未来から僕の奥さんである花守さんがやって来て、現代の花守さんに告白するよう圧をかけてきた!?
「じゃ、じゃあね山下くん、また明日」
「う、うん、またね、花守さん」
いつも通り校門を出たところで別れる僕と花守さん。
家が逆方向なんだから当然といえば当然だが、それでも一抹の寂しさを感じずにはいられない。
――本音を言うなら花守さんともっと話をしていたい。
でもとてもじゃないけどヘタレな僕には、そんなことを言い出す勇気はなかった。
花守さんはそれこそ僕にとっては高嶺の花とも言うべき存在で、可憐に咲き誇る白百合を彷彿とさせる彼女に、僕は淡い恋心を抱いている。
とはいえ一介のモブ男子に過ぎない僕じゃ、とてもじゃないが花守さんとは百回生まれ変わったとしても釣り合う存在になれるとは思えない。
モブはモブらしく、身の丈に合わない恋愛感情は封印して、帰って録画した深夜アニメでも観てるのがお似合いだ。
……さて、帰るか。
僕は肩をすぼめながら、家路への一歩を踏み出そうとした。
――が、
「おっ! ひろくん見ーーっけ!」
「――え?」
僕の目の前に、私服姿の一人の女性が仁王立ちしていた。
――しかもその女性は、声と顔立ちが花守さんに瓜二つだった。
「いやあよかったよかった。この時間なら、ひろくんは校門前にいると思ってたよ」
「は、はぁ」
ズカズカと近寄ってきて、僕の肩に気安く手を置いてくる謎の女性。
歳は20代中盤くらいだろうか?
僕のことを知っている風だけど、はて、どこかでお会いしたことありましたっけ?(因みに僕の下の名前は浩紀だ)
ああ、花守さんのお姉さんなのかな?
でも、花守さんのお姉さんにお会いした覚えはないけどなぁ……。
「んふふ~、誰だこの美女はって顔してるね?」
「えっ、い、いや、その……」
ご自分で美女とか言っちゃうんですね!?
まあ、紛うことなき美女ではありますが!
「まっ、困惑するのも無理ないよね。まさか未来から自分の奥さんがやって来るなんて、普通思わないもんね」
「…………は?」
い、今、何と!?
「だからね、私は8年後の未来から来た、君の奥さんの花守美由里だよ。まあ、花守は旧姓で、今は山下美由里だけどね」
「????」
ふ、ふう~~~ん????
「んふふ、これでも信じられない?」
「――!」
自称未来人である花守さんのそっくりさんは、顎をクイッと上げて、左の首筋を僕に見せてきた。
えっ!?!?
い、いや、確かに僕は首フェチですけど(爆弾発言)、こんな往来で急に見せられても困っちゃうっていうか……。
……ん?
その時だった。
そっくりさんの首筋にとあるものを発見し、僕は目を見張った。
そこには綺麗に縦に並んだ、三つのほくろがあったのだ。
あ、あれは、紛れもなく花守さんの首筋に付いているほくろ……ッ!!
首フェチであり、同時にほくろフェチでもある僕が言うのだから間違いない……ッ!!(爆弾発言が止まらない)
じゃあ、この人はマジで……。
「ね? 信じてもらえたでしょ? 8年後にはタイムマシンが一般家庭にも普及しててさ。こうして気軽に未来から過去に来れるようになってるって訳よ」
「……えぇ」
それって世の中は本当に大丈夫なんですか?
タイムパラドックス的なアレがアレしたりしないんですかね?(SFの知識が乏しいのでふわっとしたことしか言えない)
……!!
待てよ。
そんなことより僕は、何より重大なことをスルーしていたぞ!?
この未来の花守さんは、僕の奥さんだって名乗ってたじゃないか……!?
――そんなバカなッ!!!
たとえ人生を百回やり直したとしても、僕と花守さんが結ばれる未来なんて来る訳がない――!!
何かの間違いだ……!
じゃないとしたら、新手のドッキリ?
……花守さんがそんな悪質なドッキリを仕掛けてくるとは考えづらいけど。
「も~う、どうせ新手のドッキリかもなんて考えちゃってるんでしょ? 本当にひろくんはネガティブなんだから。まっ、そんなところも可愛いんだけどね!」
「――!」
そう言うなり未来の花守さんは、僕の頭をよしよしと撫でてきた。
は、はわわわわわわわ。
「ちょっ、勘弁してくださいよこんなところで!?」
思わず後退る僕。
それにしても……。
「……一つ気になってることがあるんですけど、花守さん、キャラ変わり過ぎじゃありませんか?」
現代の花守さんは、どちらかと言うと大人しくて深窓の令嬢って言葉がピッタリな女の子だけど、未来の花守さんは距離感がやたら近いし、話し方も陽キャ感がパない。
8年で人はここまで変わるものなのだろうか?
