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総集編 エーテル・カンタービレその22


「すう、すう……」


 白い絹で作られた綺麗なベッドに寝かされたエーテルは、その場に居る全員を魅力する。


 彼女の長いまつ毛が月の明かりに煌めいている。


「寝てるのー?」


「姉さん、近づきすぎると起こす。そっと静かに」


「あおいかみのけ……」


 三人の少女……いや、幼女と言うべきだろうか。三人の幼女は物珍しそうな目で眠るエーテルを見ていた。


 ルカ、ルナ、そして人間に戻ったイナベラだ。


「エーテルのメンタルケアに関してはヘルスアに頼むとしよう。本人が隠しているだけで、三年間の監禁で溜まったストレスは大きいだろうし」


「医療の賢者様ですね、確かにヘルスア様なら安心です」


 ポカのアストロ・シェルタという移動要塞で、近代都市アドウェルから帰還した静紅たち。


 他のみんなは家に置いて、今は静紅だけが王邸に来ている。


 静紅は王邸の会議室にて、六人の賢者[六賢]、そしてアンブレル騎士団カリンとエーテルの今後についての話し合いをしていた。


「─────で、あるように現在のエーテルの精神は非常に不安定であると思われる。そこで面倒ではあるが三日に一回[ヘルスア診療所]での受診を頼みたい」


 かつて医療の賢者と呼ばれたヘルスアが委員長の病院か。


 医療に通ずる全てを完璧にこなすと言うが、メンタルヘルスも彼女の許容範囲なのだろう。


「もちろん交通費と受診料は負担させてもらうよ。あとは海外から通ってもらうのもなんだし、客室での宿泊も準備しよう。それから────」


 とんとん拍子に進んでいく会議に、アリスは突然立ち上がってワナワナと口を開く。


「ちょ、ちょっと待って! そりゃあエーテルに色々してくれるのは超ありがたいけどさ、どうしてそこまでするの?」


 アリスの言葉に、マル姉もうんうんと頷く。


「国際社会の現代において、エーテルのような子供を見過ごすわけにはいかないんだ。あとはエーテルに一度メイド服を着せてみたいというのもある」


「は、はあ……?」


「冗談だよ、笑うところだったんだが……まあいいか、国際社会については二割が本音」


「じゃあ残りの八割は?」


 その言葉に、紗友里は少しだけ口元を緩ませた。


「彼女の能力[聖水力エーテル]は世界情勢の根幹を揺るがしかねない強大な能力と言える。世界連盟という形の世界平和を保ってはいるが、それが崩壊する確率はゼロではない」


 エーテルの能力を使ってムジンを動かすことが出来るんだ。


 彼女が生きている間であれば、聖水力という永久燃料資源は尽きない。


 この事実を世界が知れば、エーテルに危険が及ぶことは必至だろう。


「エーテルの力を使うため、たくさんの国がエーテルを取り合うってわけか」


「そのため、我が国ヴァイシュ・ガーデンでエーテルを保護することにする。アリスとマル姉にとっても、静紅たちがいる国の方が安心できるだろうし」


 全ては世界の均衡を保つため、世界平和を守るため。


 紗友里は無理を承知でその事を、エーテルの姉たちに伝えるのであった。



・・・・・



 アリスとマル姉はあまりの待遇の良さに懐疑的になったものの、紗友理と凪咲の言葉によってこの国で保護を受けることを選んだ。


 何よりこの国の空は美しく、人も温かい。


「わーーい! あはは、こっちこっちー!」


 王邸のある広い庭で、王都の子供たちとサッカーもどきを楽しむエーテル。


 そんな彼女を眺めながら、アリスとマル姉はベンチに腰掛けていた。


「エーテルがあんなに笑ってるところ、見たことあるか?」


「もちろん……って言いたいところだけど、もう三年前だからね」


 エーテルは他の子供たちよりもやはり著しく身長が小さかった。


 それが地下に長年いた影響からか、それとも機械に繋がれていた後遺症か。


「「…………」」


 両親はとっくに他界し、エーテルも誘拐されてからアリスとマル姉は二人で生きてきた。


 いつも苦楽を共にしてきた二人でも、今は互いにかける言葉も見つからない。


「私達もこの国に居ていいってサユリが言ってた。この国で暮らそう、エーテルの幸せを考えるならその方がいい」


「……そうだな」


 マル姉は溜息をつきながら、今度はベンチの上で寝転がった。


「正直怖かった」


「え?」

 

