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死神


 ◆◆◆










 鍵を開けて、自室に入ったウィルだったが彼の予想は完全に外れた。

 部屋中を懸命に探しても弾という弾は殆ど残っていなかったのだ。

 自己責任である。

「く、そ」

 途端に残してきた人々の様子が気になり、慌てて階下に戻ることを決めた。

「戻ろう。心配だ」

 弾を補給しないまま消沈して一階に降りると、そこは相変わらず黒き死の恐怖が蔓延する殺戮のフロアだった。

 ウィルがテーブルの陰に身を低くしていると。

「くはうっ……」

 滑空してきたカラスによってメロンソーダが胸を貫かれて、ちょうど息絶えたところだった。

「くそ、メロンソーダさんまで。僕としたことが……」

 ウィルは小さく頭を振って目を閉じる。

「このまま殺されてたまるかよ!」

 貴族の中で、最後に残されたウォッカ。

 彼は怒りに満ちた表情で拳を握りしめる。

「これで五匹目です。ふふ」

 メイドの言葉に、男はぶるぶると身を震わせていたが、やがて、

「よくも仲間たちを殺してくれたな。メイド! 絶対に許さんぞ。貴様には、俺が裁きを下してやる」

 彼はキツネ狩り用の猟銃を構えて、アカリの元へと突っ込んだ。

「や、やめろ。ウォッカさん! あなたの手に負える相手じゃない」

 ウィルは男を制止しようとしたが、すでに間に合わなかった。






 ズガガァアアアアアアアアアアアアアン!






「……心配なんて無用だ。名士の俺には、小娘を殺すことくらい造作もないことなのだよ。俺は死んだやつらとは違う!」

 カラスを六羽ほど撃ち落したウォッカは、そのまま猟銃をアカリに向けた。

 そして、殺傷能力の高い散弾を確実に浴びせようと、太い眉の下にある目を細めて狙いをしぼる。

「ちっ」

 だが、散弾が発射されることはない。

 すでにアカリの姿が、男の前からは消えていたからだ。

 大量のカラスが、すさまじい速さで移動して彼女を覆い隠したらしい。

「ずる賢いカラスどもめ。だが、回り込んで、殲滅してやるだけのことよ」

 そう言うと、ウォッカは隙をついて、アカリのそばに回りこんだ。

「死ね」

 やがて、狙いを定めた彼は引き金に指をかける。

 が、すでに作戦は詠まれていたようだ。

 彼が発砲するよりも速く、カラスの一団が背後から奇襲してきた。

「……あ」

 ウォッカの体は砥がれたナイフのようにするどいクチバシによって、一瞬にして、引き裂かれ、周囲に飛び散っていった。

「六匹目。さて、愚かな下級貴族たちは、これで全滅しましたよ。残るはあなたたちだけですね」

 アカリはそう言うと、パチンと指を鳴らした。

 すると、それまで一定数ごとに纏まっていたはずのカラスたちが、上空の一ヶ所に集まりだした。

 そして、それは巨大な黒い渦となり、ウィルとクレアを威嚇した。








「ふむ。本来なら、王が命を落とすだけで、ここまで大きな殺戮になる必要はなかったんですけれどねぇ。まぁ、最後に残ったあなたたちには特別に種明かしをしてさしあげます。これは永久契約姫エターナルのみに与えられた、格別な力のひとつなのですよ。その名はクロウ。実は、わたしも魔の英知に触れた一人。その際に、永久機関を搭載した冥界のカラスたちを自在に操る闇の力を、授けられました……。国王と政府による迫害を恐れていたのは、あなたたちと同じですよ。そう……、本来なら、クロウを使わずともわたしが悲劇のヒロインとして話はスムーズに進むはずだった。あーあ。でも、そうはいかなくなりました。ごめんなさい。野蛮な者たちに襲われて、これからわたし一人が奇跡的に生き残るという悲劇のシナリオに貴方たちは、やはり邪魔なのです」






