総集編 セパレート・ファンファーレその10
旧王都アニムスの国際電話はすでに手入れがされておらず、万全な状態ではなかった。
しかしそれでも紗友理の声は、近隣の国に届いた。
隣国アーク・ビレッジの猫獣人の王、マカリナ。
そして海国ウォルロ・マリンの武人の王、シノノメ。
二人の王の元に紗友理の声が届き、国の危機を救うべく立ち上がるのであった。
・・・・・
アストロ・シェルタの甲板にて、紗友理はポカから王と大精霊に関する情報を得た。
大精霊はその気になれば世界を滅ぼせるほどの力を持っている強力な精霊であり、王はその精霊を召喚することで、世界征服を果たそうとしているようだ。
そのほかにも創造主であるポカにファンファーレの不調を訴えるが、ポカは「気にしすぎだ」と軽く受け流した。
形容し難い違和感を覚える紗友理はその夜、夢の中で[好奇心の成れの果てキュリオス]と邂逅を果たす。
キュリオスはファンファーレに不調について[ファンファーレは持ち主の憎しみや負の感情を具現化させる力がある]と答えると共に。
この異世界にあるほぼ全てのものは彼女たち[成れの果て]が設計したことを紗友理に教えた。
理解に苦しむ紗友理だったが、彼女はもう何が来ても驚かない、と静かにそれを受け止めた。
「しかしどうしてそんなことを教えてくれるんだ? 私と君は敵のはずだ」
キュリオスは頬に両手を当てて、ニコッと笑いながら言う。
『敵? 私は敵でも味方でもないよ。サユリちゃんを利用する代わりに、サユリちゃんも私を利用する。簡単でしょ?』
キュリオスはそれだけ言い残し、紗友理の前から去るのであった。
・・・・・
王都へ帰還した紗友理たちは、まずニンナの友人たちが待つ兵舎へ向かった。
ニンナの無事の帰還に喜ぶ友人たちだが、当の本人は笑顔をこぼさない。
「我々にはまだやることがあります。アンブレル騎士団の皆様が到着されるまでに王都に住む方の避難を行いましょう」
アンブレル騎士団と協力体制にあることを知った友人たちは何度も確認するほど驚いたが、ニンナが喝を入れるとテキパキと行動を始めた。
「騎士団が到着するまで指揮は私が執ろう。では皆、各々のやるべきことを全力で尽くそう!」
一行は気合を入れ直し、遂に始まる最終決戦に向けて準備を行うのであった。
・・・・・
ニンナたちが避難準備を行う中、ベルアは輪廻竜テュポーンことリンに彼の力について問うていた。
リン曰く、対象の年齢や寿命を戻したり進めたり出来るらしい。
「ああ、だから自分の体を大きくしたり小さくしたり出来るのね」
彼がその気になれば人間を生殖細胞まで戻せるらしく、その力の強大さにベルアは顔を青ざめさせるのであった。
・・・・・
ニンナたち王と騎士団の協力もあって、王都住民の避難は二時間程度で完了した。
その後、タイミングよく八十人以上のアンブレル騎士団が到着。
皆で最終決戦の作戦を確認する中、凪咲は緊張の声を漏らす。
「本当に始まっちゃうんだね、緊張するよぉ」
凪咲たちは光と音だけの爆弾を起爆し、王邸側に宣戦布告を行った。
なんだなんだと驚く騎士たちの混乱に紛れて、紗友理たちは先に王都へ戻っていた[生活と医療の賢者]との合流を図る。
ポカからもらった魔力の電話で情報を交わしながら、紗友理たちは王都のとあるカフェへ急いだ。
・・・・・
紗友理たちが街中で作戦を開始する中、ベルアはアストロ・シェルタの防人を任されていた。
アストロ・シェルタには王都の避難民がいるが、ベルアは彼らと距離を置いて縮こまっていた。
今まで旅をしてきた仲間がこの戦いで傷つかないか不安なのだ。
『ぴゅう』
「あっ、ごめんねフェニ。私はただの留守番じゃないものね、避難した人を守る役目もあるんだから」
