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エターナルズビターダーク  作者: 五川静夢
エピローグ
21/21

再び夜の車窓から


《エピローグ》































 馬車から降りてまもなく、中央街セントラルシティにたどり着いたウィルとクレアはすぐさま、街にある中央警察セントラルヤード本署へと立ち寄った。

 そして、森のティーハウス『メルヒェン』で起こった殺人事件について警察官たちに詳細に事情説明をする。

 最初は懐疑的に話を聴いていた警察官たちだったが、ウィルとクレアが提示した証言と証拠がそれなりに明白で、かつ信用できるものだった為に、長い聴取を行った後に二人を署から解放した。

 だが、警察署での聴取が全て終る頃には、朝はおろか昼も過ぎており、もはや薄暮れの時間帯であった。

「ふぅ、やはりこの時間になりましたか。やつらが案外、マヌケなせいで、とんだ長丁場でした」

「まぁ、これで厄介ごとには巻き込まれずに済むと信じよう」

「そうですね。それに案外、いい時間帯かもしれません」

 落ちかけの日によって紅く染まる舗道。

 二人分の影が伸びていた。

 ほどなく。

「到着だね」

 セントラルシティの中心部で二人の靴音は止む。

「でも、本当に永久契約姫エターナルはいるのでしょうか」

「さぁな。けれど、仮にいなくても、手がかりくらいはここに残してあるはずだ」

「三十パーセントくらいの期待をしておきます」

 兄妹の見つめる先には、石膏で作られた巨大なフクロウのモニュメントが二体、大きく間隔をあけて並んでいた。

 知恵の象徴であるフクロウ、それらに挟まれて近代的様式の施設が一棟、そびえ建っている。

 セントラルシティを代表する『王立図書館』だ。

 二人は、ここに他の永久契約姫を探しに来た。

 アカリが最後に残した言葉を頼りにして。

 ウィルとクレアは、しばらく、この大きな建物を感慨深そうに眺めていたが、やがて中へと入っていく。

「なるほど」

 フロア、一階は静かではあるものの、時折、ザワザワとした騒音や喋り声が聞こえている。

 予想はしていたが、ウィルが周囲を見渡せば。

 人。



 人。



 人。

 未だに、利用者で溢れ返っていた。

 この様子だと、アカリが死の直前に言及した、永久契約姫エターナルがいる可能性は低いかもしれない。

「ここではありません。地下に行きましょう」

 クレアがぼそりと言ったのを機に、二人は階段を下りることにした。

 暖かかった一階に比べると、地下には妙にひんやりとした空気が漂っている。

 こういう空間は執筆作業をするには良さそうだ。

 ……ウィルはそんなことを思った。

 兄妹は、ぼんやりとした明かりで照らされた廊下を並んで歩いてゆく。

 一定のリズムを保った耳触りの良い靴音が響く。

 そんな中で、クレアはどこか腑に落ちない表情だ。

「…………」

「ん、どうした?」

 様子を察したウィルが、そんな義妹を心配して声を掛けたものの、

「いえ、大丈夫です」

 彼女はそのまま歩き続けた。

「…………」

 しかし、実際のところ、少女は妙な気持ちだった。

 周囲の光景に既視感を覚えていたのだ。

 これは、アカリの言っていた幼き日の記憶と関係しているのだろうか。

「おにーさま。ここが気になるのです」

 やがて、彼女はある部屋の前でぴたりと足を止める。

 そこは小さな書庫だった。

「恐らく、この部屋には何かあります」

「何故、ここだと分かるんだ?」

「いえ……。口では説明が難しいのですが、微かな記憶があるんです」

「まさか、それを辿ったのか」

「ええ」

 書庫の扉は施錠されていなかった。

 ウィルは、念のため、外側から何度かノックを送ってみる。

 ……が、中に人の気配はない。

 残念ながら、永久契約姫との遭遇はなさそうだ。

 しかし、それに繋がる手がかりならば、残されているかもしれない。

「失礼」

 意を決して、兄妹は部屋に入る。

「ふむ」

「すごい蔵書数です」

 懐かしい紙の香りと共に、壁の書架一面に並んだ大量の書物が兄妹を出迎えた。

 部屋の中央には、机と椅子が置かれている。

 ここで他に読書をする者がいたのだろう。

 ウィルとクレアは、まだ見ぬ永久契約姫がこの部屋を訪れていたのではないかと想像する。

 と、ここで。

「あの、おにーさま」

「ん?」

 クレアはウィルの顔をじっと見つめて言った。

「もはや、ここに他のエターナルはいないようです。いえ、残念ながら、もしかすると殆ど入れ違いだったのかもしれません。けれど、わたしには、何か別の手がかりが残されている気がしてなりません。だから、その、よかったら手伝ってもらえませんか? わたしがあるものを探すのを……」

「……ふむ。探しものの手伝いは構わないよ。けれど、その、『あるもの』ていうのは何だ? それを教えてもらわないことにはな」

「ずばり、エターナルについて記した例の書です」

「例の書……? まさか、死の直前に、アカリさんの言っていた書のことか?」

「……ええ、そうです。彼女はエターナルの情報に関して、ある書物の記録を辿ったことで入手した、と言っていましたよね。恐らく、その書物に九人の姫についての詳細な情報が記録されているのではないかと思うのです」

