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総集編 セパレート・ファンファーレその11


 遂に敵側の賢者と相対した紗友理。


 生活の賢者オーケアと医療の賢者ヘルスアが王邸の玄関で、敵を惹きつける為に大立ち回りを行う中、紗友理は制御室付近で軍師の賢者ドラウと接敵してしまった。


 ドラウは自身の能力で周囲の騎士の体の自由を乗っ取り、無理やり紗友理たちと剣を交えさせた。


 カリンは騎士団の少尉として、無理やり兵士を戦わせる彼に強い嫌悪を抱く。


 激闘の中、紗友理は愛剣ファンファーレの武器解放を行い、嫌悪と憎悪を乗せてドラウの胴体に三回の斬撃を喰らわせた。


「こ、の……私が……」


「殺したのですか」


「いいや、この戦いに誰一人と死人は出さない出させない。それに言っただろ、戒めのためだって。彼の力量は知らないが、傍においておくと色々便利そうだ」


「傍におく……ということはそういうことなのですね」


「この世界は不完全だ。だから私が一から立て直す」


 洗脳が解け、唖然としている騎士たちに軍師の賢者ドラウ・ドラクマを運び届けると紗友理は立ち上がる。


「この世界から怒りや悲しみを消すと、喜びも幸せも消えてしまうと考えてるんだ。表裏一体という言葉があるようにね」


 王邸三階の廊下へ続く扉を「よいしょ」とこじ開けると、ふうと息をつく。


「だからいいアンバイにする。そのためには王も反省させないとな」


「手伝いますよ。どこまでも」


「あはは! それはとても助かるよ」


 日本にいた頃の紗友理なら、こうして誰かに笑顔を見せるなんて絶対にしなかっただろう。


 異世界で見て聴いて感じたこと、その経験が少なからず紗友理の信念を変えていた。



・・・・・



 紗友理たちがドラウと激闘を繰り広げる中、凪咲とニンナはなんと[狩猟の賢者]アーチェと相対していた。


 アーチェによる奇襲で、腕を矢で貫かれた凪咲は悲鳴にもならない苦痛の声を漏らす。


 ニンナは咄嗟に治癒魔法をかけ、すぐさま前方へ杖を握りしめて駆け出そうとする。


「ニンナちゃん、どこ行くの……?」


「流石の私でもあの方には風の前の塵に同じ、ですがナギサ様の逃げる時間くらいは作れます」


「……は? な、何言ってるの! 相手は[狩猟]の賢者だよ、戦いのプロだよ! ニンナちゃんだけで勝てるわけがない!」


「だからせめてナギサ様だけは……!!」


「行かないでッ!」


「あなたには生きていて欲しいんです! 弓の再装填まで時間がありません、早く!」


「嫌だ、嫌だああああああ! うわあああああん!」


 駄々をこねる子供のように凪咲はニンナのスカートの裾を掴む。


 ニンナと出会ってからまだ十数日しか経っていないが、同い年の仲間ということで凪咲とニンナは特に仲が良かった。


 だからニンナは凪咲だけは生かしたいと思っているし、凪咲はニンナを囮にしたくなかった。


「このままじゃ二人とも殺されますよ! それでもいいんですか!!」


「嫌だあああああ!!」


 ニンナは掴まれた手を引き離し、顔を歪めながらも彼女を突き飛ばす。


 が、凪咲も負けずに今度は脚にしがみつく。


「一緒に逃げようよ! ニンナちゃんだけ死ぬなんて酷いよ!!」