「もちろんシズクのことは信じているし、シズクの友人なら信じるべきなんだろうけど、あのとき私は迷ってしまったんだ」


 長年浴びなかった日光が、彼女の頬に優しく落ちる。


「帰って思い出の我が家で暮らすのと、知らない土地で知らない人たちと生活するか」


「……」


「でも私の不安は直ぐに取り除かれたよ、この国の人は温かい。あの子供たちを見てもそうだ、新入りのエーテルを快く受け入れて共に遊んでくれている」


「うん、エーテルも子供たちも楽しそう」


「サユリの説得もそうだ、エーテルはみんなから愛されてるんだって気付かされた。エーテルの幸せを考えるなら、十中八九この国で保護してもらう方がいい」


「私も同じ意見だよ」


 アリスはベンチから立ち上がり、寝そべっているマル姉に手を伸ばす。


「私達も負けてられないでしょ、姉妹なんだから愛し合わないと」


「よいしょっと。そうだな、ありがとうアリス」


「三年も会えなかったんだ、死ぬまでハグしてもバチは当たらないでしょ」


 アリスは冗談交じりにそう言って、マル姉にはにかんで見せた。



・・・・・



 あれから更に数日、アリスからのエーテルの保護期間延長を承認して貰えた紗友里は拳を握って喜んだ。


「エーテルちゃんは?」


 隣にいた凪咲は、エーテルサイズの可愛らしい洋服を持って血眼になって彼女を探していた。


「オーケアと散歩中だ、邪魔しないであげてくれ。エーテルはオーケアによく懐いてるんだ」


「むぅ……せっかく[メイド服]を着せてあげようと思ったのに」


 項垂れる凪咲の言葉に、紗友里は耳をピクんと動かした。


「商店街の菓子売り場だ、おい何してる凪咲、急ぐぞ!」


「あ、あははは……紗友里ちゃんのメイドオタクには敵わないや……」


 時々素を見せる彼女の姿が、逆に国民から好評を得ているのは確かなのだが。


 紗友里に追いついた凪咲は、他愛もないように聞いてみた。


「本心で答えてね。エーテルを保護した理由を割合で表すと?」


「エーテルを保護することで他国にアピールするのが二割、世界の均衡を保つためが六割、残りの二割は私の趣味だあああ!」


「その熱意はどこから来るんだか……」


 呆れたように凪咲は言うと、また遠くに走っていった紗友里の背中を追いかけるのであった。



・・・・・



「ったく、とんだ大冒険だったわ……」


 旧王都アニムスに拠点を置くベルアは、一足先に新王都から帰ってきた。


 首元のリボンを緩め、それを寝床に放り投げると目もくれずにいつもの研究机に向かった。


『帰還して直ぐ研究とは精が出るな、小娘』


「ほっときなさいよ」


 小馬鹿にしたような輪廻竜に言い返すと、ベルアはポーチからあるものを取り出した。


 ムジンの体内にあったエネルギーを、輪廻竜の力で時間を巻き戻したもの。


 直接言えばエーテルの血液だ。


「あの[クソ紳士]はリンの薬液をエーテルに摂取させることで、血液を身体から抜いたそばから再生させていた……人間のやることじゃないわね」


 今回ベルアが近代都市アドウェルに向かった理由は、彼女が輸出する輪廻竜の薬液が何に使われているか知るためだった。


 もちろん悪用されていたので輸出も製造も止める気だ。


 でも不思議な点がひとつある。


「リンの薬液は傷を癒すくらいの効果しかないのに、血という液体そのものを新しく生成していたわ」


 エーテルの血液をガラス板に流してみる。


 それをゆっくりと顕微鏡で拡大して見てみる。


 すると、血液の一部はベルアの方に伸びていることが分かった。


「血液がこっちに向かってきてる?」


 もちろんこの机は床と並行に作られているため、傾いているという訳じゃ無さそうだ。


 興味があったベルアは、自分の髪の毛を一本血の中に埋めてみることにした。


 するとみるみるうちに髪の毛はエーテルの血液に取り込まれてしまった。


