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エターナルズビターダーク  作者: 五川静夢
プロローグ
2/21

夜の車窓から

《プロローグ》








 時を同じくして。

 ――――冷たい雨が降りしきる薄暮れ時。

 歪な形の木々が生い茂る深い森には、まるで永遠に続くかのような長い線路が一本だけ通っていた。

 ただし、それは長らく使われていなかったらしく周囲の雑草は伸び放題であり、殆ど整備されている様子がない。

 情報によると、以前に中央街セントラルシティからの列車がそこを通過したのは半月以上前であり、それからずっと放置されていたのだという。

 さて、それは老朽化していないだろうか。

 大丈夫なのだろうか。

 見た目以上に、歪んでいたりはしないか。

 これからそこを通過する一台の列車に乗車している十八歳の青年は、コンパートメントからそのようなことを危惧しながら目を閉じる。

 だが、その心配をよそに何事もないように列車はすさまじいスピードでそこを走り去ってくれた。

「……ふぅ」

 車窓から流れていく暗い木々を眺めながら、彼はほっと一息をつく。

 どうやら、窓の向こう。不規則に降り続ける気まぐれな雨によってもたらされた杞憂だったようだ。


 青年の名はウィル・ホーカー。

 程よい長さで切りそろえた髪に日光をあまり浴びていないのであろう色白の肌、そして整ってはいるが、凛々しいというよりは、むしろどこか無気力さを感じさせる顔つきと右の頬にあるホクロが特徴的な一見ふつうの若者だ。

 おまけに、その正装はというと黒のハットに薄手のスーツ、スラックスに肩掛けカバンという至って平凡なもので、あまり目立つタイプの人間ではない。

 彼が国内の文壇を騒がせている新進気鋭の推理作家で、いまは新作の執筆に向けて夜行列車による取材旅行の最中であることを除けば……。

「あら、やだ。おにーさま、怖がりなんですの」

 そんなウィルとは、対照的にすまし顔で読書に勤しむ十四歳の少女が対面に一人、薄い客室のライトによって照らし出されている。

 彼の義理の妹、クレア・ホーカーだ。

 腰まで伸びたやや癖のある青い髪に、血液の流れを感じさせないほどに白い肌、アンティークドールのような碧眼を備えたフェイスは「美少女」と形容してもなんら差し支えないことだろう。

 クラシカル系のドレスに、黒のニーソックスという出で立ちの義妹いもうとは気弱な兄の対面にて可愛らしい顔には似つかわしくないちょっぴり意地悪な笑みを浮かべてはいるが、ウィルが義妹のこの顔を見るのは今日だけですでに三回目だ。

 なお、このクレアは、頭痛を伴う不治の病を患っているので、その気分的療養も兼ねて青年は自分の取材旅行に同行させている。

 だが、彼女に関して言えば、やはり色々と風変わりな娘であることに変わりはない。


 その一例として、彼女の手にしている愛読の書が、常に逆さ向きであることが挙げられる。

 彼女は逆さまのままスラスラとそれを読んでしまうのだ。

 まぁ、義妹いわく、あの天才レオナルド・ダヴィンチに敵対心を持ちすぎたあまりにそういう小細工をするということらしいから嘘か真かはさておいて、兄からすれば許容できる範囲のご愛嬌ではある……。

「僕が怖がり……だと? 他の乗客よりも思慮深いと言っておくれよ。クレア」

「ふぅーん。おにーさま。他の乗客よりもっておっしゃるけれど、この列車、わたしたち以外に誰か乗ってましたっけ?」

「……そういや、半日前まで僕らと一緒にいた旅人は立ち寄った休憩所で、ドーベルマン二頭に追いかけられたあげく行方不明になったんだっけ。まぁ、そのうちまた出会えるのかもしれないけれど」

「ふふ。そうでしたわね。まだ半日前だけど懐かしいわ。名も知らぬ旅人さんは、きっとヘンな真面目さが裏目に出たのよ。あのティーハウスには休憩のために立ち寄ったのに犬の世話なんて引き受けるから、ああいうことになるの……。にしても、まぁ。おにーさまがあの人と違って、安全な旅を続けられているのは確かにその思慮深さの賜物かもしれないですね」

 義妹はけらけらと大きな声を出して笑う。


「おまえなぁ……」

 クレアの冗談にウィルはきちんと切り返したつもりだったが、この兄妹関係では義妹の方が一枚上手のようだ。







 ◆◆◆














 それから幾分が経つのだろうか。

 時折ギシ、ギシという不安定な音を立てながらも永久機関はなんとか稼働してくれているようだ。

「……ふぅ」

 会話の途絶えたコンパートメント。

 ……たった二人の乗客を乗せた列車が特殊な自動操縦技術を用いた無人運転で、ようやく深い森の中腹にさしかかる頃。

 とうとう不安の種が現実となってしまった。










 ギギギギギ、ギーッ!










