総集編 エーテル・カンタービレその4
「んーーー」
都会の地下鉄のような乗り物に乗り、区域間を移動する静紅たち。
「どうしたんですか、静紅さん」
振動によって揺れる電球を眺めながら考え事をしていると、六花が顔をのぞかせた。
「こんなに発展した国を支えるには、それ相応のエネルギーが必要なはずでしょ? この世界のエネルギーって何が使われてるのかなって」
「ヴァイシュ・ガーデンでは主に蒸気機関で発生させた動力で工業機器を動かしてますね。灯りなどはまだロウソクなどですが」
「元の世界じゃエネルギー不足だー、供給が追いつかないーって言われてたのにさ、この国は問題なさそうじゃない?」
「そこは……まあファンタジー的なアレですよきっと。そこまで気にすることじゃないと思いますけどね……」
明るい電灯、煌びやかな照明、大掛かりな機械設備……明らかに日本の使用電力よりも多いんだよね。
「そう……だよね」
毎度毎度のことだが、私の嫌な勘や予感はだいたい当たるのだ。
・・・・・
無機質な高い信号音と水泡音が暗い部屋に響いている。
この広大な敷地を持つ近代都市アドウェルのどこかで、一人の[少女]が監禁されていた。
「あ……ああ……あ……」
─────人の言葉などとうに捨てた。私はもう、人間じゃないのだから。
精神安定と催眠と洗脳のため、頭をすっぽり覆うようにして被らされた鉄製のヘルメット。
全身には彼女の[能力]を吸い取るための吸引パイプが何十本も取り付けられていて、能力酷使による後遺症は目も当てられないほど身を蝕んでいた。
「心拍数上昇と栄養失調か……栄養は君の場合、人一倍に必要だろう?」
「あ……あああ……」
「そろそろ限界かな? しかし国の未来のため、君には死んでも僕に協力してもらうよ。[穀潰し]の君が国のために死ねる……これ以上のことはないだろう?」
ここに連れてこられた頃は輝いていた少女の髪も、遂にはほつれて光も失われつつあった。
能力の使用には栄養が必要になるが、供給される栄養が少なすぎて常に底をついている状況にあった。
「奇跡の蒼と呼ばれた君も、遂には滅びる運命……か」
先程から顎を触りながら少女に話しかけているのは、無論ここまで設備を整えられるほど上位の人間だ。
白の紳士服に金の刺繍。スラリとした立ち姿と政府関係者の証であるバッジを着けた男性は、機械に繋がれて横たわる少女を睨む。
「何もせず生きているだけで誰かの役に立ててるんだ、悪く思うなよ」
「あ、あ……」
拘束された少女の名は[エーテル]。
呪いとも呼べる能力を持って生まれたことにより、常に孤独を感じながら生きているのかどうかも分からない[日常]を送っている。
しかし彼女は知っていた。
きっと誰かが私をここから出してくれる。永遠に続く時間なんて無いのだから。
知っていたというより、祈っていたの方が近いだろうか。
─────きっと、きっと誰かが……きっと……。
「お姉……ちゃ……ん」
エーテルに繋がれたパイプがまた彼女の身体を蝕んでいく。
「やはりいつ見ても素晴らしい。君の能力[聖水力]のおかげでこの国はとても発展したよ、感謝してもしきれない。まさか君の能力が最高のエネルギーになるとはね」
この街がここまでエネルギーを消費できるのは、それを賄えるだけの膨大なエネルギーの発生源があるから。
そしてそれは全てこの少女の負担によって生み出されている。
─────私の能力は……こんなことのためにあるんじゃない、のに……。
・・・・・
「エーテルが連れていかれて今日で三年か」
ルファス区域にある廃材置き場の事務所にて、二人の女性は肩を並べて酒を飲む。
比較的静かな区域であるルファス区域には、他の区域で発生したゴミや廃材が運び込まれてくる。
スラム街に当てはまるほど貧しくはないが、こんな場所、他の区域と比べればゴミ箱に等しい。
「もうそんなに経つんだ、時の流れは早いね」
「そう湿気た顔をするな! 私が居るんだから寂しくはないだろ?」
「あはは、ありがとうマル姉。でも寂しいものは寂しいよ」
「情報も全く無いわけじゃない、少しずつだけどエーテル近づいてる」
赤いバンダナを着けた女性は、希望を握りしめるように拳をマル姉に見せた。
「アリスはよくやっている、あまり思い詰めるな!」
長女のマル姉、次女のアリス、末っ子のエーテル。
三人に共通するこの青の髪は、母親譲りの家族の証だ。
国の上層部に誘拐されたエーテルを救うため、姉であるアリスとマル姉はこれまで三年間エーテルが監禁されている場所についての情報をかき集めてきた。
「この前の潜入で、ようやくエーテルが捕まってる場所を特定出来た。あとは期を見て実行するだけだよ」
