事実は奇なり
《第三章》
もはや、外から雨音は聞こえてこない。
「ここではなんですから、よければ、ホールに戻って罪の動機をお聞きになられませんか? それにお暑いでしょうし」
蒸し暑い部屋で感情の抜け落ちた、アカリの声。
「ふむ」
これに皆は同意して、場所を一階へと移すことにした。
ギシギシと軋む、古めかしい階段を下りて広いホールへと入った際、アカリは随分と落ち着いた表情をしていた。先ほどまでの態度とは一変、どこか淡端としていて、機械でできた人形のような印象すら受ける。
「…………」
この時、何故か、ウィルには嫌な予感がした。が、あえてそれを口には出さない。
ホールにつくと、アカリは自らすすんで皆の前に立つ。
「ではお聞きくださいませ。本当の真実を……ね――――」
そして、まるで群集の前でポエムを朗読する詩人のように、今回の惨劇の動機を語り出した。
それはやはり、どこか複雑で怪奇な内容だったし、ありえないような話だったということは言うまでもない。
快楽を求める殺人者の告白に理解や同情が可能なものは少ないが、彼女の告白に関しては、動機の理解うんぬんというよりも、むしろ予想もしなかった真実が浮かび上がってくることの連続だったといったほうが正しいのではないか、とウィルは思う。
それらの告白は、まさしく信じがたいという形容に相応しいものだった。
簡略にまとめるならば。
殺されたオーナーは実は、国王オルフィレウスⅠ世、本人であったこと。
また、実は国王は、アカリの父親だったこと。
アカリが、まだ物心つくかつかないかの頃に気まぐれな理由から養子に出され、長い間貧しい暮らしを強いられた恨みがあったこと。
オルフィレウスは素性が知られていなかったせいか、反対勢力の集まる、キツネ狩場に、あえてティーハウスを作り、そこのオーナーとして振舞いながら貴族たちの一挙一動を監視して、用心深い彼ら彼女らの殲滅の機会を窺っていたこと。
つまり、本来ならば今宵、集まった貴族たちは全員が国王により、皆殺しにされる可能性もあったこと。
幼少期とは似ても似つかない凛々しい姿に成長を遂げたアカリは身分を巧みに偽って王室メイドとして働き、表向きは王に従いながらも、逆に彼を殺す機会を窺っていたこと。
そして。
国王に接近して信頼を買ったアカリ(国王は娘たちにさほど関心がなかったせいかエターナルたちの特徴をほとんど把握していなかった)が、運良く、このティーハウスにて、彼と二人で作戦を実行する役割に収まったこと。
憎き男が反対勢力殲滅の作戦に浮かれている、今夜こそが絶好の殺人日和かもしれないと彼女がひそかに思ったということ。
だから。
以前、王立図書館の書籍で読んだ知識をもとに自分に合った仕掛けを作成、殺害を企てた……ということになるらしい。
ついでに言えば、別の簡単な殺害方法(それについてアカリは何故か語らなかった)もあったのだが、書籍の古典的なトリックが実際に機能するかどうか試してみたいという彼女自身の知的欲求によりこちらの殺害方法を選択したのだという。
事実がオーナーを冥土に送ったメイドの口から次々に語られていく刹那――彼女の言葉を聞くウィルの頭の中で。
あくまで想像するしかできない脳内構築世界の中で。
――幼少期のアカリは物陰に隠れながら、癇癪をおこした父。国王オルフィレウスⅠ世という仮面をつけた男の、激しい暴力に耐える若き母親の姿を、父への憎しみに満ちた、それでいて悲しいまなざしで見つめていた。すでに、いつかの日の復讐を胸に描きながら。
そして、そのいつかの日。
本日のティーハウスは、現在進行形の戦慄に様変わりしつつある。
「以上です。異常ですね。ははは」
顔色ひとつ変えずに淡端と語ったアカリは、その言葉を最後に俯くと、黒い前髪をたらした。
宿泊客たちの顔色は蒼白に変わっている。
彼ら彼女らの中には、恐怖で身を震わせている者もいた。本来なら、キツネ狩りやオカルト談義などで浮かれている場合などではなかったのだ。
それぞれが気付かなかっただけで、実はずっと死と隣り合わせの環境にいたということになる。
しかし、メイドの話を信じるならば、彼女のオルフィレウスに対する謀反のおかげで、いまここに自分たちが存在しているのも事実である。
「なるほどね」
一方で、第三者といえる立場のウィルは納得して頷いていた。
「事実は小説よりもはるかに奇なり、なのです」
クレアはかなり上機嫌だ。アカリの動機を聞いて、少し興味を抱いたらしい。
と、そんな時。
ド、ガッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーン!