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真犯人

 ◆◆◆










「……あ」

 部屋に足を踏み入れるなり、一向は異変に気がついた。

 明らかに、蒸し暑い。

 温度計を見るまでもない。

 30度近い暑さがあるだろう。

「あついですね」

 メイドのアカリが、口から小さく吐息を漏らした。

 急な温度変化によって、色白な少女のうなじに、じわりと珠の汗が浮かぶ。

「確かに」

 冷房の温度に慣れた、他の宿泊客たちも同じ感想を述べる。

「しかし、どうしてこの部屋だけこんなにも蒸し暑いんだ。いったい、どういうことだ、これは」

「僕も最初に来たとき、疑問に感じたのです。しかし、当初はそれがトリックのキーだとは気がつきませんでした。そう、冷房機ですよ……」

「冷房機? 確かに、冷房機は効きが悪いようだが」

「そうです。今夜は季節的にも珍しい熱帯夜だ。冷房機が作動しなかったら、28度を超えることはそれほど難しくはないかもしれない。ちなみに犯人は念を入れたようですね。このように」

 ウィルは話を中断して窓のそばまでゆっくり歩いて行くと、思い切りそれを開けようとした。

 しかし、窓は殆ど開かなかった。

「この部屋は冷房機もそうですが、窓にもあらかじめ細工がしてあるようです。もっとも、皆さんの部屋の窓もそれぞれ細工されている可能性があります。だけど、この部屋と違って冷房機が真面目に作動してくれているので室温は低いままで保たれています。おまけに外はあいにくの雨だ。わざわざ窓を開けようなんて物好きもいなかったようです」

「あ、あの。わたしの偉大なるウィルさん。それぞれの部屋の窓に細工がしてあったという説明はよく分かります。気まぐれな性格で毎晩、寝る部屋を変えていたらしいというオーナーがどの部屋に泊まるかなんて分かりっこないですからね。だけど、それだけではオーナーがピンポイントで殺害されたという話と冷房機の話には全然、結びつきませんよね? まさかオーナーの部屋の冷房機だけが、都合よく勝手に作動停止して室温を上げることなんてありえませんし」

 メロンソーダが微妙に気まずそうな顔でウィルに問いかけるが、青年は「そうですね」と頷くだけで、殆ど否定はしなかった。

 それどころか。

「確かに、オーナーの部屋の冷房機は勝手に作動停止して、犯人に都合よく室温を上げてくれたようですよ。それも、遠隔操作のような手口で」

「「えっ!」」

 クレアを除く、一同の口から、驚きの声があがる。

 無理もない。

 しかし、青年は一切あわてることもなく続ける。

「もっとも、それに大きく関わってくるのが、この羽の持ち主たちですが」

 彼はそう言うと、スーツの胸ポケットから一本の漆黒色の羽を取り出して見せた。

「先ほど、室内の冷房機のそばに落ちていたのを見つけましてね。さて、話がもう少し続きますが、ご容赦くださいね」

「楽しみですー。あはは」

 いつの間にか、役目を忘れて無邪気に微笑んでいるクレアを見て、ウィルはすかさず突っ込んだ。

「いや。おまえも、参加しろよ」

「あ、すみません。おにーさまの饒舌に、つい聞き入ってしまいました」

 探偵と助手の、そんなやり取りの合間。

 部屋の永久機関の薄灯りの元には、宿泊客たちの不安げな顔がそれぞれ照らし出されている。

 外の雨は未だに収まる気配がない。

 

 






 


 ◆◆◆

 

 

 






 

「では、そのカラスと冷房機の間になにか関連があるというのですか?」

 レモネードの発した質問に、ウィルは「そうです」と頷く。

「なお、冷房機が停止して、室温が上昇した仕掛けはそこに極まりますね。最初は、僕はもちろん、頭脳明晰なクレアですら当惑したようです。なにせ、カラスが関係しているなんてことは夢にも思いませんから、けれど冷房機のそばに落ちた羽、そして、殺人現場のそばで聞こえた大量のカラスたちの鳴き声。独自の調査、それを基にしたクレアの助言。これによって、僕は事件解決のヒントを得たのです。今思えば、なかなかに巧妙な計画ですよ。まず、犯人は個別に調理したうえで、熱を冷ましたフランクフルトに毒串(ただし、この時点では普通の串ですが)を刺し、それを夜食と称して皆に振る舞いました。まぁ、ここまでは先ほどの説明で足りますよね。そして、犯人はここで驚くべき手口を用いたと思われる。それは、オーナーの部屋の外にあった冷房機の空気取り込み口。そこを塞ぐというものです。一見、シンプルな発想にも思えるのですが、実は機動的に行うのは困難だ。しかし、犯人は、大量のカラスたちをエサによって引き寄せることによって、あるいは彼らをあらかじめ訓練しておくことによって、そこを塞ぎ、元から蒸し暑かった室温をさらに上昇させることに成功したのです。当然、何も知らないオーナーはそこで夜食を取り、予定通りに殺害されました。ついでに付け加えるとするならば、まぁ、室内で夜食を食べない人間もいるかもしれませんが、例外的でしょう。オーナーはこれには該当しなかったようです。と、ここまで語れば、皆さんにも犯人はおおかたですが、見当はつくでしょうね」

