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推理の絆


《第四章》















 その後のことを、ウィルはあまり深く覚えていない。

 ただ、無数の闇に向けてリヴォルバーを発砲して、ついに弾がきれたこと。そして、間一髪のところでクレアが助けに入り、闇ガラスたちを殆ど殲滅、撃退してくれたことだけは鮮明な記憶であるといえる。

「…………」

 クレアの殺人演舞が終了する頃には、傷を負ったメイドが一人と、大きなカラスが一羽残るのみとなっていた。

 もはや、指一本動かすことのなくなった状態の、かつて宿泊客だった『もの』。

 それらを背にした凶器姫が装甲を解除すると、クラシカルドレスを身にまとった元の姿が現れた。

 武装解除したクレアは言い放つ。

「そのありさまでは、自分の身を守ることも難しいですよね。まだ続けますか、カラス使いなメイドさん?」

「く……」

 追い詰められたアカリは、言葉を詰まらせている。

 この有様では、いまのクレアにすら到底、敵わないだろう。

「……クレア、もう戦いは終わりだ。残念な結果だが、こうなった以上、アカリさんはセントラルシティの警察ヤードに引き渡すしかない。彼女には、あちらで公平な裁きを受けてもらおう」

「わかりました」

「いえ。その必要はありませんよ。ウィルさん。クレアさん」

「!」

「どのみち、ここで終わりですから」

「まさか」

「……ええ、そのまさかです」

 この時、ウィルは旅に出る前、クレアが何度となく言っていたセリフを思い出す。


『おにーさま。永久契約者エターナルと呼ばれる者は魔の英知に触れてしまった孤高の天才。その多くが高いプライドを持っています。ゆえに、戦いに敗れたら、もはや自分が存在している意味などない、一部の永久契約者エターナルは、そのように考えているのですよ。わたしには到底、理解できませんけれど……』


 もし、そのような考えを彼女が持っているとすれば……。

「アカリさん! 早まるのはやめるんだ!」

 しかし、ウィルの忠告が届くことはない。

 彼女はパチンと指を鳴らして、すごく寂しそうに微笑した。

「ウィルさん。あなたは素敵な人ですね。わたし、あなたのこと、人として好きでしたよ」

 すると生き残った一羽のカラスが、翼を広げて、突如、上空へと舞い上がっていく。

 そして、漆黒のそれは、アカリの真横を、反転、滑空してすさまじい速さで通り過ぎ、割れた窓からそのまま姿を消した。

 同時に、アカリは吐血して、フロアにうずくまる。

 どうやら、彼女は、先ほどのカラスに自分の傷口を貫くよう命じたらしい。

「……馬鹿なことを、どうして!?」 

 それまで冷静だったはずのクレアが、まったく理解できないといった表情で声をかすかに震わせる。

 どちらかといえば、他人には無関心なはずのクレア。

 彼女が第三者に、このような表情を見せるのは極めてまれなことである。

「ふ、永久契約姫エターナルは、やはり誇り高い存在であるべきです。捕縛されたりすることは、あってはならないこと……。死ぬまでガレー船を永久機関の代わりに漕ぎ続ける刑か、斬首刑が今後の選択肢として存在しているのなら、わたしはあえてこの場で自害することを選びます」

「アカリさん、喋るな。傷口が広がるぞ!」

「何を言っても無駄ですよ。ここで死ぬことは、わたしの本懐。それに、クレア。あなたも薄々気づいていたのでしょう? 永久契約『姫』を名乗る者が皆、同じ血族だという秘密に……」

「……ええ」

 クレアはこくり、と頷く。

「なんだと」

 ウィルの顔に驚愕の色が広がる中、アカリは続けた。

「いまこそ、クリスチャンとして懺悔をしておきましょう。そう、永久契約姫エターナルとは、それぞれが母親こそ違えど、オルフィレウスの血を引く九人の呪われた娘を指すのです。そして、エターナルについての詳細が記された、ある書物の記録を辿れば『凶器姫』クレアは、『クロウ』アカリ、まさしくわたしの実妹に当たる存在だったのですよ。ふ、ウィルさんからしたら、驚きの連続ですよね。……これでも、わたしは、父によって散り散りにされた他の八人、放浪の姫たちにずっと会いたいと思っていました。残念ながら、それは殆ど叶わなかったし、クレアとの再会も、このように残念な形になってしまいました。……けれどね。……けれど、わたしは妹に会えて……本当に良かったと……思うんです」

「……なるほど。あの時に、廊下でキミが僕に、クレアの秘密を守るという約束をしてくれたのはそのためだったのか」

 ウィルの感慨深げな声を聞いて、アカリは身を震わせながら小さく笑う。

「……ふ、ご名答……ですね。あの約束は、他でもない、わたし自身がクレアと同じ永久契約姫だったからこそのものでした。そして、あれは、彼女のことを妹だと見抜いていたからこその発言でもありました。……クレアにこうして出会えて、真実を共有できていることは、本当に奇跡なのですよ。けれど、こうなってしまったのは運命の皮肉なのかもしれません……。わたしの手で、オルフィレウスⅠ世は死に、永久契約姫たちは、もはや呪いから解放された。わたしはもう長くないけれど、だからこそ、皆の自由を信じて役目を終えることにいたします。この懺悔は……わたしの最後の自由になる。だから、これくらいのわがままは許される……はずです……よね」

