2.仮想現実
「これはすごいな……」
思わず、感嘆の言葉が漏れる。
初めて体験するフルダイブ型のゲームは想像以上のものであった。
両の手を握りしめて、開いてみる。
リアルと全く変わらない感覚。大怪我で身体が思うように動かない現実が嘘のようだ。
頰を抓ってみる。
夢ならばそれで目が覚めそうなものだが、現実と変わらない痛みが頰に走る。
「夢でもないし、現実でもない。本当に不思議な感覚だ」
左右の拳を突き出してみる。
絶好調の時と変わらない綺麗な突き、いやそれよりやや反応が早いか。
「そういや、リハビリにも使っているから行動制限なしになってるって言ってたな……」
メニューを表示させ、細かな設定を調整する。
「よし、この感じだ」
調整が完了した俺は、気分転換に辺りを歩き回る。
湖畔の見える穏やかな草原。優しく吹く風や、空をゆく鳥の囀りなど、ゲームの中とは思えないほどの再現度だ。
しばらく歩くと、テーブルを囲んで楽しそうに談笑する人達を見つける。
その人達は三頭身の可愛らしい姿をしていた。ゲーム内で実際の姿を模して感覚を共有する『ノーマルモード』と異なるもう一つの姿。『マスコットモード』だ。
マスコットモードでは、行動が制限され体へのフィードバックが少なくなっている為に負担が少ない。その代わりに各種のコミュニケーション機能が多数使用可能となっているため、患者のほとんどがこの形態で仮想現実の世界にいると蔵人が言っていた。
「やぁ、こんにちは」
「ノーマルモードで出歩いているなんて珍しいね。リハビリ中かい?」
観察していると、向こうから声をかけられた。
「あ、ああ、そんなところだ」
適当に返事を返す。
「この世界に入るのは初めてかい。見た目も初期設定とほとんど変わらないし、見かけない名前だからね」
「はい」
見た目については蔵人が設定してくれたのをそのまま使っている。
あいつ、手抜きしたな……
「アバター名『キョーシロー』くんか、この時間ならば私達はいつもここで話してるので、もしおしゃべりをしたくなった時はいつでも遊びに来るといいよ」
「リハビリの邪魔して悪かったね」
声をかけてきた人達がコミカルに手を振って見せる。
これも行動が制限されるマスコットモード特有の『固有アクション』という動きだ。
「ああ、失礼する」
俺は手を振り返すと、さらに歩き出した。
ここに居る人達は病院の患者が殆どだ。
あの中には重症な病気の患者や、大きな怪我をした患者もいるのであろう。
ベッドの上から動けない患者がこうして仮想の世界で擬似的にでも太陽の光を浴びて、爽やかな風を感じながら、他人とコミュニケーションを取る。
遊戯用に作られたシステムだが、こうして体験してみると、医療に大いに役立っているのが分かった。
「だから、格闘ゲームであっても、対人での対戦は期待するな、と言ったのか」
ゲームの操作内容を説明する際に蔵人が言った言葉を思い出す。
最初に聞いた時には「格闘ゲーム」なのに「格闘」しないで何が楽しいんだ、と思ったが実際体験するとその意図が分かる。
むしろ、俺のようにゲーム内で暴れたい人間の方が少ないのだ。
「たしか、森の近くなら対戦相手がいるって事だよな」
呟きながら、ずんずんと歩を進める。
仮想世界での擬似的な運動だが、実際に歩いているかのような身体への負荷と、まるで本当に汗をかいているかのような感覚が心地よい。
ちなみにマスコットモードだと、指定したポイントへ瞬間的に移動するサポート機能があるらしく、身体が弱い患者はその機能を使ってあちこち移動してるようだ。
ノーマルモードでの行動については電気信号で実際の肉体にもフィードバックがあるようなので、激しく動けば次の日に実際の体で筋肉痛も起きるみたいだ。
最初はそんなことあるか、と疑っていたが、体験してみると、なるほどあり得るかもしれない、と思った。
そんな事を考えているうちに木々が立ち並ぶ森の入り口にまで来ていた。
「ここか……」
立ち止まり辺りを見回す。
森の中には幾つもの気配を感じる。
このゲームはトライアル版であり、正式版リリースの前に試行品としてリリースされたものらしい。
なので、様々な試みがされている。
特に病院に配布された医療用のトライアル版では、通常のトライアル版では実装されていない機能がある。
それが、NPCもしくは敵と呼ばれる存在だ。
通常のトライアル版ではフルダイブ機能によるオープンワールドと、会敵した際の対人対戦しか実装されていないらしい。そして、正式版で新実装される『討伐モード』の先行実装として、AIによって自己学習するエネミーが医療で使われているこのトライアル版に実装されているのだ。
医療用なのにエネミーって何で? って思うかもしれないだろう。まぁ、俺も最初に聞いた時にはそう思ったからだ。
結論的にはこのトライアル版でのエネミーは名ばかりで、別の用途で使用されているのだ。
ここで実装されているエネミーは実際の動物を模した姿をしているのだ。
なので先程耳にした鳥の鳴き声。その鳴き声の主である『鳥』もエネミーなのである。
蔵人曰く、ゲームの開発者はエネミーに使うAIの実施実験を、病院としては動物を使った擬似アニマルセラピーの実験をしたかった、と言う思惑が重なって医療用のトライアル版にて先行実装されたわけである。
なので、ここのエネミーはこちらからバトル申請をしなければ、プレイヤーには危害を加えないし、例え攻撃されたとしてもバトルが成立していない場合は痛みは発生しないのだ。
では、なぜ俺がそんな動物が集まる森に足を運んだかと言うと簡単だ。
本来のエネミーの仕様を全うしてもらう為だ。
もしエネミーに出会ったら、すぐさまバトル申請をして『バトル』をしようと思っている。
「まさか野生動物との武者修行がヴァーチャルの世界で実現できるとはな。
さぁて、一丁やってやるか!」
俺は拳を掌に叩きつけながら、エネミーが蔓延るであろう森の中に足を踏み入れるのであった。
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Brave Battle Online〜病弱で虚弱な私でも、仮想空間では最強を目指せるようです〜