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多魔姫

 夕暮れの中、桃田千代は病院を出て家へと向かっていた。

 父親は骨折していたものの元気そうで、明日には退院出来るという。

 「……よかった」

 千代は何度目か分からない安堵のため息を漏らす。

 と、下げた視線の先に何か見つけた。

 「……埴輪?」

 道路脇に落ちていたそれを拾い上げる。

 円柱状の身体で頭の先は丸くなっており、ぞんざいに三つの穴で目と口を表現した簡素な像だ。

 奇しくもその場所は好美がトラックにひかれそうになった場所だった。

 周囲はすでに片付けられていたが、トラックの突っ込んだ小さな祠の残骸だけは残っている。

 この像はその祠にご神体として納められていたものだった。

 「なんでこんなものが……?」

 事情を知らない千代が首を捻っていると、手の中の像にピシピシとひびが入り始める。

 パン!

 「きゃっ」

 その像は破裂したかのように砕け散り、中から黒い靄が溢れ出す。

 「なっ、なにこれ!?」

 溢れた黒い靄は千代の身体を包んだ。千代は振り払おうとするが靄は身体にまとわりつく。

 そして千代の口から身体の中へと侵入していった。

 「あ、あ、あ……」

 頭をそらせ、目を見開きながら痙攣する千代だったが、不意にその震えが収まる。

 「くくくっ」

 そう呟く千代の目は赤く輝いているのだった。

 

 

 

 次の日、夏休みにもかかわらず学校へ生徒たちが登校してくる。

 今日は夏休みに一日だけある登校日だった。

 その生徒たちの中には当然桃田千代の姿もあった。

 しかし、周りの生徒たちはその伏せられた目が赤く輝いていることに気が付いていない。

 そしてその身体から立ち上る黒い瘴気にも--

 

 

 

 「うわぁあああああ! 完っ全に寝過ごした!」

 吉田好美は学校への道をひた走る。

 すっかり夜更かしする癖が付いてしまい、母親にも登校日のことを言い忘れていたのですでに始業時間から一時間近く過ぎてしまっていた。

 誰も居ない校門前に辿り着いた時、好美の背中に悪寒が走った。

 「な、なに?」

 好美は脚を止めて校舎を見上げる。

 静かだ。窓を覗いてみるが生徒の姿が見えない。それに何やら禍々しい気配を感じる。

 「キキキキキ……」

 そこに不気味な笑い声が響く。

 「だ、誰!?」

 周囲を見渡してみるが誰も居ない。

 その好美の足下の地面に亀裂が走った。

 「きゃああ!」

 土砂を吹き上げ、地面から何者かが姿を現す。

 土煙が晴れると、そこには一人の少女が立っていた。

 「亀頭(きとう)さん!?」

 それは好美と同じクラスの亀頭礼子(きとうれいこ)だった。

 黒髪ロングの美人なのだが、名前のおかげで色々損をしている少女だ。

 年頃の女の子にこの名字はきつい。

 そんな亀頭さんなのだが、今は制服ではなく皮のボンデージを身に着けていた。

 手には鞭も持っていてSMの女王様風である。

 「キキキキキ、我が名は玄武……」

 ぴしゃりと鞭を振るいながら亀頭が言う。

 「遅刻してくるとはいけない娘だ。お仕置きが必要だな。--はっ」

 手にした鞭が唸った。その鞭が好美の制服を切り裂く。

 「きゃあああ!」

 「キキキキキ!」

 絶え間なく振るわれる鞭が好美の制服をボロ雑巾に変えた。

 だがその事が好美の中に眠る力--宇座土流忍術〈破裸漢〉を目覚めさせる。

 好美の手が高速で振るわれる鞭を掴んだ。

 「キ?」

 そして一気に距離を詰め、その拳を亀頭--いや玄武の腹に叩き込む。

 「ギ、ハ……」

 玄武の身体が崩れ落ちる。

 すると、その口から黒い靄が立ち昇り、空気に拡散して消えた。

 「は!? 大丈夫ですか? 鬼頭さん」

 好美は亀頭の身体を抱え起こした。

 「うっ……吉田さん?」

 「正気に戻ったみたいですね」

 「や、何この格好!?」

 「それより一体何があったんですか?」

 「わ、分からない。でも桃田さんが……」

 「え!? 千代ちゃん?」

 「突然この学校を支配するとか言いだして、そこから記憶が無いわ」

 「分かりました。とりあえず亀頭さんはどこかに身を隠していてください」

 「う、うん」

 「千代ちゃん……」

 好美は親友の名を呟き、校舎へ向かって歩き出した。

 