妹を思うが故の行動なら、不法侵入だって気にしない。
アリスとマル姉はコップの縁で乾杯すると、ぐっと酒を飲み干した。
・・・・・
「あの方は廃材置き場と言っていましたが……この辺り一帯が廃材置き場になっていますね」
静紅の後ろを守るようにして歩くフレデリカは、辺り一帯の金属残骸の山に顔を引きつらせた。
区域間列車に乗って、しばらく歩く一行。
アルトリアの能力で、例のバンダナを巻いた女性の居場所を確認しつつ、廃材だらけの道を進んでいた。
「この中だよ」
「間違いないですね、ボクの探知にも引っかかってます」
二人に続き、ベルアも建物の窓から中を覗いてみる。
「どうする? 突入するの?」
建物と言っても、廃材の鉄板やガラスなどを組み合わせて作った簡易的な家のようだ。
家というより、小屋の方が近いだろうか。
「いいや、普通のノックしてみるよ」
すると、中から気だるそうな女性が出てくる。
「区域間列車ならここから南、荷物ならポスト、勧誘ならお断りね……って! お姉さん!?」
中から出てきたのは、薄い蒼の髪を赤いバンダナで巻いた少し背の高い女性だ。
彼女はこちらの顔を見るや否や、目を丸くして大きな声を出した。
「本当に来たの!? え、ここまで!?」
「あなたが話があるなら来てって言ったんでしょ?」
その言葉に彼女は小声で「確かにそうだけど……」と呟く。
「赤いバンダナのお姉さん、あなた今困ってますね!」
女性に指をさして言い放ったフレデリカ。
「どうしてそれを!?」
「ふむ……妹さんが行方不明ですか、これまた大きな悩──────いたっ!?」
「許可なく人の心を読んだらダメって言ったよね? ほら、この人……じゃないや……えっと名前は?」
名を聞かれた彼女は、チラッと私たち全員を一瞥するとため息をついて口を開いた。
「アリス。お姉さんたちが敵対勢力じゃないってことは分かったよ、とりあえず中に入って。玄関で長話をすると目立つから……特にそこのエルフは色々……」
「あ、あはは……そうさせてもらうね」
アリスと名乗った女性は苦笑いして、ようやく警戒を解いたのかみんなと握手をしてくれた。
「おお、アリスの友達か、というかアリス友達居たのか! この万年ぼっちのアリスが!?」
「ちょっと、恥ずかしいこと言わないで……。紹介する、この無駄に元気でうるさいのはマル姉。まあ優しいし良い人ではあるからよろしくしてあげて」
かなり出来上がっているのだろう、マル姉と紹介された女性はふらつきながら酒瓶を握りしめて言う。
「こんな妹だけど仲良くしてあげて! 小さな頃から部屋に閉じこもってたから、歳の近い人間と話し方が分からないんだ!」
「はいはーい、黒歴史を暴露した罪で明日の酒は無しね。もう寝室で寝ときなよ、というか寝てて!」
アリスに無理やり寝室に押し込まれたあとも、マル姉は「あーん」や「もー」などと唸っていたが、しばらくすると眠ったのか静かになった。
「姉を持つってのも大変なのね、私は一人っ子だから新鮮な感じだわ」
不死鳥に餌をあげながら、ベルアは「ほへー」とした表情で雑に言う。
「さ……てと、それで何の用かな? 私に話があるからここまで来たんでしょう?」
「元々はあの爆発の関係者みたいだから追いかけてきたけど……なんかどうでもよくなっちゃった。ちなみにあそこで何してたの?」
ここまで色々ありすぎてもうなんでもいい感じだ。
何をしていたのか、と問われたアリスは下唇を噛んでしばらく悩む。
「お姉さんたちが敵対勢力じゃないにしろ、あまり情報を公にするのは得策じゃない……本当にみんなを信用できるようになるまでは言えない」
「ま、それもそうだね。じゃあ代わりにひとつお願いを聞いてもらえないかな?」
「内容によるけど……大体のことなら聞いてあげるよ」
今の私たちに足りない最も大切なこと、それは[情報]だ。
フォルエメのワープゲートで飛ばされて、何の準備もないまま来てしまった。
フレデリカが多少分かるらしいが、ここの土地の人間の案内が欲しい。
「案内……? 次の作戦までは時間があるし問題は無いけど、私なんかでいいの?」
「今の私たちにこの国の知り合いは居ないからね。それにアリスとは仲良くなれそうな気がするんだ」
「…………あっそ」
「あ、照れてる」
「照れてなんかなーい!」
かくして。
この国で最初の知り合いであり仲間のアリスと、行動を共にすることになるのであった。
伝えたいことが多すぎて総集編というより、ただ本編を繋げるだけになってませんかこれ!?
いやまあ、削れるところは削ってますけど!!
本編もぜひい!!
 




