総集編 エーテル・カンタービレその5
「改めて私はアリス、よろしくね。友達は少ない……けど寂しくないから!」
そろそろ夜も老けてきたので、今日はここに泊めさせてもらうことにした。
電車の中でも寝ていたと言うのに、一行の大半はすぐに寝転ぶと眠ってしまった。
唯一起きている六花は、丁寧に並べられた酒瓶たちを眺めながら言う。
「アリスさん一人なんですか?」
「一人といえば一人。けど私にはマル姉が居るからね、それに……エーテルも」
酒のグラスを片手に、しんみりした表情でアリスはその子の名前を口にした。
「エーテル?」
「そう、私の大切な妹。今は遠く離れ離れだけど、またいつか一緒に笑うって誓ったんだ」
アリスの妹か。離れ離れということは留学でもしているのだろうか。
「そのエーテルって子にも一度会ってみたいな、今はどこにいるの?」
静紅のその言葉に、アリスは顔を曇らせた。
「分からない。どこにいるかも、何をしているのかも」
「分からない? 分からない……ってどういうこと?」
「そのままの意味で。三年前、エーテルは帝国関係者に連れていかれた」
数時間前までは口を閉ざしていたアリスも、酒の影響かはたまた心を開いてくれたのか妹のことを話してくれた。
「連れていかれたあの日から、私は死にものぐるいで情報をかき集めてきた。この前の潜入で、ようやくエーテルと直接関係のある施設を見つけ出すことが出来たんだ」
「ど、どうしたの!?」
アリスはガバッと立ち上がり、椅子に脚を置いて飲み干したグラスを天に掲げた。
「私はエーテルの姉として! 必ずあの子を救い出さないといけないの! よし、こうなったらお姉さんたちにも手伝ってもらおう、私がこの辺りを案外する代わりにエーテル救出を手伝ってもらおう!」
「おおー! ボクもーー、手伝いますうう!」
「「やんややんやーーーわいのわいのーー」」
肩を組んで騒ぐ二人の酔っ払いを目の前に、静紅は不思議と笑顔になった。
なんというか、こういう展開ってワクワクする。
・・・・・
「おはようお姉さん、昨晩はよく眠れた?」
次に気がつくと、静紅よりも先に目覚めていたアリスが朝食を作ってくれていた。
どうやらテーブルカウンターにもたれて眠ってしまっていたらしい。
背中にかけられた毛布が床に落ちる。
「おはよう……って言う割にはまだ外暗くない?」
「いやいや、実を言うともうお昼前だよ」
そう言われ、目をこすってもう一度外を見てみるがやっぱり暗い。
眠る前よりは微かに明るいが、それでも朝と。ましてや昼前と呼べるような明るさではなかった。
「帝国の領域は技術の発展故に、煙や黒いガスなんかが空を覆い尽くしてしまっているみたいです」
こちらももうすっかり目覚めているフレデリカが、私の肩に触れながら言った。
「クラ=スプリングスでも時々起こるよね。工場が多いから仕方ないけど、青空が見えないのは大変だって紗友里が言ってた」
技術革新によって工場の大量生産を手に入れた帝国とその周辺の都市は、有毒ガスやら環境に悪い煙やらを放出し続けた。
その結果、上空に何十層にも黒いガスが溜まり、遂には日光も遮ってしまうようになった……と。
なんというか、静紅の世界が[環境について何も取り組まなかった成れの果て]みたいな国だ。
確かに技術は進歩するが、日光が無いので健康が脅かされている。
「それもこれも全部あの[煙炉塔]のせいだよ。毎日毎日大量の煙を放出してる」
夜は暗すぎて分からなかったが、あんなに巨大な煙突があったのか。
「大きな煙突ですねえ、何を燃やしてるんですか?」
「特に何も燃やしていないって噂。何でも[ある力]を電気に変換する時に出る煙を放出してるんだって」
「ほへえーー」
近代都市アドウェルを四分割する区域間の交点に望む[煙炉塔]。
まさかここに重要な情報が隠されているだなんて、今の静紅には知る由もなかった。
・・・・・
「うーーん……」
アリスとマル姉の家先で、大きなレジャーシートを広げて腕を組む結芽子。
現在の時刻は午後三時。
みんな自由時間として街を歩き回ったり買い物へ行ったりしている中、結芽子は機械の残骸を眺めながら唸っている。