 突如、凄まじい音がして、二人を照らしていた車内ライトが消えた。それも、ウィルとクレアのいる客室だけではない。

 車内のライトが廊下も含めて全て消えてしまっているのだ。同時に訪れたのは、大きな揺れである。

 このあまりに騒々しく、それでいて何の前触れもない衝撃によって、それまでウトウトと夢の世界へ落ちかけていた兄妹は同時に目を覚ました。

 これはどうやらただ事ではなさそうだ。

 危険を察知したウィルはすぐさま叫ぶ。

「おいっ、クレア、無事か!?」

 しかし、そのセリフを言い終わらぬうちに、彼の顔は懐中電灯の強い光によって照らし出されることになった。

 まぶしさのあまり青年は目を閉じる。

「それはこっちのセリフですの。おにーさま」

 どうやら、妹は平気なようだ。やはり無用な心配でしかなかったらしい。

 今度は、頬を膨らませたクレアの顔が彼女の手にする懐中電灯によって照らされる。

「おまえ。それ、懐中電灯。一体どこで?」

 不思議に思って尋ねるウィルにクレアは即答した。

「おにーさま。この国の列車には、どこのコンパートメントであろうとも、最低限の防災用具がひとつは備え付けられています。こういうことが起こりうるから、事前の確認は怠るべきではないのです」

「……な、なるほどな」

 義妹の発言があまりに的確で、口調も落ち着いていたのでウィルは恥ずかしさで顔を伏せかけた。

 だが、もちろんそれは思いとどまり。

「ところでこれは……。一体何が起きたんだ!?」

 目の前の事態を聡いクレアに尋ねた。

「えーと。状況を見るに、列車が脱線しかけて、運行を停止したみたいですねぇ」

「だ、脱線しかけただって?」

 ウィルの言葉にクレアは真剣な表情で頷く。

「ええ。おそらく線路になんらかの障害物が置かれていたのでしょう」

「本当かよ」

「幸運にも、車両の横転などはありませんでしたが、危険を察知した永久機関が自らの判断で停止状態に陥っているものと思われます。永久機関などと謳っているわりに、永久に運転を続けるわけではないんですよね。これ。あはははは」

 何がツボにハマったのかは不明だが、クレアはけらけらと笑い出した。

 無垢な笑顔が愛らしいのでしばらくは黙っていたが、やがて見かねたウィルは、

「笑ってる場合じゃないと思うのだが。僕らの時間は永久じゃないぞ」

「いいじゃあないですか。わたしにも笑う権利くらいありますの」

「状況が状況だろ」

「そこまで真摯にならないでください。おにーさまは十分に紳士ジェントルマンです……」

「言葉遊びの応酬はこれくらいとして、どうするんだよ!?」

「どうするっていいますと?」

「このままでいいのかってことさ。機能停止した列車に乗っていてもいいが、それじゃあらちが明かないだろ」

「うーん。ですかねぇ。らちが明かないのもわたしは好きなのですよ」

「こうなったら、とりあえず列車を出るのが先決だと思うが。僕は」

「なるほど」

「おまえはどうする? 一緒に来るかね」

「ふむ。そうですねぇ。確かに、ずーっとこのままだったら、わたしの精神衛生上もよくないでしょうからね。しばらく救助はきませんし、頭痛薬を飲むお水さえないですわ」

「救助は、自動で緊急の連絡が送られているはずだから二、三日もすれば来るんだろうが、三日といったら、そう短い期間でもないだろ。特に食料や水、衛生面に関しても不安だしな。冒険の血がうずく」

「ふむ。じゃあ、わたしも出るに一票ですっ! どのみち頭痛薬を水で飲めないと、泣き喚くだけではおさまらず暴れちゃうと思いますから。冒険ではない血もうずきますね」

「すごく恐ろしいことをあっさりと言うな。まぁ、とりあえずはそれが先決かな」

 そんなやりとりを交わしたのちに、兄妹は機能停止した列車からするりと脱け出した。

「なんだか嫌な温度だね」

「……確かにですね。予想していませんでした。ついでに雨」

 だが、車両の外の森は、中とは違い、蒸し蒸しとしていた。

 それに加えて、降りしきる雨が二人の身体に容赦なく冷たい跡を付けていくのがよく分かった。


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