「「まさか」」

 一同の中で、ざわつきが起こった。

「そう。推理の結果、犯人に該当するのは、やはり彼女のようです。二度手間をかけて申し訳ない、皆さん。……そして、犯人のアカリ・ベルンカステラさん」

「なっ! 何を言っておられるんですか、ウィルさん。わたしは違うと言ったはずです! わたしをからかって、ふざけるのもいい加減にしてくださいませんか!」

 指名を受けた、アカリはすかさず青年を睨んだ。

「ふふふ。名推理の羅針盤が指し示すのは常に真実ですわ。犯人該当、おめでとう。名誉なことですわね。メイドさん」

 助手役の美少女がけらけらと冷たく笑った。

「ば、馬鹿馬鹿しい。とにかく、犯人はわたしではありません! 犯人は団体の皆さん、いや、こいつらの中にいます。わたしは良き理解者を失った被害者なのです。これ以上、恥をかかせるようだと、セントラルシティで裁判を起こしますよ!?」

「さて」

 ウィルは小さく息をつく。

「だいたい、オーナーだって、まともな人間です。室温が上昇すれば暑いと感じて部屋を出るはずでしょう。その時点で、ウィルさん。あなたの言うトリックは不成立です。わたしを陥れようとしているのかもしれませんが、妄想もいいところですよ。あなたの言っていることはわたしにしてみれば、理想論であって、机上の空論でしかないです。だいたい、冷房も作動せず、室温が上昇したような環境で夜食なんて呑気に食べている人間がどこにいるものですか。馬鹿も休み休みにしてください。正直なところ、あなたたちの非常識きわまりないこじつけには失望しましたし、嫌気がします。不快でしかありませんから」

 アカリはそれまでの穏やかな表情を一変させて、ウィルの推理を強く否定した。

 だが、ウィルはそれに対抗する札もあらかじめ忍ばせていた。

「もちろん、普通の人間ならば、このトリックはこじつけ以外にありえないでしょうね。温度感覚に障害などを持っていない普通の人間ならば……ね」

「なっ!」

 一瞬、アカリの顔が蒼白になる。

「ふっ、オーナーに……」

 彼女は再び何かを言おうとしたが、間髪いれずにウィルはそれを遮る。

「恐らく、あなたは次にこう述べるのですよね。オーナーに温度感覚の障害なんてない、長年、協働していたわたしが保証すると。あなたの言ってることはすべてがでっちあげ、だ。とか。けれど、大丈夫ですよ。ちゃんと、自己紹介のときにメモを取っています。ご覧になりたいのならいつでもどうぞ」

「うっ……。で、でも。わたしも自分の部屋でフランクフルトは食べたんですよ。でも、こうして今、生きてますよねっ!?」

 完全に、先を読まれてアカリは動揺したらしい。弁解のつもりだろうが、弁解になっていない。

 客たちは驚愕して、狼狽した彼女を見つめ続けている。

「仮に食事を部屋でとったのだとしても、あなたの部屋が一定以下の温度に保たれていれば全くと言っていいほど害はないのです。おまけに串からソーセージをはずせば、完全に普通の美味しい夜食になりますわね。まだ、粘りますか、メイドさん?」

 クレアはそれとなくメイドに、自白を勧告して鋭い視線を向けた。

「まぁ、キミがそれを望むなら、この推理を主張している僕らとは論戦になるだろうな。もっとも、事前にアカリさん。キミがこの串を用意していたということも調査によって判明している。だから、言い逃れ自体は難しいだろうけれどさ」

 推理の立役者であるウィルの口調は自信に満ちている。

 この状況に追い詰められた彼女はついに。

「く。やはり、これ以上は悪あがきです……よね。軍門に下りましょう」

 観念した。



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