「どうしたの結芽子」
「ユメコ様、何かございましたか?」
静紅に続いて、アテナとヘスティアが顔をのぞかせる。
「これは……何かの装甲ですか?」
ヘスティアは山積みにされた残骸を持ち上げると、興味深そうに触れる。
足元にはポカに修理してもらった[双概銃壁アイギス]が寝かされている。
「師匠の技術を見てたら創作意欲が湧いてきてな。何か出来んか考えてるんや」
師匠の技術というのは、このアイギスそのもののことだろう。
お嬢様口調のアテナに相応しい煌びやかな装飾が施されたポカの傑作だ。
「お姉ちゃんばっかり武器貰ってずるいです、僕だって新しい武器が欲しいのに!」
「黙りなさいヘスティア、私は姉だから新調してもらうのは必然ですわ!」
駄々をこねるヘスティアに、静紅はうーんと少し考えた。
アーベント・デンメルングで凶暴化したクリュエルと対峙した時、ヘスティアの槍はヒビが入って砕け散った。
以降、リーエルに新しい槍を作ってもらいソレを使ってきた。
姉のアテナは強い盾を手に入れたのにも関わらず、弟のヘスティアには何も無いのは確かに可哀想だ。
「おっ、だったらヘスティアくん! 私が槍作ったろか! 師匠の弟子やからリーエルちゃんの作った物よりは上質に出来る自信あるで!」
「良いんですか!? やったーー!」
「ヘスティアくんに似合うようなかっこいい槍を作ったるからな! まあ時間はかかるけど」
いつもだらけている結芽子だが、いざと言う時は誰よりも信頼出来るし、危機的状況の機転が効くので頼もしい。
その信頼出来るモードの結芽子が、そこには居た。
・・・・・
「そこでッ! 最終計画までかなり時間があるため、お客さんに背中を預けられるかの試験を受けてもらうよ!」
家のカウンター席に集められた静紅たちは、ようやく目覚めたマル姉から元気よくそんなことを言われた。
「背中を」「預けられるかどうかの」「試練……ですか?」
「ふんっ、私にかかればどんな試練だって楽勝よ!」
「まあ試練と言っても半分お使いみたいなものだけど!」
マル姉の話を聞くに、今後の作戦決行には少なからず背中を預けあって戦う場面が出てくる。
そんなとき、味方の力量を知らずに背中を預けるのは不安材料になる。
それを取り除くため、明日試練を行うのだとか。
・・・・・
「試練ってこれかよ!!」
「いいから逃げるで蜜柑ちゃん!!」
廃工場の広場に集められた二人は、突如現れた[巨大なロボット]を瞳に認めると、顔を青くして逃げ出した。
『これは試練だから、逃げたら失格!! 範囲はこの広場の中だけだから、その中なら逃げてもいいけど!』
マル姉のアナウンスがスピーカーから聴こえてくる。
「んな事言ってもよおーー!!」
四足歩行で前足に鋼鉄の装甲を持つロボットを前に、蜜柑は泣き目で逃げ回る。
「こうなったらヤケや! 蜜柑ちゃん、あの作戦行くでッ!」
逃げ回っていた結芽子は突然足を止め、ロボットに向き直ると手の中に[釘]を生成した。
──────時は遡り数分ほど前。
「みんな準備は済んだかな!? まだの人は自己申告!」
静紅、六花、蜜柑、結芽子、フレデリカ、アルトリア、そしてベルア含めて総勢七名の私たち。
流石に多すぎるので、二人一組の三グループに分かれてマル姉の試練を受けることに。
プライドの高いベルアは一人での挑戦だ。
「あの……ここは一体どこなんでしょうか」
マル姉に案内されてここまで歩いてきたが、ボロボロの何かの施設のような場所だ。
「旧式の[ムジン]を製造してた廃工場! まだ油とかが残ってるかもだから火器の扱いには注意してね!」
「ムジンって何?」
「質問が多い!! 百聞は一見にしかず、実際に見た方が早いからさっさと行ってみよう!」
一行の中に数々の不安を残しながら、最初の組である[蜜柑と結芽子チーム]が施設の中に入っていった。
工場全体を見渡せるような高台に登り、高みの見物をするマル姉。
『初めはミカンとユメコのチーム! 試練の合格ラインはムジンの破壊だからねー』
合格ラインはムジンの破壊。
