外れスキルの《乱数調整》
ガチャ。
一体それがなんなのか、どんな目的でそこにあるのか。
その正体を解明した者はいない。
それは、世界のあらゆる場所に点在し、人々に未知の力〈スキル〉を与える。
わかっていることは本当に少なく、
主に、次の三つに要約される。
その一、ステータスに目覚める、十五歳からしか回せないということ。
その二、ガチャを回すためには、魔石と呼ばれる対価が必要だということ。
その三、――最初の一回が、最も重要だということ。
〇
「……いよいよ、だね」
「ああ、そうだな」
馬車に揺られながら、俺は相槌をうつ。
目指す目的地はただ一つ、ガチャを祭る神殿だ。
今年成人を迎えた俺達は、初めてのガチャ――通称初回限定レアスキル確定ガチャ――を引くために、近隣の都市へ向かっていた。
馬車に乗っているのは、俺と幼馴染のエスナ、二人だけ。
俺達が生まれたのは辺境のとても小さな村で、今年成人を迎えるのが、俺達以外にいないからだ。
「ねえ、レオルはどんなスキルが欲しいの?」
「俺は戦闘系かな。剣術系で……剣聖なんて引けると、最高だ」
「ふふ、冒険者になるのが、昔からの夢だったもんね」
「ああ。お前はどうなんだよ、エスナ」
「私は……うーん、」
そう言って、エスナはしばし考え込む。
「私も、戦闘系かな。私も、冒険者になろうと思ってるから。そうじゃなかったら、家事スキルがいい」
「戦闘と家事は、正反対だぞ?」
「いいの。私の目標は、好きな人を支えるってことだから。どちらにせよ、好きな人の役に立てるって意味で、同じだからね」
「また、その話か」
「うん」
ふふっと、エスナは笑う。
俺達二人の関係は……一言で表すと、ただの幼馴染だ。
村のみんなには、恋人だ許嫁だなんだとよくちゃかされるが、別にそういう関係ってわけじゃない。
だってエスナには、心に決めた好きな人がいる。
聞いても「内緒」と照れ笑いをするだけで、教えてはくれないけれど。
「……本当に好きなんだな、そいつのこと」
「うん。多分その人は、気付いてないと思うけどね」
「そうか。随分鈍い奴なんだな。エスナの好意に気付かないなんて」
「本当にね」
エスナは、困ったような顔で笑った。
「ねえ、レオル。もしも私が戦闘系のスキルを引けたら、一緒にパーティーを組んでくれる?」
「いいけど……お前、好きな奴がいるんじゃないのかよ」
「うん、そうだよ。だからね、レオルと組みたいの」
「……? よくわかんねえけど……お前がそれでいいなら、俺に否定する理由はねえよ」
エスナは「うん、ありがと」と答えた後、小さく笑った。
ガタゴト、ガタゴト。
俺達二人だけを乗せた馬車は、ゆっくりと街道を進んでいく。
〇
馬車に揺られること数時間。
俺達は、近隣の都市に到着した。
「ようこそ、スキルガチャの神殿へ。君たちも、初回限定ガチャを引きに来たのかな?」
「はい」
「では、この列に並ぶといい」
既に長蛇の列ができていて、俺たちはその最後尾に並ぶ。
列の先にはガチャの筐体があって、結果を告げる神官たちの声と、一喜一憂する少年少女の声が聞こえてくる。
ガチャは、最初の一回が最も重要だ。
何故なら、初回ガチャに限り、Bランク以上の、所謂レアスキルが確定するからだ。
通常ガチャのレアスキル出現率は、物凄く低い。
要するに、成人して初めて回すこの初回ガチャが、レアスキルを手に入れる最初で最後のチャンスなのだ。
だからこそ、みんな、レアで強力なスキル出るよう、望んでいるようだが――。
「君は、Bランク《鍛冶師》のスキルだ」
「君も、Bランク《料理人》のスキルだ」
「君も、Bランクみたいだね。《調教師》のスキルだ」
結果は微妙なものばかり。
ガチャから現れるスキルは、ほとんどが最低保障のBランクばかりだった。
「Bランクばかりだね」
「ああ」
「それに、戦闘系も少ないね」
「……そうだな」
実際、レアスキルが確定すると言っても、Bランクを超えるスキルが出ることは滅多にない。
戦闘系ですら、なかなか出現しないのだ。
とはいっても。
勝算が低いのは、想定の範囲内。
結果が出る前に諦めるなんて、俺の性分じゃない。
そして、待つこと数十分。遂に、俺たちの番がやってきた。
「まず、我々にガチャをお与えくださった慈悲深き神に感謝を……アメーン」
「「……アメーン」」
女神官の指示に従って、祈りの言葉を唱える。
「ガチャを引くのは初めてですね? では、こちらに手を翳してください」
「……はい」
先に呼ばれたのは、エスナだった。
緊張した面持ちで、エスナはガチャに手をかざす。
魔石は必要ない。
最初の一回は、対価を払わなくとも、ガチャを引くことができるのだ。
「こ、これは……!」
エスナが手をかざした瞬間。ガチャは強い光に包まれ――やがて、中から金色のカプセルが出現する。
「おめでとうございます! AAランク……《剣聖》のスキルです!」
神官の言葉に、会場は騒然となる。
ざわざわ。
がやがや。
わいわい。
どんよりとしたムードが漂っていた神殿内が、にわかに活気出す。
「……え? 私が、剣聖?」
「はい。これは大変素晴らしいことです。この神殿でAAランクのレアスキルが出現したのは、十年ぶりです」
「じゅっ、十年……」
「はい。今すぐに王国騎士団を手配します。しばしお待ちください」
同時に、俺自身は複雑だ。
狙っていた戦闘系の、しかも、超レアスキル。