 

 

 好美はもはやボロ雑巾と化した制服の上着を脱ぎ捨てた。

 すでに肌を隠す用をなしていないし、動くのにも邪魔になる。

 上半身はブラだけとなった好美が玄関に差し掛かった時だ。

 「ククク……どうやら玄武は破れたようだな」

 「誰!?」

 声のした方に目を向ければ、校舎の屋上に人影が見えた。

 そしておもむろに宙に身を投げ出す。

 「ちょ、ちょっと!?」

 驚く好美だったが、その背中から光の羽が生え、無事地面に降り立つ。

 「少しはできるようだが、所詮奴は四天王の中でも最じゃ--」

 台詞を言い終わる前、まるで瞬間移動でもしたかの様に好美は相手との距離を詰めた。

 そしてその腹に拳を叩き込む。

 「ぐっ、ぐはぁ」

 チャイナドレスを着たその少女の身体が地に沈む。

 そしてまた口から黒い靄が吐き出され、消えた。

 抱き起こして顔を確認すれば、たしかB組の大鳥(おおとり)さんである。

 身体を揺すって目を覚まさせ、事情を聞いたのだが得られた情報は亀頭と大差なかった。

 大鳥と別れた好美は校舎へと足を踏み入れる。

 慎重に歩を進めながら教室を覗いてみるが、何処も無人だった。

 (みんな一体何処へ?)

 今日は登校日だから全校生徒がいるはずである。その人数を収容出来る場所となると--

 (体育館!)

 多分そこにこの事態を引き起こした千代もいるはずである。

 好美は足早に体育館へと向かうのだった。

 

 

 

 校舎の影からそっと体育館の様子を窺う。

 体育館からは大勢の人間の気配を感じる。

 そしてその入り口には二人の少女の姿があった。

 顔に見覚えはある。C組の虎屋(とらや)さんと同じA組の竜堂(りゆうどう)さんだった。

 ちなみに虎屋はメイド服、竜堂は巫女装束を身に着けていた。

 「二人か……」

 さすがに今までのように楽勝とはいかないだろう。

 好美は覚悟を決め、パンツを脱ぐ。

 これで戦闘能力は格段にアップしたはずだ。

 茂みに身を隠しながら体育館まで近付き、そして飛び出した。

 そのスピードはもはや人間の目で捉えることができないレベルに到達していた。

 まずは虎屋を腹パン一撃で沈め、

 「きさ--」

 振り向きざまに竜堂の腹にも拳を叩き込んだ。

 二人の口からまたしても黒い靄が立ち昇っては消えた。

 「千代ちゃん!」

 好美は体育館の扉を開け放った。

 その中に集められていた生徒と教師達の視線が集まる。

 そして奥の壇上に桃田千代の姿があった。

 千代は真っ赤な着物を身に着け、校長室からでも持ち込んだのだろう立派な椅子に腰掛けていた。

 そして左右に女生徒を侍らしている。

 どちらも学内で一二を争う美少女だ。

 一人は生徒会長の真崎千秋(まざきちあき)、もう一人はテニス部部長の橋倉理恵(はしくらりえ)だった。

 二人とも千代に恐怖の視線を向けていた。

 「千代ちゃん! どうしちゃったの!? 何があったの!?」

 好美は大声で叫びながら千代の前に駆け寄った。

 当然、今の好美は〈破羅漢〉発動状態だ。周りからは瞬間移動したように見え、みなポカンと口を開けた。

 千代の眉もピクリと動く。

 「貴様何者だ? ここまで来たと言うことは妾の配下の四天王を倒したようだが……」

 「なに言ってるの!? 私だよ、吉田好美だよ!?」

 「ああ、この身体の主の友人か」

 「千代、ちゃん……」

 今更ながら好美は千代の目が赤く輝いている事に気がついた。そしてその身にまとう禍々しい雰囲気も明らかに千代のものではない。

 「あなた……誰?」

 「妾か? 妾の名は多魔姫(たまひめ)。かつてこの地を支配していた妖姫よ」

 千代は見たことのない邪悪な笑みを浮かべながら、声高に言い放つのだった。

 

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