「んふふ~、別にキャラは一切変わってないよ。これが私の素なの。この時代の私は、大分猫被ってたからね~」
「被り過ぎにも程がないですか!?!?」
十二単並みに重ね着してますよね!?!?
マジかーーー!!!
これが花守さんの素なのかーーー!!!
……まあ、これはこれで、アリよりのアリだけどさッ!!(アリなのかよ)
「よし、ひろくん、つー訳で、早速いってみよっか」
「は?」
いってみるって、どこにですか?
「現代の私に告白しにだよ。そのために、私は現代に来たんだから」
「――!?!?」
こ、告白!?!?
「な、ななななな何を言い出すんですか急に!?!?」
「いやいや、普通に考えて、未来から奥さんがやって来たら、そういう展開になるのは至極当然じゃない?」
「普通は未来から奥さんはやって来ませんよッ!!」
「まあまあ、とにかくひろくんが現代の私に告白して恋人同士になってくれなくちゃ、未来が変わっちゃうんだよ? そのくらいはわかるよね?」
「――!!」
そ、それは確かにそうか……。
せっかく奇跡が起きて、僕と花守さんが結婚出来る未来が存在した訳だから、ここで僕が花守さんに告白しなかったら、その未来も無くなってしまうってことに……。
それはあまりにももったいなさ過ぎる……!
「んふふ、腹は決まったみたいだね。――じゃあいくよ。この時間なら、多分現代の私は駅前の本屋にいるはずだ」
未来の花守さんは、不敵にニカッと笑った。
う、う~ん、とはいえ、まだ未来の花守さんのこのキャラには慣れないなぁ……。
「ホラ、いたでしょ」
「――!」
そうして本屋に来た僕達だが、そこには本当に現代の花守さんがいた。
少女漫画のコーナーを、一人でニコニコしながら眺めている。
はぁ~、やっぱり花守さんは可愛いなぁ。
「じゃ、頑張って!」
「う、うわっと!?」
が、そんな現代の花守さんに見蕩れる暇すら与えてくれず、未来の花守さんが思いきり僕の背中を、二重の意味で押してきた。
「あ、あれ!? 山下くん!?」
「あ、あははは、偶然だね花守さん」
そうして花守さんの目の前に、強制的に立たされた僕。
う、うわああ、まだ心の準備が出来てないのにいいい!!!
「もしかして山下くんも、少女漫画好きなの!?」
「――え?」
目を爛々とさせながら、僕にグイッと近付いてくる花守さん。
うおっと!?
この辺は確かに、未来の花守さんと似てるな!?
「あ、うん、まぁ。男が読んでも面白いよね、少女漫画」
これは本音だ。
妹からたまに借りて読むことがあるけど、名作と呼ばれる少女漫画は、男女の垣根なく楽しめるものばかりだからね。
「わかってるねえ山下くん! 因みに今私がドハマりしてるのがこれ!」
「っ!」
花守さんは一冊の平積みされている本を手に取り、それを僕の目の前に掲げてきた。
今日の花守さんはいつになくテンション高いね!?
……なるほど、未来の花守さんの言ってたことがよくわかった。
普段の花守さんは、そうとう無理して猫を被ってたんだね。
これが本来の花守さんなんだ。
ふふ、益々花守さんのことが好きになったよ。
「これ、『恋と野球とヤンバルクイナ』っていって、もーーー、凄くキュンキュンするラブコメなのッ!」
「タイトルから内容が全然予想つかないね!?」
興味深くはあるけれど!
「よかったら今度貸してあげるから、山下くんも読んでみて!」
「――!」
何と!!
女の子との漫画の貸し借り!!
ギャルゲーでしか体験したことのない、夢のシチュエーション――!!
「あ、うん、じゃあ、お言葉に甘えて、お借りしようかな」
「お借りしてください!」
おお……、信じられない。
たった一日で、花守さんとの仲がここまで進展するなんて……!
いやあ、未来の花守さん様様だね!
――が、
「……ん?」
本棚の陰から、僕にだけ見える角度で、未来の花守さんが『公園に誘え』というカンペを見せてきたのだった。
――え!?