剣術の系統では、最高ランクであるAAAの《剣神》に次ぐ、AAの《剣聖》だ。
それを、幼馴染が引き当てた。
妬ましい気持ちがないと言えば、嘘になる。
けれど。
「よかったな、エスナ」
「……レオル」
「安心しろよ。俺だってお前に負けないくらい、レアなスキルを引き当てるからさ。一緒に、冒険者になろうぜ」
そして、俺は手をかざす。
せっかく幼馴染が、最高のスキルを引き当てたんだ。
だったら、素直に祝ってやらないと。
「レアなスキル、来い!」
掛け声と共に、ガチャを回す。次の瞬間、見たこともないような強い光が、ガチャの筐体から発せられ――中から、黒いカプセルが出現する。
ゴロン。
ガチャから飛び出してきたそれは、禍々しいオーラを発しながら、俺の前までコロコロと転がり出る。
な、なんだこれ。見たこともない色だ。
もしかすると、何かとんでもないスキルを引き当てたんじゃ――。
高鳴る心臓。
手の平に滲む汗。
顔を上げ、神官の方を見る。
「……えっと、あなたのスキルは……あれ、おかしいな、そんなはずは……」
何か、問題でもあったのだろうか。
困惑を露わにしながら、神官は沈黙する。
「あなたのスキルは……《乱数調整》です」
それは、見たことも聞いたこともない、謎のスキルだった。
「乱数、調整……? それは、どんな効果のあるスキルですか? 冒険者に、なれますよね?」
尋ねると、神官は複雑そうな顔をした。
「……恐らく、これはユニークスキルだと思われます」
「ユニーク……スキル」
「なので、私の方ではなんとも。ステータスを開いて、効果を確認してみてください。もしかすると、素晴らしいスキルかもしれません」
「あ、は、はい!」
促され、ステータス画面を開く。
――――――――――――――――――――
画面1
名前:レオル・レクスオール
性別:男
スキル:《乱数調整》
――――――――――――――――――――
画面2(スキル詳細)
名前:乱数調整
ランク:SSS
効果:特定の状況下において、世界の乱数を調整する
――――――――――――――――――――
その時の感情を一言で表現するなら、絶句だ。
正直、全く意味がわからない。
なんだ、この能力は。
「どうでしたか?」
「……えっと、世界の乱数を、調整するらしいです。あの、どういう意味か、わかりますか?」
神官は、微妙な顔をした。
どうやら、俺と同じ気持ちのようだ。
意味がわからない。そう書いてあった。
「……ランクの方は、どうですか?」
「それが……」
「はい」
「SSSって、書いてあるんですが……これって、どういうことなんですかね。もしかして、AAAを超える、最強スキルだったり……」
僅かの期待を込めて、そう尋ねる。
けれど、神官はぶんぶんと首を横に振った。
「いや、それはあり得ません。スキルのランクは、神聖文字であるアルファベータによって表されます。Sということは、A、B、C、D、E、F……これよりも更に下、十九番目のランクということになります」
「えっと、つまり俺のスキルは……」
「未だ確認されていない、未知の、大外れスキル……という可能性が高いです」
瞬間、再び会場がわっと湧いた。
けれど、それはエスナの時とは、少し違っていた。
嘲笑。
侮蔑。
憐憫。
神殿に集まった人々は、皆が皆、俺に後ろ指を指す。
「……ちょ、ちょっと、まだ外れって決まったわけじゃ……!」
エスナは、俺を庇うように声を上げる。
「はい、その通りです。出現したスキルは未知のレアリティ。ここで結論付けるわけにはいきません」
「だったら……」
「なので、しばらく経過を観察したあと、正式な判定がくだると思われます。……ですが、あまり期待をしない方がいいかと」
哀れむような眼差しで、神官は俺の方を見やる。
「じゃあ、やっぱり……冒険者には……」
「残念ながら、厳しいでしょうね。他の仕事を探した方が、いいかもしれません。戦闘とは、無縁の」
左右に首を振りながら、神官は答える。
「だ、大丈夫だよ、レオル! もしも冒険者になれなかったとしても、私は……。ほ、ほら、もともと私、荒事には向いてないし、剣聖なんて、望んでたわけでもないし、二人で一緒にお店を開いたりとか、」
「いけません! 一体、何を仰るのですか!」
エスナの発言に、神官は一喝する。
「スキルとは、謂わば神の啓示! あなたは、神に選ばれたのです。ならば、それに応える義務がある。王国の騎士か、さもなくば、冒険者になるべきです!」
「け、けど……」
オロオロと、涙目になるエスナ。
「……エスナ、俺からもお願いだ。俺に、遠慮なんかしないでくれ」
俺は知っている。
昔から、エスナには剣の才能があったことに。
それに、冒険者という職業にも、密かに憧れていたということも。
だから多分、エスナが剣聖のスキルを授かったのも、必然なんだろう。
エスナは、冒険者になるべきだ。
「わ、私は別に、そんなつもりじゃ……」
「……大丈夫。俺は絶対に諦めない。どんな手段を使ってでも、絶対冒険者になって、お前に追いついてみせるから」
それに。
「まだ、外れスキルだと決まったわけじゃ、ないからさ」
けれど、それからしばらくして。神殿から正式にお触れが出た。
曰く、新たにSランクという階級を設置し、これをFランクの下に置く、と。
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