 恐る恐る指を近づけて観察しようと思い、ベルアはゆっくりと小指を差し出した。


 沸騰したお湯のようにぱちぱちと泡を浮かべる血液に、流石のベルアも恐怖する。


「気味が悪い……」


『恐らくエーテルの能力の影響だろう。遺伝子と同じように、血液には能力の情報も混入している』


「だからって私と何の関係があるのよ!」


『それを解明するのが小娘の仕事だろう』


「……たしかに」


 ベルアと接触しようとすると異変を起こすエーテルの血液。


 今度は思い切って直接触ってみることにした。


 腐っても血液だ、害があるとかは無いだろう。


 エーテルの血液とベルアが触れたその刹那のことであった。


「─────────ッ!?」


 ベルアの頭の中に大量に何かの情報が流れてくるのが感じられた。


 思わずベルアは椅子から倒れ、その衝撃で腰を痛めてしまった。


 しかしそんなことはどうでもいい、彼女の脳内に流れてきた情報が、彼女の思考を埋めつくしていたからだ。


「……な、何よ……何よこれ!!」


 広がる戦火、怯える国民、玉座に座る国王。


 次々に切り替わっていく光景に、ベルアは考えることをやめていた。


 戦場では魔法が飛び交い、血を流すことも無く消えていく兵士の悲鳴が聞こえてくる。


──────神託を[起動]する。


「痛っ……!!」


 野太い男性の声が聞こえた途端、ベルアの脳が爆発したような感覚に陥る。


──────我が愛しの息子と娘よ、来たる未来のために必ず生き延びて[血を紡げ]。この記憶を見る者が現れるまで、決して[王家の血]を絶やしては成らぬ!


 二人の兄妹の肩に手を置いて、言い聞かせるようにしている若い男性の顔が浮かび上がる。


 過去か未来か、夢か現か。


 突如流れてきた情報に、ベルアは床に倒れたまま思考を支配されるしかなかった。


「過去……それも大昔の……[誰かの記憶]……」


 時間にして刹那ほど短い時間であったが、ベルアにとっては数百年もの長い旅を終えたような感覚だ。


「まさか……」


 ベルアは起き上がって、今度こそ倒れないように椅子に座った。


「あの男の人は──────」


 約百年前、世界は戦火に包まれていたという。


 そして数少ない記録書によれば、旧王都が破壊されたのも古の王家が衰退したのもこの時期だという。


「古の王……だけどどうしてエーテルの血液に触れたら……」


 古の王家について調べるため、研究者を志したベルアはようやく真実に一歩近づいたような気がした。


 しかし彼女はまだ知らなかった。


 ベルアとエーテルの因果を。


 古の王家衰退の真実を。


 そして、百年前の大厄災の全貌を。


 新たな物語への門が今、ゆっくりと開かれようとしていた。


 第15章 エーテル・カンタービレ [完]


というわけで! エーテル・カンタービレ編の総集編はこれで全てになります!


セパレート・ファンファーレ編からぶっ通しで約一ヶ月間総集編を書き続けてきましたが、第15章で本作は大きな転換を迎えることになるので、丁度良い区切りですね!


第1章〜第15章 ヴァイシュ・ガーデン編

第16章〜第22.5章 世界海遊編

第23章〜第?章 ???(未定)編


って感じでやらせていただいています! またぼちぼち総集編は書いていくつもりですので、その時は本編と一緒に楽しんでいただければなと思います!


では明日からは[最新の部分]で最新話の投稿を再開していきますので、そちらをご覧ください!


追記:第587頁、第588頁はエーテルにフォーカスしたお話になっています! ベルアとの関係性も見られれる素敵なエピソードですので、良ければそちらもぜひ!

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