まさか、今日中に告白までいかせるつもりなんですか!?!?
「? どうかした、山下くん?」
「っ!?」
僕の困惑が余程顔に出ていたのか、異変に気付いた現代の花守さんが、未来の花守さんのいる方に目線を向けようとした――。
ヤ、ヤバいッ!
「あ、ああああのさ花守さん! 大事な話があるんだけど、よかったら今から、二人で公園に行かないかな!?」
「ふへっ!?」
あーもう、どうにでもなれ!!
未来の花守さんは、「よくやった」とでも言いたげな顔で、僕にサムズアップを向けてきた。
「い、いやあ、今日は本当にいい天気だね、花守さん」
「う、うん、そうだね」
思わず勢いで公園に誘ってしまった僕だが、いざ来てみると、頭が真っ白で何を話していいかまったくわからない――!
元々人気が少ない公園なので、ベンチに座っている僕と現代の花守さん以外は、柱の陰でニマニマしながら僕達の動向を窺っている未来の花守さんしかいない。
ある意味告白するには絶好のシチュエーションではあるが……。
「そ、それで山下くん、大事な話って?」
「――!」
花守さんが不安と期待が入り混じったような顔で、上目遣いを向けてくる。
か、可愛い――!(迫真)
い、いや、今はそれどころじゃないだろ!?
告白だろ!?
告白するんだろ、今ここで!?
大丈夫大丈夫、これは絶対に成功することが約束されてる告白なんだから、何も怖がることはない。
言え!
言うんだ僕!!
「あなたのことが好きです」って、それだけ言えばいいんだ!
言え――!
言え――!!
「ぼ、僕、実はさ……、は、花守さんの、こと――」
「……!」
花守さんが、ゴクリと息を吞んだ。
あ、これ、花守さんも察した――。
今から告白されるって、何となく察した感じだ――。
もう後には引けない……!
よーし、言うぞおおおお!!!
「――!!」
その時だった。
僕の脳裏に、とある仮説が浮かんだ。
――僕が今いるこの世界が、僕と花守さんが結婚する未来に繋がっているという保証はないのでは――?
――俗に言うパラレルワールドってやつだ。
SFに明るくない僕でもそれくらいは知ってる。
曲がり角を右に曲がるか左に曲がるか。
夕食にラーメンを食べるかカレーを食べるか。
誰かが何かを選択するたび、その選択肢の数だけ世界は分岐していく――。
そしてそれらの世界はパラレルワールドとして、それぞれが独立した世界として同時に存在している――。
つまり、僕と花守さんが結婚出来ない未来も、星の数程存在しているということになる――。
僕は油断するべきじゃなかった。
何が成功することが約束されてる告白だ――!
そんなものはこの世に存在しない――!
「? 山下、くん?」
「――!」
花守さんが、今度は不安の色を濃くした顔で、僕を覗き込んできた。
――くっ!
「ゴ、ゴメン花守さん! ちょっと僕、トイレ行ってくる!」
「あ、うん……」
僕は逃げるように、その場から駆け出した。
「ハァ……ハァ……」
そして公衆トイレの裏手に回った僕は、その場で天を仰いだ。
やっぱりダメだ……。
ヘタレな僕に、土台告白なんて無理な話だったんだ……。
「んふふ、どうしたひろくん? 怖気づいちゃった?」
「――!」
そんな僕のところに、未来の花守さんが笑顔で近付いてきた。
「……ゴメンなさい、やっぱり僕には無理です。もしかしたらパラレルワールドが無数に存在してて、この世界が僕と花守さんが結婚する未来には通じてないかもって考えたら、勇気が出なくて……。軽蔑しますよね?」
半ば吐き捨てるようにそう言って俯く僕。
――が、
「んーん、しないよ。それってそれだけ、ひろくんが私のことを大切に思ってくれてるってことでしょ?」
「――!!」
は、花守さん……。
「絶対に失敗したくないって、慎重になってくれてるってことでしょ? 嬉しいよ、私は。……でもね」
「え? ――なっ!?」
その時、ふわりとした柔らかい感覚が僕を包んだ。
未来の花守さんが、僕をそっと抱きしめたのだ。
「ひろくんが現代の私に告白してくれないと、私は消えちゃうの」
「――!!」
「大丈夫、パラレルワールドは存在しないよ。世界は常に一つだけ。この世界は、ひろくんと私が結婚する未来に繋がってる。――でもそれは、ひろくんが現代の私に告白してくれた時だけなの」
「……」
「だからここは一つ、未来の私を助けると思って、ちょっとだけ勇気を出してもらえないかな?」
「……花守さん」
僕をハグから解放した未来の花守さんは、今にも泣き出しそうな顔で、へにゃっと笑った。
――花守さん!
