や、蔵人が問いかけてくる。
「ああ、大丈夫だ。ちょっとゲームで熱くなりすぎた。問題はない」
とりあえず今の状況を伝える。その言葉を聞いて蔵人は安心した声を上げた。
「蔵人、少し話がある。空いた時間でいいから、俺のところに来てもらえるか?」
『なんだ。お前らしくないな。すぐ向かうよ。待ってろ』
「ああ、分かった」
通話はそこで切れる。
「謝るのと、あの白い妖精について聞かねえとな」
額に手を当てたまま、俺は深く息を吐くのであった。
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