 アカリの呼吸は徐々に小さくなっている。

 もう長くないだろう。

 覚悟したクレアは、実姉に対して最後の質問をした。

「……はい。どんな相手でも許してくれますよ、きっと。……最後にひとつだけ聞かせてください。アカリ。あなたは他の永久契約姫エターナルの居場所に関しても……、何かしらの情報を持っているのですか?」

「……クレア。それを知りたければ、薄暮れ時。微かな記憶を辿り、セントラルの王立図書館に行ってみるといいでしょう。幼き日の九人が最初で最後に揃った部屋に。もしかしたら、他の姫に会えるかもしれませんね。さて。これで、わたしの話は終り。早く……屋敷から逃げなさい。この屋敷は……、オルフィレウスⅠ世とわたしの死と共に崩れゆく仕掛けが……事前に……なされています。……さようなら……可愛い妹……クレア」

 アカリの言っていることは、すべて事実のようである。

 すでに天井からは一部の廃材が落下し、頑丈に見えていた柱も少しずつ傾きはじめていた。

 大きな建築物が壊れる寸前の音がする。

「では、わたしからも。最後に呼ばせてください、お姉さまと」

「…………」

「クレア、もう時間がない。行くぞ。……アカリさん。実は僕も人としてのあなたに惹かれていましたよ」

「……おにーさま」

「行こう!」

「く」

 ウィルは、実姉の死に気を取られて、力の抜けたクレアの手を引き、通路側に向かって走りだした。

 駆け抜ける二人のそばで、しばしの時を過ごした屋敷がもろく崩壊していく様は、まるで夢か幻のようですらあった。

 落下してくる廃材を、間一髪のところでかわしながら、兄妹はただひたすらに脱出できるような場所を探す。

 しばらく周囲を見回したウィルは、

「あそこから出られるか」

 安堵の声を出すと、ある箇所を指し示す。

 青年が指したのは、まだ少しばかり遠い非常口だった。

 備え付けられた扉は半ば崩壊して、運の良いことに、人がなんとか通れるほどの隙間ができている。

 そして、そこからは早朝の光がひとすじ差し込んでいた。

「…………」

 クレアは兄の示した方向を何もいわずに見つめる。

「行こう」

 ウィルは、そんな彼女に声をかけて促した。

 しかし、クレアは。

「ごめんなさい。やはり、行けません」

 その場から動こうとはしなかった。

「何を言ってるんだよ、おまえ」

「血のつながった身内が目の前で死んだのです。もはや残された、わたしは……どうすればいいのかも、行く場所すら分からなくなってきました。だから、わたしもここで忌み嫌われている自分の存在を……終わらせようと思うのです」

「バカ、おまえには、僕の宅があるじゃないか。ちゃんと居場所だって」

「おにーさまには分かりませんよ。迫害されている永久契約者エターナルたちの気持ちなんて! おにーさまはいま文壇では名声のある作家です。わたしの存在は必ず邪魔になりますよ。だから、いまのうちに」

「おまえを置いていけると思うか?」

「お願いです! 行って!」

「バカを言うな」

「お願いです! ついでにバカじゃありませんっ!」

「いいから、動いてくれよ」

「テコでも動きません」

「じゃあ、テコ以上の力で引っ張っていく」

「う、動くものですか!」

「そうか。分かった」

「む?」

「じゃあ、……僕も動かない」

「なっ、なに言ってるんですか。おにーさまはここで死んではダメです!」

「死なばもろともだ。本望だよ」

「何を言いますか、おにーさまには次の作品だってあるんですよ!?」

「名声なんて、必要ないよ」

「え?」

「僕はそんなものに、いつまでも括っているつもりはない。信じられないだろうが本当だ。それを失うことなんかよりも、長い時を過ごしたかけがえのない義妹と別れるほうがよほど辛いな」

「おにー……さま」

「……確かに、永久契約者エターナル、当人しか分からない苦しみはあるだろうし、政府による迫害もしばらく継続するかもしれない。それは、いずれ僕にも及ぶだろう。だけど、それでも僕にとっては乗越えがいのある壁だよ。おまえがいる限り」

「ほんとう……です?」

「紛れもない本当だよ。だから、一緒に来てくれ」

「…………」

「クレア」

「…………」

「頼む」

「…………」

 少しの沈黙があって。

「……はい」

 彼女はこくり、と頷いた。

 ウィルの言葉から強い意志を感じて、ようやく決心したようだ。

「……ありがとです。おにーさま」

 クレアは、スカイブルーの瞳で青年の顔を見据えると、小さな声でつぶやく。

 二人は再び走りだす。

 その際、義妹は兄の手をぎゅっと強く握っていた。








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