真相
「「なっ!?」」
青年の発した言葉に、宿泊客たちは一瞬、拍子抜けした様子だったがすぐに険しい顔に戻った。
それまで探偵気取りだったウィスキーも目を白黒させながら大きな声で吼える。
「お、おまえはいまさら何を言ってるんだ、気でも違ったか!? おまえの妹が疑われているんだぞ!? 真相も何も犯人は私がいま言った通りだ!」
だが、ウィルは落ち着いた表情で男の反論を制して、
「いえ、大丈夫、くつがえせます。いまから、犯人の用いたトリックを、ご説明しましょう。……いいか、クレア?」
傍らのクレアに軽く合図を送る。
「なるほど、わたしにアシスタント役を、と。……いいでしょう」
クレアは了解して、こくりと頷く。
一方で貴族たちの中には、
「う、うるさい! そうやって、我々を言いくるめる気だろう」
「きっとそうです。こいつら兄妹が何を言おうとデタラメですぞ。みんな耳を貸すな」
兄妹の言葉に未だ、耳を貸そうとしない者もいたが、
「……まぁ、待て。君たち。一応の土産に聞いておいてもいいじゃないか、ウィル・ホーカーさんの推理とやらを」
「…………う」
彼らの纏め役であるテキーラの一声でようやく静かになる。
「ありがとうございます。テキーラさん」
「いや構わん。ただし、君の意見が納得できる代物でなかったら……。状況は分かっているんだよな?」
テキーラは細い目で面白そうにウィルを見た。
「はい」
「よろしい」
舞台は整ってくれた。
「では、クレア」
ウィルは傍らのクレアに確認の声を掛ける。
「わたしはいつでもいいですよ。おにーさま」
彼女はすでに準備ができているらしい。
「ん、ウィルさんの妹さんも手伝うの?」
様子を見ていたメロンソーダが少し不思議そうに言った。
これに、クレアは応える。
「はい。アシスタントとして、わたしも解説に参加します。見ているだけじゃ、つまらないから」
「ふむ、まぁ。いいだろう。さぁ、その推理とやらを我々に披露してくれたまえ、ご両人!」
「一応は聞いてやる」
宿泊客からは威圧的な声や催促の声が飛んでくる。
「……では、説明させていただきます」
一息をついたウィルは両手を組む。
皆の視線が集まる中。
青年は推理によってたどり着いた事件の真相についてはっきりと、それでいて落ち着いた口調で語り出した。
「まずは、オーナーの殺されるまでの状況。これについて説明していきます。時間を少し巻き戻して考えてみましょう。その頃、生きていたオーナーもカウントした我々、十名(まぁ、テーブルトーク時には八名。夜食の支給時にはこれにオーナーとアカリさんも加わっていました)は、問題の夜食、アカリさんとオーナーが用意したフランクフルトを、被害者となったオーナー本人の手により支給された、あるいは自分の手によって直接取ることによって入手したわけでしたね。この時、僕らの動きにはなんら怪しいところはなかった。つまり、一見したところで、この事件は特定の人物を殺すピンポイントな殺人などではなくて、唯一、毒物の混入されたフランクフルトを取ってしまったオーナーが不幸にもランダムな抽選の結果に選ばれて、毒殺されたように見える。そう、この点に異論を唱える人は少ないでしょう。だが、残念ながらそれは違います。オーナーは最初から犯人に狙われていた。殺されるべくして殺されたと考えるべきなのです」
「な、なんだと! いや、あれはどうみてもランダムな殺人にしか見えなかったぞ」
「そんな……。じゃあ、つまりクレア氏は犯人ではないと?」
シャンパンと、レモネードは納得のいかない表情を浮かべた。
だが、ウィルは得意気に続ける。