「だけど、それがここにあるとは限らないんじゃないのか?」

「わたしの微かな記憶の中では、その書物はこの書架のどこかに眠っているはずなのです」

 彼女はそう言って、大量の本が詰まった書架を見上げた。

 もし、クレアの言うことを信じるとしても、これらの蔵書と戦うはめになりそうだ。

 だが、少女の口から出た言葉は、

「わたしは……。わたしは、どうしても他の永久契約姫エターナルについて知りたいのです……」

 あまりに切実なものだった。

「やれやれ」

 ウィルは最初こそ悩んだ。

 しかし、義妹の真摯な言葉を聞いてしまった以上、断ることはできない。

「今回だけだぞ」

 青年は書架から、数冊の本を取るとパラパラとページをめくり出す。

 閉館時間との戦いだ。

「ありがとうございます! おにーさま」

 クレアも書架の蔵書に手を伸ばし始めた。

「…………」

 傍から見れば、どこか奇妙な光景かもしれない。

 だが、ウィルとクレアは大真面目だった。

 二人は書架から一冊ずつ本を取り出しては、ページをめくる、戻すという作業を必死に繰り返した。











 ……さて、物事に集中すると、時間はあっという間に流れるものだ。














 兄妹に関してもそれは、例外ではなく。

 気がつけば閉館時間まで残り僅かになっていた。

「もう。今日は諦めるしかないだろう。帰るぞ」

 落胆した様子のウィルが、手にしたうちの一冊を戻しながら、そのような言葉を吐いた時。

「待ってください」

「ん?」

 クレアは、ここにきて何かを閃いたようだった。

 彼女は中央の椅子に座ると、そのまま周囲の書架を一気に見回してゆく。

 いまさら、何をするつもりなのか。

 彼女の様子をウィルが無言で眺めていると、

「あ、ありました!」

 少女は椅子から立ち上がり、歓喜の声をあげた。

 ついに、膨大な蔵書の中から、アカリの言っていた書を発見したのだ。

 そして、書架にあった一冊を「恐らくそれですね」と指摘する。

 ウィルがそこに目をやれば、確かに一冊の本があった。

 一体、どうやって見つけたのだろうか。

 大量に存在する蔵書の中で、エターナルの書だけを判別することは、まず不可能に思える。

 しかし、最後にクレアは無事、書を見つけ出した。

 ある法則を用いて。

 ……彼女が発見した、その法則とは。

「簡単です。本をよく見てください。あることに気が付くはずですよ」

「……あ!」

 クレアの言うとおり、本は普通の状態ではなかった。

 そう、指摘された本は書架の中で唯一、逆さまになっていたのだ。

「なるほど」

 この判別法には、さすがのウィルも感心する。

「エターナルは本を読むときに必ず逆さにします。それは「魔の英知」に触れたもの特有の習慣です。そして、ここで最後に読書をしたはずの人物も、同様だった…………という訳です」

 彼女の言うとおり、エターナルには、本を逆さにして読書をする習慣があるらしい。それを上手く利用した法則だった。

「ようやく入手できましたの」

 クレアは嬉しそうに言うと、書架から例の本を手にとって、逆さまのページを開く。

 そこには特殊な言語で、九人のエターナルについて詳細に記されていた。

「具体的には何が書いてあるんだ?」

 ウィルは内容が気になり、クレアの隣からページを覗き込んでみるが、

「たぶん、おにーさまには読めないでしょう」

 やはり義妹の言った通りだった。

「今まで、見たこともない言葉だな」

 本の記述は、エターナルだけが読むことができる言語で書かれているらしい。

「…………」

 所在なげなウィルの隣で、しばらくは本と睨めっこを続けていたクレアだったが、やがてそれを全て読み終える。

「で、どうだった?」

 青年は何気ない口調で少女に尋ねた。

 すると、クレアは、

「残念ながら、内容はお教えできません。けれど、この書のおかげで新たな旅をしてみたいという気持ちは、すごく……強まりました」

 パタンと、本の厚い表紙を閉じて、嬉しそうに言った。

「もしかして、他の七人の『姫』を探すのかい?」

 ウィルがそれとなしに聞き返す。

「ええ、他の姫はどんなやつらなのか無性に気になります。同じ血を引き、同じような運命を辿っているのか、それとも全く違う境遇にいるのか……」

「ふむ」

 クレアは今後、この本を頼りにエターナル由縁の地を巡っていくつもりらしい。

 もしかすると旅するうちに、最初は未熟だった彼女の心はどこか成長したのかもしれない。

 青年はちょっとだけ、そんなことを考える。

 そして。

「とりあえずは閉館時間だ。帰るぞ。僕は、まだ仕事が立て込んでいる。新作の執筆もしなくちゃならない」

「分かりました」

「……それから、新たな旅の準備もな」

 これを聞いた瞬間、クレアはきょとんとしてウィルを見つめていたが、すぐに。

「はいっ!」

 そう返事して、瞳を輝かせた。






















 ――――数ヵ月後。















 国内では一冊の本が出版され、たちまち文壇の話題となっていた。

 タイトルは『某国の永久契約姫』。

 ある森のティーハウスで実際に起きた事件を元にした推理小説であり、探偵役はエターナルの少女である。そして、著者はもちろん、ウィル・ホーカー。

 いずれは、他国の人々の目にも触れることになるであろう、その本は何故か、逆さにして読む必要があったという。

 今宵も、ウィルとクレアの兄妹は旅を続ける。

 ……まだ見ぬ永久契約姫エターナルを探して。

「もう森は通過したくないような」

「ですわね」

 大切な時は永久ではない。

 確かに流れていく。

 星ひとつない夜空では月だけが、走り行く一台の列車を見下ろしていた。


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