「……わかりました。僕、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
またしても未来の花守さんは、僕の背中を二重の意味で押してくれた。
「ハァ……ハァ……。――花守さん、待たせてごめんね」
「あ、う、ううん、私は大丈夫だけど……」
現代の花守さんの目の前まで全速力で走って来た僕。
僕のただならぬ雰囲気に、ベンチに腰掛けていた花守さんは慌てて立ち上がった。
「――花守さん、大事な話があります」
「っ! は、はい……ッ!」
「――僕は、花守さんが好きです」
「――!!」
瞬間、花守さんの目が潤んだ。
「ずっと前から僕は花守さんのことが好きでした。――だからどうか、僕と付き合ってください!」
僕は目をつぶって、深く頭を下げた。
――ままよ!
「……嬉しい」
「――!!?」
花守さんッ!!?
思わず僕は顔を上げた。
そこには、頬を一筋の涙で濡らす花守さんの顔があった。
「……私も、山下くんのことが好きです」
「――!!!!」
う、うおおおおおおおおおお!!!!
「こんな私でよかったら、こちらこそよろしくお願いします」
花守さんははにかみながら、ペコッと僕に頭を下げてくれた。
――嗚呼ッ!
「花守さんッ!!」
「きゃっ!?」
あまりの感動に、僕は花守さんのことを思いきり抱きしめてしまった。
「や、山下、くん……? ……ふふ」
そんな僕のことを、花守さんもそっと抱きしめ返してくれる。
ああ、花守さん花守さん花守さん花守さん――!
僕は一生、君を大事にするからね――!
「コングラチュレイショオオオオンズ!!! FOOOOOOO!!!!」
「「――!?!?」」
その時だった。
大仰に拍手をしながら、未来の花守さんが僕達の前に現れた。
ちょ、ちょっと!?!?
現代の花守さんと未来の花守さんが出会ったら、タイムパラドックス的なアレがアレしちゃうのでは!?!?
「お、お姉ちゃん!!!」
「っ!!!?」
が、現代の花守さんの口から、とんでもない一言が飛び出した。
お姉ちゃんんんんんん!?!?!?!?
「何でお姉ちゃんがこんなところにいるの!!?」
「んふふ~、あんた達がいつまで経っても煮え切らないから、私が一肌脱いであげたんじゃない。この子ったらね、いっつも家でひろくんのことしか話さないんだから」
「っ!???」
「お姉ちゃんッ!!! そういうこと本人の前で言わないでよッ!!! それに何でお姉ちゃんが山下くんのこと下の名前で呼んでるのッ!!?」
いや待って待って待って。
ちょっとだけ頭を整理する時間をちょうだいよ。
いったい今、何が起きているの?
「そんで試しに今日、校門の前で張ってあんた達が並んで出てくるところを観察してたんだけどさ。見た瞬間確信したね、『ああ、こいつらただのベッタベタな両片想いだな』ってね」
「「――!!!」」
そんなにわかりやすかったですかね僕達!?!?
い、いや、それよりも――。
「でも、ほくろは……」
そうだ、この人が本当に花守さんのお姉さんだというなら、首筋のほくろの説明がつかない。
いくら姉妹だからって、あんな特徴的なほくろが同じ場所に出来るとは考えづらい。
「ああ、これはね、マジックでちょちょいと書いただけ」
「マジックでちょちょいと!?!?」
未来の花守さん――もとい花守さんのお姉さんがハンカチで首筋を拭くと、ほくろは跡形もなく消え去った――。
ノオオオオオオオオウ!!!!
「感謝しなさいよ二人共。私がテコ入れしなかったら、余裕で後一年はもだもだしてたわよあんた達」
「「……」」
何故だろう……。
素直にありがとうという言葉が出てこないのは……。
「まっ、何はともあれ、これから末永くよろしくね、未来の弟くん」
「――!」
花守さんのお姉さんは、意味あり気な笑顔を僕に向けてきたのだった。
……えぇ、僕が花守さんと結婚したら、この人が義理のお姉さんになるの?
――思わず僕は、天を仰いだ。
お読みいただきありがとうございました。
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