「[仲間]を守るために死ねるのなら本望ですッ! 私は王都騎士団のニンナ、騎士を自称するのなら! この脚を切り落としてでもここで時間稼ぎをしますッ!!」


「誰かを守るために……誰かを勝たせるために……失っていい命なんて無いよッ!!」


「っ……」


 凪咲のその言葉にハッとしたのか、ニンナは一度冷静になって凪咲に提案をした。


「二人で全力で逃げるか、戦うか。私たちが逃げることでアーチェ様のターゲットがサユリ様の方へ向いてしまう……それこそ最悪ではありませんか?」


「戦おう。たとえ強大すぎる敵だったとしても、なぜかニンナちゃんと二人なら超えられる気がする……からッ!」


 凪咲は拳を握り、今までにないほど硬く、大きな盾を大量に召喚する。


 盾の純度はさらに上がり、まるで石英の結晶のようだった。



・・・・・



 凪咲は幼い頃、とある少女に恋をした。


 その理由は至ってシンプルで「優しい」と言ってくれたからだ。


 褒められることが好きな凪咲にとって、それは少女に惚れる要因には充分だった。


 結局その恋は失恋で終わり、彼女は高校生になった。


 失恋の痛みを知ったからこそ、凪咲はもっと優しい人間に育った。


 痛みを知った優しさほど強いものはない。


「ねえ見て紗友里ちゃん、この猫怪我してるよ!」


 彼女の優しさは高校生になっても健在だった。


 傷ついて怯える生き物がいれば、そこに行って寄り添ってあげる。それがモットーでもあり未来の理想像だった。


「相変わらず優しいな。野良猫なんて助けたって賞を貰えるわけでもお金を貰える訳でもないのに」


「私は別に見返りを求めてないよ。この猫ちゃんも生きてるんだよ、紗友里ちゃんも私が怪我してたら心配するでしょ? 命の価値って種類によって変動するものなの?」


 紗友里は悩んだ末、感受性とやらの話をしてくれた。


 しかしバカな凪咲はそんな倫理や哲学に興味はなかった。


「助けたいから助ける。それに理由なんてないでしょ?」


 彼女はバカだ。しかしバカであるからこそ、その単純な優しさ、彼女の性格の幼さの中の優しさが強く根を張っている。



・・・・・



「風が泣いてる……廊下も、空気も、そしてあの子も」


 弓を構えるアーチェに向けて、凪咲は「助けたい」という感情を抱いてしまう。


 実際、アーチェの手は震えており、凪咲は狂気にも似た執着でアーチェの方へ駆けて行く。


 ニンナの支援を受けながら凪咲は盾で防ぎつつ接近し、アーチェを押し倒して上に乗る。


「な、なんだよてめェ!」


 動揺するアーチェは、矢筒から摘んだ矢を床に落としてしまう。


「離せよこのクソアマぁッ!」


「っ……! 口が悪いのは本当の自分を隠すため、そうでしょ。ヘルスアちゃんに教えてもらったんだ、本当はアーチェちゃん良い子だって」


「うるさいうるさいうるさい!!」


 アーチェに殴られようが斬られようが、その時だけは能力を使わなかった。


 こうして傷つけられ、死ぬ気は無い。しかし殴られてでもこの少女を救いたい。


 傍から見ればただの死にたがりだろう。


 しかしこれが彼女なのだ。


 車に引かれそうな子猫がいれば、自分が傷ついてまで押しのけてしまう。それが彼女なんだ。


──────誰かを守るために失っていい生命なんて無いよッ!


