3.武者修行
「は、はっ!」
思わず笑みが浮かぶ。
目の前にはいきり立つ熊。
俺も岩隈という名前から『東洋の荒熊』の異名で呼ばれていたが、まさか本物の熊と戦う日が来るとは思っていなかった。
グガアァアアァ!!!
咆哮と共に振り下ろす爪をバックステップで交わしながら拳を叩き込む。
熊の頭上に表示された体力ゲージが僅かに減る。
「ったく、どんな体力してるんだ」
愚痴りながら距離をとる。
対人ならば多少のダメージ覚悟で乱打戦に持ち込むのだが、それで前回痛い目にあった。
野生動物の膂力は人間の比ではないのだ、『漆黒の巨人』と呼ばれたアメリカ代表のライバルすら霞んで見える。
前回、通常に防御したら一撃で体力が三割持ってかれ、さらに防御した腕が部位破壊判定され使用不能になってしまった。
そのままのしかかられ、首筋に噛みつかれてジ・エンドだった。
すでに何度も経験していたが仮想現実でも死の疑似体験することは今でも慣れない。
だが、こうして擬似的にだが、こうした命を掛けた闘いは現実では味わえなかった刺激として、全てを失い色褪せていた俺の人生に新たな色どりを与えてくれた。
「ウォラァ! オラオラオラァァァ!!」
俺はなりふり構わず、相手の急所に拳のラッシュを叩き込む。
急所攻撃は非常に危険な行為のため今までは無意識のうちに避けていたのだが、ゲーム内ならば心置きなく放つことができる。
一撃で行動不能になる様な強烈な攻撃の嵐を食らった熊は悲鳴にも似た鳴き声をあげ、体力ゲージを消失させた。
相手の体力が0になったことでバトルが終了する。
ピロリン……
「ん?」
システム音とともにメッセージが表示される。
『ワイルドベア討伐。報酬として「くまくまスーツ」がキョーシローのアイテムストレージに追加されました』
そういえばエネミー討伐した時に低確率でアイテムが手に入るとか言ってたか。まぁ、俺には関係ないがな。
チラリと討伐した熊に視線を向けると、熊は悲しそうな声をあげて森の奥に逃げていってしまった。
しかし、聞いたところによると配置されているエネミーで最強の設定になっているのが熊だって言っていたので、遂にゲーム内に配置されているエネミー全てに勝ってしまったことになる。
「やっぱ俺は最強だな。次はどうするかな、複数の群れに対してバトル申請をしてみるか」
こうして俺は毎日闘いに明け暮れた。
何度も闘いを続けているうちに、ふと気づく事があった。
バトルに敗北したエネミーなのだが、その場に留まり何度もバトル可能なエネミーと、泣きながら(実際には泣いていないかもしれないがそう見える)森の奥に逃げていくエネミーと2種類いるのだ。
「そういえば、蔵人から森の最深部には近づくなって言われてたな?
負けたエネミーがそっちに逃げるってことは、もっと強いエネミーがそっちにいるってことなのか。気になるな」
興味が湧いたが、蔵人に止められていることだ。約束を破ってまで確認することじゃないな、とその考えを切り捨てる。
しかし、興味本位で森の最深部の近くまで足を運んだ時に想定外のことが起きる。
その時に森の最深部からやってきた熊のエネミーと遭遇したのでいつも通り即行でバトル申請しバトルを始めた。
バトル開始時に直感で気づく。この熊は前に倒して最深部へ逃げていったエネミーだと。
「ふん。またぶっ倒してやるせ!」
拳を構えて、トントントンと小さくステップを踏みいつでも攻撃に移れるように相手を睨みつける。
『グルルル……』
相手は威嚇をしているが攻撃をしてこない。
「来ねぇなら、こっちから行くぜ!」
フェイントを入れながらジグザグに走りながら距離を詰め、両腕を上げて威嚇している熊の脇に右拳を叩き込む――
「なっ」
だが、次に起きた事に驚きの声が漏れる。なんと、熊が腕を下げて、俺の拳を防御したのだ。
今までは野生の熊と同じく本能のまま攻撃していただけだったエネミーが防御するなどあり得なかった。
「くっ、どうなってる!」
カウンターで振り下ろされた爪をバックステップで躱す。追撃で身を乗り出して襲いかかってきた牙の攻撃を軽打撃を打って回避する。しかし、急所である鼻を狙って放った拳だが、熊は顎を引いて額で受けたのだ。硬い額で拳を受けた為、ダメージ判定はない。
『グルルル……』
一連の攻防が終わると、熊は威嚇しながらまた立ち上がる。
「おいおい、何なんだテメェ。前に闘ったときと全然違うじゃねーか。はっ、ははっ、いいね。いいねぇー! 燃えてきたぜ!」
こうして強くなった熊との再戦をしたのだが、結果、俺は敗北する事となった。
だってよ、爪攻撃と見せかけて蹴りを入れてくるなんて思わねぇだろ。なんで野生の熊が攻撃フェイントしてくんのよ。信じられるか。
擬似的に死亡と判定された為、フルダイブから切断され現実に引き戻された俺はベッドの上で獰猛に笑う。
「はっ、ははは! 何だよ。最強を倒して、あとは縛りプレイしかやる事ねぇと思ったけど、まだまだ楽しめるじゃないか。
もうあの熊は野生の熊だと思わない。熊の身体能力を持った格闘家だと思って闘う」
こうしてすぐさまログインして再戦するために森へ向かった。
何度か闘いを挑み、なんとか勝利を収めると、熊はまたしても森の奥へ逃げていってしまった。
「くっそ、あの強さなら何度でも闘ってもいいのに!」
ちっと舌打ちする。
だが、数日後にまたしてもあの熊に遭遇する。
「おぅ、久々だなまた闘ろうぜ!」
そう言ってバトル申請を出す。また、あの勝つか負けるかギリギリの闘いが出来ると胸躍らせていたのだが、結果はまさかの惨敗。
「うぉい! おかしいだろ! 何であんなにめちゃくちゃ強くなってんだよ! あんなの武術の達人レベルだぞ!」
フルダイブが強制的に解かれ、ベッドの上で目を覚ました京士郎が思わず叫ぶ。
敵が強くなる事は歓迎している。だが、想定以上の成長だ。あんなの現代の技術の粋を結したAIが搭載されていたとしてもあり得ないのだ。しかも、これは勘だが、アイツは俺の攻撃の癖までも把握しているようだった。誰かの意思が介入している。そうとしか思えない。
「だとしたら、森の最深か……」
それしか考えられない。
「蔵人、悪りぃな。ちょっと約束破るわ」
そう呟いて、京士郎は再度ゲームへフルダイブするのであった。
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Brave Battle Online〜病弱で虚弱な私でも、仮想空間では最強を目指せるようです〜