「そうですね、仮にランダムな殺人としたら話は簡単です。犯人としては、フランクフルトをゴミ箱に捨てたクレアが濃厚だ。だって、犯人が自分も死亡するリスクを含んだ夜食に手をつけるとは到底、思えませんからね。もちろん処分するでしょう。しかし、仮にクレアが犯人だとしても、それはあまりに軽率な行動だという評価ができます。部屋を事細かに調べるなり、事件の際の動きや形跡を見れば簡単に特定できてしまう。そう、足がついてしまいますから。それじゃあ、ちっとも面白くない。さて、話を戻しましょう。では、こう考えたら面白いのではないでしょうか。犯人は本当に、ランダムな殺人を計画したのか? 否、犯人はピンポイントにオーナーを狙って毒殺した、と。そして我々の推理を大きくかく乱することに成功した、とね。そして、僕ら兄妹はここでこのオーナー毒殺事件に関して大きく発想の転換を試みたのです。そう、まるで専門画家の描いた騙し絵を観察する時のようにね。その結果、たどり着いた結論は……。クレア?」
「はい。……本当に犯行に用いられた毒物はフランクフルトの中に混入されていたのですかねーということ。そもそもそれが怪しいのですよ」
「どういうことだ?」
一同がざわめく。
「こういうことですわ」
そう言うと、クレアはどこからともなく一本の串を取り出す。
「ま、まさか」
「はい。そのまさかです。これ、犯行現場にあったものと同じ形の串です。偶然、調理場の付近で発見しました」
彼女は蒼い瞳を細めながら、どこか冷然とした笑みを浮かべる。
ただし、事件を振り返り、悲劇の引き金となったトリックそのものを愉しんでいるかのような口調はあまり褒められたものではないが。
「材料は、丁寧に加工されていて、一見した限りでは分かりにくいですが、夾竹桃のようなのです」
手にした串を皆に見えるように掲げて、クレアは淡々と続ける。
「さて。おにーさまの言うとおり、発想の転換をいたしましょう。凶器がフランクフルトではなく、こちらの串だとしたら事情は違ってきませんか?」
これを聞いた貴族たちはあることを思い出す。それは教養人ならば誰もが知っている知識だった。
「そ、そういえば、夾竹桃の枝には強い毒性がある」
「「そのとおり」」
ウィルとクレアは口を揃えた。
「だが、その加工串を使った犯行だとしても、犯人がピンポイントにオーナーを毒殺したという指摘と、一体どういう関係があると言うんだ?」
「ご安心ください。それもいまからおにーさまが説明しますから」
「分かった」
クレアから、再びバトンを渡されたウィルは口を開く。
「では、事件の核心に迫りましょう。どうやら、加工された夾竹桃はセントラルシティ固有の品種みたいですね。その特徴はといえば、毒性があるところは一般の夾竹桃とそれほどの違いはありません。ですが、あえて言うならば、こちらの品種は温度の変化に、かなり敏感に反応するようです。この夾竹桃の枝は一定の温度になった際に、有毒の樹液を染み出させる。まさに天然の毒殺マシーンだ。わが国の植物学者が記した書物によれば、28度以上の気温になると有毒な樹液が染み出すので、たいへん危険。触るのも厳禁だそうです。ただし、それ以下の温度では一般の植物と変わりないということが面白い。つまり、28度以下の場所では単なる串に過ぎませんが、それをオーバーしてしまえば、これは劇薬に変わるのです。皆さんはたまたま運が良かったのか、それともオーナー殺害を企んだ何者かに仕組まれたトリックの上で踊らされていただけなのか、どちらだとお考えになりますか? 僕は、明らかに後者だと考えますね。何故ならば、季節はすでに秋です。暑い夏は終り、ようやく涼しくなってきた頃合いです。もはや28度を超えることなんて、滅多なことではありえない。加えて、皆さんの部屋はどれも同じ造りになっていて、冷房機が備え付けられている。もちろん、今晩はなかなかに蒸し暑い夜ですが、それでも、なんとか28度を下回っています。けれども、オーナーの部屋はどうだったでしょうか? よければついてきてください」
ウィルの言葉に従って、宿泊客たちとメイドは、部屋番号3―2号室、オーナー毒殺事件の現場に向かった。