 先程ニンナに言った言葉だ。失っていい生命はない。しかし傷つけられるくらいでこの少女を救えるのなら、喜んでこの身体を差し出す。


「あなたを救いたい、助けたい! そのためなら殴られてもいい!」


「ああそうかよ!」


 凪咲は思いっきりグーで顔を殴られる。


 鼻血が出ても気にしない。


 狂気じみた優しさに、アーチェは恐怖すら覚えてしまう。


「私でよければ話聞くよ、どうして賢者なんかになったの?」


「キモイんだよそう言うの! さっき会ってすぐのやつに過去をさらけだせるわけねェだろ!」


 ジタバタして暴言を飛ばすアーチェだが、凪咲は一向に離れようとしない。


「なんなんだよ、なんなんだよコイツ……」


「私は一ノ瀬凪咲、あなたは?」


「私は……六賢──────」


「違うでしょ? あなたは[誰]なの?」


「──────!」


「こんなことしたらダメだけど、アーチェちゃん、あなたのことをヘルスアちゃんに少し聞いたよ。故郷のこと、これからのことについて悩んでるんだよね?」


「……」


 アーチェは凪咲の腕の中で、静かにこくりと頷いた。


 六賢、いや、王含めたこの国で最強と言われた戦闘の達人アーチェは既に凪咲と戦う意思は無かった。


「あのアーチェ様が……」


 唖然とするニンナを差し置いて、凪咲は優しく母親のようなほほ笑みを浮かべながら言う。


「話してくれないかな、誰かに言ったら楽になるよ」


 肩を震わせながら凪咲の胸に顔を押し当てるそんなアーチェの姿は、本当にどこにでもいる年頃の少女と変わりないように思えた。



・・・・・



 アーチェは獣人族だけが住む閉鎖的な村に住んでいた。


 獣人族は現在でも種族差別を受けているが、当時は特に差別意識が強かった。


 森の中で弓の練習をするアーチェだが、ある日とある惨状を目にする。


 なんと村が燃やされ、両親を含め村人が全員斬り殺されたのだ。


 一人だけ唯一生き残ったアーチェは、一人で強く生きていくことを決意する。


 威圧するために動物の毛皮を着て、口調も鋭いものに変えて。


 しかし内心が臆病なアーチェは、遠距離から攻撃できる弓を使うことはやめなかった。


 それから数年後、アーチェが二十歳になった頃。


 森の中で特訓を続けるアーチェの元へ、現国王のストーリアがやってきて「賢者にならないか」と勧誘をしてきたのであった。



・・・・・



「王は私にあることを伝えてくれた。大昔に封印された大精霊を再び召喚して、この世界を征服するらしい……大精霊は全ての願いを叶える存在で、私の村のみんなを生き返らせてくれると王は約束した」


「神龍じゃん……なるほど、王様は大精霊を呼び出して世界征服の夢を叶えて貰うんだね」


  しかしニンナには一つ疑問に思うことがあった。


「どうしてストーリア王は世界征服を企んでいるのでしょう?」


「それだけは教えてくれなかったよ、ただ他の国の王とはあまり仲が良くないようだ」


「今はとにかく王室へ急ぎましょう。アーチェ様、通してください」


 先へ進もうとするニンナの手を、バッとアーチェは咄嗟に掴む。


「王を止めたら村のみんなはどうなるんだ……? もう生き返らないのか?」


 脅えるような表情でそう言うアーチェ。


「死んだ人はもう戻らないよ、きっと神様の力でもね。それだけじゃなくアーチェちゃんは他の人を殺そうとしてるんだよ。元に戻らないってことアーチェちゃんが一番知ってるんじゃないの?」


「そんなこと……!!」


「ある、あるよ。心のどこかじゃ分かってるんだよね、でも誰かに縋りたいんだよね。そうじゃないと自分を保てないから。そういう知り合い私は知ってるよ。というか私の故郷じゃそんな人しか居なかった」


 その言葉にアーチェは何か切れたのか、凪咲の胸ぐらを掴みあげた。


「知ったような口きいてッ! 哀れんでるのか? 何かに縋り付いていないと不安で不安で……仕方ないそんな私を可哀想とか思ってんのか!?」


 その瞳に大粒の涙を生む獣人族の少女。一人で生きてきたこと、村が全焼していたこと、悲しみの全てが何故か込み上げてくる。


「じゃあなんだ、てめェがここから私を救ってくれんのか!? 従うしか脳がないこんな私を正してくれんのか!?」


「愛情が欲しいなら抱きしめてあげる! 悲しいなら背中をさすってあげる! 辛いなら話聞いてあげるよ! 初めからあなたを救いたいって言ってるじゃん!!」


 凪咲は今度こそアーチェを抱きしめる。


「えっぐ、ひっぐ……うう、うああああ!!」


 嗚咽を漏らしながら号泣する彼女を、凪咲は静かに瞳を閉じて抱きしめていた。


「そんな……あのアーチェ様に戦わずして勝つなんて……」


 その信じられない光景に、ニンナは勝利の嬉しさすら忘れてしまう。


 最強と謳われた少女が、凪咲の腕の中でわんわんと泣いていた。


「ニンナちゃんは先に行って、私はアーチェちゃんが落ち着くまでここにいるから」


「分かりました、必ず勝ち星を上げましょう!」


 凪咲とニンナVS狩猟の賢者アーチェの戦闘は、遂に終幕を迎えるのであった─────。



・・・・・



「もう少しだ、もう少しで約束を果たせそうだアリア」


 彩軍姫ストーリア・クローニーは玉座にて、小さなペンダントを握りしめている。


 王邸が受けた襲撃をストーリアは既に認知しており、生贄が不十分な状態だが大精霊の召喚を急いでいた。


「現時点で集まっている分のみで召喚しろ、100か99の違いだけだ」


「不完全なまま召喚すると暴走の可能性も……」


 傍付きを引き離すほどの速さで地下の隠し部屋へ歩く。


「やれと言ったらやれ! それとも首を刎ねられたいか!?」


「ひ、ひいいい……わ、わかりました。ただいま召喚士を呼び集めます」


 逃げ帰るように傍付きの男性がどこかへ行ってしまうと、ストーリア王は深くため息をついた。


 徐々に聞こえてくる厄災の足音。


 王都決戦の最終戦が、少しずつ近づいてきていた─────。


総集編はあと1話か2話で終わります!


セパレート・ファンファーレ編が終わったら、クリスマス編、そしてエーテル・カンタービレ編をお送りします!

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