「やれやれ。まさか、こんなところで永久契約姫エターナルと対面することになるとは思いませんでしたわ……」

 クレアはふぅと一息をついた。

「やはり、一筋縄ではいかないようだね、凶器姫」

 ウィルは、何故かカバンにリヴォルバーをしまった。

「クレア。悪いが、我慢してくれたまえ」

 そして、今度は一冊の本を取り出し、呪文を唱えた。

 それはどこの国の言語かも分からないが、非常に美しい賛美歌のようにも聞こえる不思議な呪文だった。

「さて、再び凶器姫の名で呼ばれるのはどれくらいぶりかしら。この嫌な呪文も、かなり久しぶりに聴くような気がしますね……」

 ウィルが呪文を唱え終わるのと同時に、クレアは激しい頭痛を感じて、目を閉じる。

「くぅっ」

 彼女の身体が覚醒して、眩い光に包まれてゆく。

 そこでは、ある種の神秘現象が起こっていた。

 加えて、覚醒の際に垣間見えた、彼女の裸体は、あたかも第二次性徴を迎えていないかのような錯覚さえ抱かせるものだった。

 一瞬にして、宙へと舞い上がった彼女だったが、やがて地へと降り立つ。

「…………」

 再び地へ降りたったクレアの周囲には、何故か大量の銀フォークがふよふよと、重力を無視して浮いている。

 これこそが、凶器姫の名称で呼ばれし、永久契約姫エターナルが有する異能の一端だった。

 ついでに、彼女の華奢な身体はというと、布地に、ミスリルを思わせる光沢のある軽金属が組み合わされたアーマードレスによって包み込まれていた。

 信じられないような現象。

 それがいま、確かに生じている。これがエターナルたちが表面上、迫害を受ける理由のひとつであったのだ。

「いつ何時でも、この格好は慣れないですね……」

「見た目と性能が必ずしも一致しない典型例だな」

 露出度こそ高いが、魔法金属によって安定した防御を誇る、この装甲が凶器姫の特徴のひとつであることを、ウィルは知っている。

「ふふ。凶器姫、クレアさん。あなたとお手合わせできることは光栄です。ここは全力でいかせてもらいましょう」

 クレアの変身をそれまで嬉しそうに見つめていた、アカリは、ふいに目を細めると、再び指を鳴らした。

 すると、黒い渦でしかなかったカラスたちが、またさらに別の形を取り始める。どうやら、これから戦闘隊形を作る気でいるらしい。

「…………」

 だが、クレアには、それを待っている余裕はない。

 むしろ、一撃必殺を狙っていた。

 クロウ指揮者であるアカリに大きなダメージを与えれば能力自体も解除されるのだろう、とクレアは睨んだからだ。

「ごめんなさい。この姿を見せた以上、面倒なことになる前に終らせますわね、メイドさん」

 凶器姫となった彼女はぶつぶつと小声で何かを念じると、腕を振り上げる。

 それと同時、彼女のそばに浮いている銀フォークがそれぞれ美しく、鋭利な輝きを放ち始めた。

「永久のエターナルブレイドと、でも名付けましょうか」

 クレアは上げていた腕を、素早く振り下ろす。

 かつて銀フォークだった、類稀なる鋭利な凶器たちは、クロウを操るメイドに、凄まじい勢いで襲い掛かっていった。

「っ!」

 この攻撃により、クロウたちの戦闘隊形は崩壊する。

 だが、これはアカリとしても、もちろん予想する範疇だったようだ。

「ガード!」

 すぐさま、メイドは自分を守る指示を出す。

 指揮を受けた、カラスたちは彼女の周囲を一瞬で、隙間無く取り囲んだ。






 ズバッ、ズババババババババ!






