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無礼


 ◆◆◆










 その後。

「とりあえず。電話で殺人事件の連絡を!」

 一階ホールにおりた宿泊客たちとメイドは屋敷で唯一つの電話からセントラルシティの警察ヤードに連絡をしようと試みる。

 だが頼みの綱である電話線は何者かによってすでに切断されていた。おまけに貴族たちが乗ってきたという車も部品を抜かれたうえに破壊された後であることが分かった。

 街から随分と離れた屋敷はこの豪雨の中で、ほぼ完全に外界から分離されてしまい、最悪の閉鎖空間、つまりはクローズドサークルが生まれてしまったらしい。

「くそ、やられた」

 ウィルの口からは思わずそんな言葉が漏れる。

 この時、兄妹の脳裏にはもちろん列車のことが浮かんだ。

 しかし、その列車もあのような状態であるから、もはやあの時に自動で送られた緊急連絡による救助を待つ以外に方法はない。

 誰もが今夜はここで明かすしかない状況。それに加えて、内部にはオーナーを殺した犯人がいる。

 その事実に戦々恐々とする宿泊客たちだったが、その前にひとつだけやるべきこともあった。

 それは、今後腐敗が進んでいくであろうオーナーの遺体の仮埋葬である。

 どちらにしろ、それに関してはこのまま放置しておく訳にもいかないので部屋の証拠品にだけは極力触れないようにして遺体を外に運び出し、なんとか仮の埋葬を済ませた。

 この際、クリスチャンだというアカリは胸の前で硬く両手を結んで涙を流していたが、最初の動揺ぶりに比べれば、随分と落ち着いているように見えた。

 そして、雨に濡れた生存者たちは再びホールに戻る。

 永久機関の灯りのもと、円卓を挟んで交差する十八の目線。

「まさかこんな事件に巻き込まれるとは……」

 テキーラは右手で額を押さえてそう、ぼやいた。

「ですな。なんてついてない」

 鳥打帽を被ったウォッカがそれに短く返す。

「確かになったのは、夜食に混入された毒物による殺人ということと、それを皆がランダムに支給されたということ、これらが全て、内部の者による犯行だということくらいですか? まぁ、どちらにしてもこの状況で私たちは今夜、セントラルシティには帰れませんね」

 レモネードがため息をつく。トレードマークの赤いメガネは、少し下がってしまっている。

「そうですね。オーナー殺しや電話線切断、我々の乗ってきた車両の破壊。これらが全て、外部犯だという可能性も無きにしはあらずですが、状況からしてそれは薄いでしょう……」

 力なく応えたのはメロンソーダだ。

「…………」

 ウィスキーとシャンパンは腕を組んだまま黙っている。

「で、肝心の推理小説家さんの見解は?」

 テキーラがそう言うと、クレアを除く全員の視線は一斉にウィルに集中した。

 訝しむような者から、すがるように見つめる者までその反応は一様ではない。

 だが、彼らの大半は推理小説家の鋭い意見を期待しているようだった。

 この様子を見たウィルは短く。

「すみませんが、僕にもまだ見当が付いていません」

 そう言って、首を横に振った。

「ふん、所詮そんなところだろうとは思っていた、それじゃあ二流なのだよ。二流」

 向かいの席に座るウォッカは軽く舌打ちしてウィルを睨み付ける。

「……ある程度の推理はしています。が、まだ確固たる証拠があるわけではないので明言は避けたいということですよ、ウォッカさん」

「うるせえ。勝手に言ってろ。俺はおまえのような奴が気に食わんのだよ。高いインテリジェンスを持つのは我々のような名士や、百歩譲っても、産業ブルジョアジーの役目というものだ。庶民が!」

 ウォッカの口からは傲慢な本音が飛び出していた。どうやら男は明言を避けたウィルのことを訝しく思い始めたらしい。

「だいたい貴様ごとき若造が作家なんて、ぶ――――」

 さらに、言い募ろうとするウォッカだったが、その顔に勢いよく真水がぶっかけられる。

「「なっ!」」

 一瞬の出来事に皆が息を呑む。

「あー。手がすべっちゃいました」

 ウィルの傍ら。

 クレアの手にするコップの中身が空になっていた。

 そして彼女の瑞々しい唇がもう一度、開かれたかと思うと。

「ウォッカとかいいましたか? よく聞くのはおまえのほうです。おまえごときの雑魚がわたしのおにーさまにケチつけるとは何事です? おにーさまは必死に推理してるのに礼儀知らずですよ。そんなに待てないのなら、暇つぶしに中世ヨーロッパの拷問器具を用意しましょうか? ヤギに足の裏を舐められながら、金具でギチギチに拘束されて腕の骨バッキンバッキンいきながら事件の解決まで泣いてろって、感じですね」

 信頼する自分の兄を罵ったウォッカに対して、クレアは、これ以上ない程の悪態をついた。

「ク、クレア。そのくらいでよせ」

 良くない空気を感じたウィルはすぐになだめようとするが、まだ彼女の怒りは収まらないようだ。

「それだけじゃ済みませんよ。おまえはもうミイラですわね。はい、そのレベルの脳です。プレッサーでコナゴナに砕かれて仙人の胃薬になってもいいくらい、くだらない奴だと分かります。そんな奴に、おにーさまがバカにされてたまるものですか。おにーさまを下に見ていいのはわたしだけなんですからっ、わかった!?」

「く……。このガキ。言わせておけば」

 冷水を浴びせられたうえに自分のプライドを傷つけられたウォッカは歯軋りをすると、ひときわ大きな音を立てて、椅子から立ち上がった。

「小娘、のぼせあがった根性を叩きなおしてやる!」

 彼は素早く手を伸ばしクレアの胸倉をつかむと自分の元へ引き寄せる。

「わぅっ!」

 そして強く握り締めたもう一方の拳を高く振り上げた。

「くぅっ、離しやがれです、このハゲ隠し!」

 胸倉をつかまれたクレアはなんとかその手を振りほどこうとするが大人の男の前で華奢な少女の抵抗は無力だった。男からすれば、少女はただ手足をばたつかせているに過ぎない。

「たかが庶民が貴族を侮辱するとはいい度胸だ!」

 が、激昂したウォッカの拳が振り下ろされる前に、ウィルの手にしたリヴォルバーの銃口が彼を捉える。

「クレアに手を出すのはやめてくれないか」

 青年の鋭い眼差しと、ギリッという撃鉄の音が同時に威嚇していた。

「……き、貴様、名士の俺に銃を向けるとは」

 ウォッカは頬に汗を掻きながら、銃を構えたウィルを忌々しげに睨んだが……。

「ウォッカ。おまえもそのくらいにしておけよ」

「そうよ。大人げないわ」

 次には、彼の仲間たちからもそんな言葉が掛けられる。

「う……く」

 これを耳にするなり、クレアを捕まえていたウォッカの手からは嘘のように力が抜けた。

 どうやら、熱が冷めたらしい。

「畜生が」

 ガタン、という音がして、それまで我を失っていた男が席につく。

「そ、そう。冷静になりましょう!」

 傍らにいたアカリの一言もあってようやく事態は収拾した。

 ウィルは撃鉄を戻したリヴォルバーを、そっとカバンにしまう。

 そして、自分がウォッカを威嚇してよかったと改めて思った。

 義理の関係とはいえ、兄を侮辱されて本当の意味で憤慨したクレアが彼の息の根をとめてしまう、その前に……。


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