第5-2頁 伸ばした手
最前列にいた私は振り返り、皆の方を見た。その目には涙が溜まっていた気がする。
枯れた喉を精一杯震わせて、ただ一言、そして1番大切なことを言った。
「お互いに戦争なんて望んでないんだよ……誰かを傷つけようだなんて、これっぽっちも望んでないんだよ……」
ルイスはファールたち悪キノコタンが攻めてくるので攻撃態勢をとり、ファールは民である悪キノコタンに苦しい思いをさせたくないがために資源を求めて武器を取る。
傷つけるという行為は過程に過ぎず、そこに意味なんてない。
「シズク……!? なんでここに……」
やがてその場にファールも合流し、私はこの場の全員の注目を集める。
「お互いに不器用すぎるんだ、ただ一言資源を分けてくれって言うだけで済んだ話なんだよ……」
私は石の入ったポーチを地面に投げ捨てて、目を瞑ったまま。
「……ファール、命を失ってまで手に入れる資源を手に入れて、キノコタンたちは喜ぶのかな。ルイスもファールたちの意図を汲み取ろうとした?」
「……」
「それは……だって武器を持って攻めてくるので、侵略かと……」
ゆっくりと目を開けて、私は二人の女王に伝えた。
「もう一度言う、私は戦う気はない。ルイス、ファールも少しだけでもそんな気持ちがあるのなら、ここは私たちに任せて欲しいんだ」
「シズクに」「任せる……?」
ずっと考えていた。
この戦争は悪キノコタン側が資源を手に入れることが出来れば終わらせられる。
「両方の王と話したから分かるんだ。血を流さなくても終わらせられる唯一の方法を、私は知ってる」
私は二人の王の手を引いて、善キノコタン領地にあるルイスの家へ向かった。
・・・・・
「それじゃ、ここにあなた達の名前を書いてくれる? それで条約は結ばれるから」
まあサインは必要ないけどこう言うのは形から入らないとね。
六花の持っていたメモ帳で簡易契約書を作り、それぞれの名前を書かせた。
「ふぅ……とりあえずこの件は解決やなぁ」
「しぃ、蜜柑が気合い入れて準備してるんだから静かにしてあげなきゃ」
私たちがルイスとファールに促したのは終戦と条約を結ぶことだ。
終戦はもちろん、条約は今後戦争をしないことだったり、ルールなんかも記されている。
「こ、こほん……それじゃあ条約の内容をもう一度説明するぜ」
生前、私たちの会社の社長を務めていた蜜柑が自己推薦でこの場の司会をすると言った。
実際こういうのは社長の蜜柑の方が慣れていると思うし、任せよう。
一つ! お互い相手を尊重し共存すること。
一つ! 領地内の資源は共有し合うこと。
一つ! 領地の合体をし、キノコタン領地を拡げること。
一つ! 喧嘩や戦争をしないこと。
「この世界のことは知らないけどな、戦争はダメだぞ! うん、ダメだ!」
剣や魔法、魔物のいる世界の価値観は分からないが、私たちが言えるのはそれしかなかった。
もしかしたらどこもかしこも魔法で戦争をしているかもしれないけど、戦争で悲しむ人がいることを私たちは知っている。
「困ったことがあったら相談して、話し合いで解決するんだぞ! 報告連絡相談、略してほうれんそうは大切だ!」
ルイスとファールの同意を持って、ここに[キノコタンの森内平和条約および人権尊重条約]は結ばれた。
お互い戦いたいと思っていなかったので、話し合いはスムーズに進んだのでよかった。
「長かったですね、終戦まで……というかこうしてあなたと顔を合わすのも久しぶりですね」
「……ああ、なんというか……いや言葉が出てこない」
何この久しぶりに友達と会ったような気まずい雰囲気。
「二人って最初は一緒に生活してたんだよね? そこからなんで分断したの?」
戦争が始まる前、善と悪の境界はなく共に生活していたとルイスから聞いた。
ニュアンス的に些細な喧嘩から戦争に発展したと言っていたが。
「キノコタンは甘いものが好きという話、シズクにしたな。それは一般的にいうレベルの好きではなく……」
「甘いものを手に入れるためなら手段を選ばないほど好きなんです……」
近くに通りかかった菓子屋の荷車を、キノコタンの群れが襲った事件もあったらしい。
襲ったと言っても殺傷能力皆無のキノコタンは甘いもの目掛けて荷車に飛びつき、お菓子だけ持ち去ったそうな。
「つまり?」
「戦争の火種はお菓子の取り合いでした」
「「「「……ええ」」」」
私たちは顔を真っ白にして口をあんぐりと開けた。
「いや、まあ胡椒を取り合った戦争もあるくらいだから甘味を求める戦争もある……か」
いつでも甘いものが食べられた日本人にとって、戦争の火種はあまりにも馬鹿馬鹿しいように思えた。
「私たちが人の姿で王都へ行き、そこでお菓子を買ってくるんですけどね。一度の遠征で買えるお菓子の数も限られているので毎回取り合いになるんですよ」
「その辺りも追々解決しないとね……ルイスとファールが良かったらでいいんだけど、しばらくこの森に滞在させてもらえないかな?」
先ほどルイスの言葉に王都、という単語があったので首都のようなものがあることはわかった。
ただ近くの村の場所も分からない今、無駄に歩き回る必要もない。
この世界について調べる時間が必要だ、そのため生活基盤の整ったこの森で寝泊まりできればいいのだが。
「もちろんですよ、シズクさんは私たちの戦争を終わらせてくれた恩人ですから!」
「シズクたちが悪人じゃないことは既に分かっている。それに私たちキノコタンの知らない文化も持っていると見た。交流して良い文化は取り込んでいきたい」
「ありがと! 本当に助かるよ!」
かくして私たちはキノコタンの森でしばらく生活することになった。