 そして、それは一部の犠牲を伴ったものの、分厚い壁になりクレアの一撃をうまく阻むことに成功した。

「序の口とはいえ、わたしの刃が完璧に防がれてしまうとは。……なかなか油断ならないメイドですね」

 クレアの言う、永久のエターナルブレイド

 これは能力解放時に、触れたり、念じたりしたものをすべて類稀なる凶器に変えてしまう異能である。

 このような異能を使用されたのが、仮に普通の人間ならば一瞬にしてバラバラになるところだが、これを防ぐあたり、やはりクロウの能力は高いとみえる。

「クレア。反撃に気をつけたほうがよさそうだぞ」

 ウィルが片隅から、ちょっぴり元気のない声を出す。

「おにーさまは大人しく引っ込んでなさい。死にたいんですか? クロウの能力は、まだ未知の部分が多いから、責めあぐねてます」

「あい」 

 と、カラスたちはもう一度、何かを形づくりだした。

 しかも、クレアからの攻撃がくるのを学習したのか先ほどよりも構築スピードが上がっている。

「ち」

 舌打ちする凶器姫。

 ソレは、みるみるうちに組み立てられていった。

「さーて。ようやく、切札が完成いたしました。あはは」

 アカリは無慈悲な目で兄妹を見つめた。

「これは、どうすりゃいいんだ」

 思わぬ展開に、ウィルは頭をうなだれる。

 それも無理はないだろう。

 というのも、ウィルとクレアの前には、漆黒の外套に身を包む、天井に届くほどに巨大な死神がその姿を現していたからだ。

 ついでに、死神の右手には、これまた不気味な大鎌がしっかりと握られていた。

「勘弁してほしいくらいのデカさですね、この怪物は」

 クレアもやれやれといった感じの表情だ。

 死神は手にした鎌を大きくかざす。そして、巨体には似合わぬスピードでそれを振り回して、クレアの方へと向かってきた。

 だが、義妹が臆することはない。

「魔の英知……。わたしに力を授けて」

 永久契約姫エターナル、クレアは、次なる異能を発動させる。

 彼女の全身に、不思議な紅いオーラが降り注ぐ。

 そして、温和に見えたクレアの瞳が、身も凍るような冷たい目つきに変わった。

「ありゃ、完全に潰す気だな」

 もはや、見守り役に徹しているだけとなった探偵、ウィルは眉根を下げると、そう言った。

「グォオオオオオオオオオオオオオ」

 死神が。

 高速回転する大鎌がウィルとクレアに迫る。

 このままでは、首を刈られるどころか、バラバラのひき肉になるだろう。

「あはは。この子の名前は死神、デスサイズ。わたしが操る技術の結晶、完成形です。死ねぇええええええええ」

 アカリの不気味な笑い声。

 だが、義妹は、それを無視するようにして、襲い来る闇の中に自ら突っ込んでいった。

 彼女は加速する。

 傍から見れば、自分から死にに行っているようなものだろう。

 だが、違った。

 加速するクレア。

 彼女のアーマードレスに仕込まれたナイフ。……それが一斉に咲いていく。

 高速回転しながらも、クレアは死神の懐に上手く突っ込んだ。

 その時点で、死神の巨体は動きを止める。いや、止めざる得なかった。

 高速の殺人舞踏回転マスカレード

 その技を繰り出すクレアの周囲で、次々とカラスたちは消滅していく。クレアの仕込みナイフに触れたカラスは一羽残らず、首を飛ばされた。

「な、な、なんだというんですか。この娘……」

 死神を指揮するアカリは動揺した。

 これまでは、どんな強敵でもこの切札(死神デスサイズ)を使えば殲滅できたのが、いまはむしろ圧されている。

 しかも、軍隊などではなく、たった一人の可憐な少女に……。

「く。信じられない。嘘でしょ」

 そうこうしている間にも、死神を構成する単位(闇ガラス)はどんどん消滅していっているようだ。

 死神デスサイズ自身も、手にした大鎌を振って、体内でナイフを回転させるクレアを振り落とそうとするが、なかなか上手くいかない。

 攻撃力こそ高いものの、一度、体内に入られれば敵を排除できない、死神の弱点をクレアは完全に突いた形だ。

「お、おのれ。わたしのデスサイズが……。くっ、こうなれば」

 アカリは指を咥えると、ピューッという口笛を響かせた。

 途端に、先ほどの窓から第二軍ともいえるカラスの集団が流入してきた。

「何をするつもりなんだ」

 ウィルは怪訝な表情を浮かべる。

 青年の目線は、アカリの目線と宙でぶつかった。

 すると、アカリはちょっと悲しげに、

「ごめんなさい。ウィルさん。……先に死んで」

「ええええええええ、今度は僕か!」

 流入してきたカラスたちが一斉にウィルめがけて飛んできた。命の危険を感じたウィルはリヴォルバーを構えて、連続発砲した。

 バサバサと、床に落ちてもだえる三羽のカラスたち。

 だが、敵が多い、多すぎる。

「クレア、なるべく早くそいつを仕留めてくれ。じゃないと、僕まで屍になっちまうよ、このままじゃ!」

 敵の体内で高速回転している、クレアからの返事は当然ながら……ない。

 だが、その声はもちろん届いていたようだ。

「グゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」

 一際、大きなおたけびをあげてデスサイズがもだえ始めた。

 やがて、体内が裂けて、凶器姫が身を乗り出した。

「やれやれです。デカブツの始末はおわりましたよ。おにーさま」

 ストン、という音とともに、彼女は着地する。

 その背後では。

 再び動き出し、今度こそ仕留めん、とばかりに大鎌を振り上げる、……復讐のデスサイズ。

「ふ、油断しましたね。クレアさん。せめてもの道連れです」

 にやり、と唇を歪ませたアカリは指を鳴らす。

「おいっ、後ろ、そいつ、まだ生きてる、クレアァアアアアアアアア!」

 ちらりと目をやったウィルは、その光景に仰天してクレアに強い口調で呼びかける。

 が、クレアは振り返らなかった。

 それどころか。

「おにーさまはバカですか。こいつはもはや」

「……まさか」

 アカリの顔からは、笑いが消えて、引きつった表情になる。

「死んでますわ。あははっ」

 クレアは愉しそうに微笑。

 彼女の背後では、デスサイズが鎌を振り上げた姿勢のまま、轟音を立てて、四方に砕け散っていった。



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