1.失意の格闘王
本編がキリが良いとこれまでいったので、気晴らしに短編を書いてみました。
5話完結の短いお話です。
ここは、どこだ……
俺はゆっくりと瞼を開く。
ぼやけた視界。徐々に鮮明になっていく情景に、俺の心は絶望の色に塗りつぶされていく。
完璧に鍛え上げられていた俺の身体が見るも無惨は状態になっていたからだ。
口には酸素吸入器。幾つも伸びる管は身体の彼方此方に接続されており、身体の感覚が全くない。
真っ白な部屋の中で、計器から意識が覚醒したことを告げる機械音が鳴り響いている。
どうしてこんなことに……
悔しさに視界が滲む。
俺の名前は『岩隈 京士郎』。世界で活躍する格闘家だ。
3年前に悲願である総合格闘技の世界一を手に入れ、今や負け知らず。マスコミからは霊長類最強と囃し立てられ、実際強敵となるような相手は世界に数人しか存在していなかった。
歳も28と身体能力的にも気力的にもピークを迎えていた俺は、今年も圧倒的な強さで頂点を極める予定であった。
しかし――
アジア地区決勝の日。すでにアジア地区には敵はいなかった俺だが会場に向かう途中で事故に巻き込まれたのだ。
いや、あれは事故なんかではない。テロリストが起こした爆破テロだ。
事故の直前に垣間見た複数の男たち。皆、同じ服装で胸には彼岸花の刺繍。日本人を見下したような表情を一様に浮かべ、爆発の瞬間、日本人の蔑称を口にして笑っていた。
くそっ! あんな奴らに俺の輝かしき人生が!
悔しさに拳を握ろうとするが感覚が無く、力が入らない。
「よう。目が覚めたか。さすがの私でも今回は助けられるかは五分五分でしたよ。助かって良かった」
視界に入ってきたのは黒尽くめの男。
俺の友であり専属の医療協力者である黒栖 蔵人だ。
俺は状況を訊こうとしたが、人工呼吸器が少し曇ったのみで声が出なかった。
「無理をするな。生きているのが奇跡だという状態だからな」
図らずとも蔵人が状況を説明してくれた。
「とりあえず一命を取り留めた状態だ。命を助けることを優先して執刀したから、身体の損傷についてはそのままの状態だ。現状では普通に暮らすこともままならないだろう。
これからは定期的に回復手術を繰り返して、元の身体に戻していく事になる」
蔵人はそう説明した。俺はそれに対して、瞳で納得した旨の視線を返した。
★
数回の回復手術を終えたが、俺の身体はほとんどと言っていいほど自由が効かない状態であった。
「くそっ!!!」
苛立ちに言葉が荒ぶる。何かを殴りつけようとしたのだが、その腕すらまともに上がらない。苛立ちと絶望が心を塗りつぶしていく。
「荒れてるな、京士郎」
声をかけてきたのは蔵人。相変わらず全身真っ黒の服を着ている。
蔵人は過去に一度だけ手術を失敗している。その患者は蔵人の実の妹であった。本来なら失敗などするはずもない手術だったが、奴の妹は特異体質だった事が後から発覚したらしく、通常なら失敗にも当たらない1ミリにも満たない刃のズレが一人の命を奪ったのだ。
その日を境に蔵人は黒い服を着るようになり、鬼が憑いたかのように勉強を重ね、手術については患者のカルテを穴が開くほどに確認するのはもちろん。人生や性格、人となりを全て事前に収集してから臨むようになった。
そのため、現在は手術をすれば成功率100%といわれ、どんな難しい手術も成功させる世界的名医にまで上り詰めたのだ。
なのでこいつを疑っているわけではないのだが――
「手術を受けても、ここまで身体がいうことを聞かないとなると、苛立ちもする」
そう告げるのだった。
「まさか、私の手術を疑っている訳ではないよな? 私でなかったらお前は3度は死んでいる。むしろ通常に会話ができているだけでも奇跡と言っていいんだぞ」
不満気に蔵人が応える。
「ああ、分かっている。お前を疑うなどしてねぇよ。同じ話の繰り返しになるが、ここまで身体が動かないとストレスが半端ねぇんだ」
日に日に溜まっていくストレスとフラストレーション。常にイライラした状態である。
「そうだろうな。脳筋のお前が思い通りに身体が動かせない今の状態はこれ以上ないストレスだろうな。
精神衛生のケアも医師の仕事だから、それを解消できる玩具を持ってきたぞ」
蔵人はポケットから取り出した耳掛け型の端末を指でクルクルと回して見せる。
「いま流行っているバイザー一体型の端末か?」
その存在は知っている。多くの機能を内蔵しており、バイザーを展開すれば仮想画面を通じて様々なデータ操作が可能。さらに通話機能もある万能端末だ。
あと10年もすればメインの携帯端末は全てこれに置き換わり、スマートフォンやノートパット、携帯ゲームは廃れて行くであろうと言われている。
「正解。最新機種をプレゼントだ」
蔵人は俺にその端末を装着させながら応える。
「こんなもので俺のストレスが解消できるのか?」
蔵人に視線を向けて問いかける。
「私は専門外なので断言はできないが、被験者の意見を纏めると相当評判はいいみたいだな。
ま、ストレス発散できたら御の字と思って試すといいさ」
端末を装着し終えた蔵人が肩を竦めて応える。専門外のことはとことん興味がない蔵人らしい反応だ。
「で、これはどう扱えばいいんだ?」
これ以上、詳しいことを聞いても無駄だと判断し、端末の使い方を確認する。
「音声登録は済んでいるから、声だけで起動停止可能だ。
だから、私を呼び出したい時は端末を起動した後、『黒栖蔵人へ連絡』と言えば連絡可能だ。あと、使用してもらいたいのは『ナースコール』かな」
淡々と使い方を説明する。
「なるほどな。これで怖い俺に鈴を付けたってことか?
そんな呼び出し機能だけのためにこれを渡したんじゃねぇだろ」
「まぁ、慌てるな。最初から本命の話をすると、お前はこの話を聞かなくなるからな。
ここの職員から、その機能だけは必ず説明しろと言われてるんだ。俺の立場もわかってくれ。
一般の医師や看護師からすると、すっと殺気を振りまいているお前に定期的に近づくのは怖いんだとよ」
その言葉に「チッ」と舌打ちで返す。
「まぁまぁ、機嫌悪くするな。連絡機能について話したからこれからが本命の話だ。
お前のストレス解消のゲームについて説明する。
その端末にフルダイブ型のゲームをインストールしてある。
ゲームの名前は『Brave Battle Online』って言うんだが、なかなか評判がいいゲームらしい。
現実世界で動けない分、ヴァーチャル世界で暴れるといい。
脳筋なお前にもってこいな格闘ゲームだ」
こうして俺はフルダイブ型の格闘ゲームを知ることとなったのだった。
もし興味を持っていただけたならば、本編の方も宜しくお願いします。
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Brave Battle Online〜病弱で虚弱な私でも、仮想空間では最強を目指せるようです〜