とにかくムジンという何かを壊せば試練はクリアらしい。
「よーし! やってやるぜ!」
意気込む蜜柑と結芽子が辿り着いたのは、工場の搬入口に使われていたであろう広場だった。
「機械の残骸の山……言ってたムジンってどれの事なんや?」
ハンマーを握りしめて進む結芽子。
そんな彼女の前には、幾つもの機械の残骸が積み重なって出来た金属の山があった。
機械の骸たちの目……正確には敵探知用レンズ……はどこか二人のことを見つめているような気がする。
死んでいる機械がこちらを捉えるなんてことありえないのに。
「わーはっはっは! 俺は怖くなんかなーいぞー!」
「はいはい、怖いんやな。なんなら私の後ろにでも隠れとくか?」
恒例化してきたいつものやり取りをしていると、突然。
「─────ッ!? な、なんだこの揺れ!」
「機械の山が……!」
機械の残骸の山の中から勢いよく飛び出してくる巨大なロボットがひとつ。
単眼レンズを視覚とし、二人を探知するとソイツは高く吠えた。
『グガガガガガ!!』
「「ぎゃああああああ!!!」」
二人は抱き合って悲鳴をあげると、腰を抜かしながら全力で逃げ始めた。
『あはは! 面白い反応をするね君たち!!』
工場のどこかに設置されたスピーカーから、高台にいるマル姉の声が聞こえてくる。
「笑ってんじゃねー!」
単発式撃退銃を容赦なく発砲してくるソイツからやっとの思いで身を隠し、声を上げる蜜柑。
「まさか……あのロボットが[ムジン]?」
『そう、勘のいい子は嫌いじゃない! 由来は簡単、[無人で勝手に動くから]! はいそれじゃあ頑張って!』
ムジンと呼ばれるソイツは、蜜柑の隠れている場所を見つけると銃を発砲する。
「どわあっ! ちっ、試練ってこれかよ!!」
「いいから逃げるで蜜柑ちゃん!」
魔物などの攻撃なら良いが、銃は撃たれるとほぼ即死だ。こんな危険な試練受けていられない。
結芽子はそう考え、ついに腰を抜かした蜜柑を引っ張りながら出口へ駆けていく。
『これは試練だから、逃げたら失格!! 範囲はこの広場の中だけだから、その中なら逃げてもいいけど!』
「こうなったらヤケや! 蜜柑ちゃん、あの作戦行くでッ!」
逃げ回っていた結芽子は突然足を止め、ロボットに向き直ると手の中に[釘]を生成した。
蜜柑も足を震わせながらもようやく立ち上がると、地面に手のひらをつける。
『グギギ!!』
障害物無しで待ち構える二人目掛けて、ムジンは全速力で近づいてくる。
「遠くから撃てば良かったのに……残念やったな」
結芽子は地面に釘をばら撒くと、勝利を確信したのかにやりと笑う。
バキバキバキ!
ムジンの足であるキャタピラーは釘を踏みながら進軍してくる。
「あんなに沢山の機械の残骸を支えてたんや! その足も結構ガタが来てるんちゃうか!」
『グギィ!?』
本来、起伏の激しい場所でも問題なく進めるように設計されたキャタピラーだが、錆が付くまであの大量の残骸を支えていたんだ。
確かによく見るとキャタピラーのベルト部分がかなりボロボロになっている。
そこに結芽子は目をつけて、釘をばら撒いた。
釘はベルト部分を酷く傷付け、挙句。
バシンっ!
というゴムが切れるような音と共にベルトはちぎれた。
『グギィ! ギャァ!』
「今や蜜柑ちゃん!!」
「おうよ!」
手のひらを地面につけていた蜜柑は、能力を使用して[地面そのものを腐敗させた]。
一気に乾燥し、そして腐敗が侵食していく地面に足元をすくわれたムジンはそのまま地面の中に沈んでいく。
「ったく、驚かせやがって……」
『試練終了! ミカンとユメコ、試練合格!!』
暑苦しいマル姉の声が響いてきたことを確認すると、二人は突然気が抜けたのか地面に座り込んだ。
「腐敗の侵食は止めた?」
「ああ。にしてもムジンか、SFの世界に来たみたいだな」
ファンタジーの世界から突然SFの世界になったことに溜息をつきながら、蜜柑は空を見上げた。
「青空がこんなに恋しく思うなんてな」
「空が青いなんて生まれてずっと当たり前やったからなあ」
どこまでも続く青々としたあの大空が、突然恋しくなった二人なのであった。