見ず知らずの人の人達ばかりだが、そんな人たちも守れる人になりたい、とベルアは気合を入れ直す。
そのとき。
無意識にある女性の後ろ姿を想像してしまう。白いローブを着た、金髪の魔法使いの姿だ。
「! な、なに考えて……」
『身近な存在に憧れを抱くことは珍しくない、小娘よあまり気にするな』
「リン……そうね、ありがとう」
初めて出会った時、ベルアはニンナが嫌いだった。
きっとニンナもそれに気づいていただろう。
それでも彼女はベルアに優しく手を差し伸べてくれた。
おかげで今ではニンナとも仲良くなり、旅はさらに豊かなものになった。
たとえ嫌われていたとしても、ニンナはどんな人にも優しくする。
騎士だから。そんな簡単な理由でも助けてしまう理由になるのかな。
「なら私は……」
ベルアはゆっくり立ち上がり、シェルタの窓から眩い閃光が舞う王都を眺めながら言う。
「何を理由に助けよう?」
・・・・・
王都のとあるカフェの秘密部屋にて、紗友理たちと三人の賢者は合流を果たす。
紗友理、凪咲、カリン、ニンナの四人が秘密部屋へ到着すると、そこには生活の賢者オーケアと医療の賢者ヘルスア、そして経済の賢者スルーサが待っていた。
旧王都アニムスで別れる際、経済の賢者にも声をかけてみると言っていたが、どうやら成功したらしい。
戦闘が専門分野ではないものの、賢者が三人も協力してくれるとは心強い。
「もしかしたら私たちの出る必要もなく終わっちゃうかもね!」
楽観的な凪咲にニンナは難しい顔で。
「どうでしょうか……残る賢者は狩猟、軍師、魔導……どれも銭湯向けの分野です。王都に集結した全戦力をぶつけても勝てるかどうか……」
凪咲とは対照的でニンナは難しく考えすぎているかもしれない。
しかし賢者について最も知っているのはニンナ。
最大の注意と警戒をしつつ、戦場へ行こう。
「目指すは無血開城、話し合いで済めば良いのだが」
・・・・・
場所は王都の街中。
音爆弾の確認に来た王国側の騎士を罠で嵌めて拘束するポカとアンブレル騎士団の大勢は、前線の紗友理たちと間隔をあけて王邸を目指す。
突撃の合図で一斉に駆け出す騎士だったが、突如王都の地面に異変が起き、一同は足を止める。
「火・風属性魔法・炎渦」
騎士たちは炎の渦に囲まれ、進路も退路も絶たれてしまう。
狼狽える騎士たちの前に、黒いフードを被った男性が現れる。
「き、君は……!」
ポカが戦闘準備をとる中、男性はフードを外してニヤリと笑う。
「申し遅れました私王都王政課六賢、魔導の賢者クタナ・グリモワールと申します。以後……と言っても直ぐに終わりますねェ、数分だけでも覚えてください」
賢者の専用道具である魔導書を開いたグリモワールは、手の先に雷魔法を生み出すと周囲に迸らせた。
王都の中央部辺りで待ち構えていたクタナ・グリモワールの策にハマり、炎の渦に囚われてしまった。
「六賢!? それによりによって魔導か……」
警戒するポカをみたグリモワールは、くすくすと笑って言う。
「そう驚かないでくださいよォ、私と貴女は言わば同胞、本来であれば[同じ賢者という職に就く者同士]ではありませんか」
「何だって!?」「いや、ポカの作るものは確かに超一流だ。賢者になっていても変ではない」
グリモワールの発言に、騎士たちはざわめく。
「言わなくていいことを……っ!」
「鍛治の賢者。あなたはそれに選ばれていた、しかし断ったと聞いています。いえいえいえ、疑問だったんですよォ」
彼は抱えていた魔導書を見せるようにして続ける。
「賢者になれば専用の道具が貰えます。貴女なら工学に関するものなら何だって手に入ったはずです。どうしてならなかったのですか?」
「もちろん賢者になる道も考えたさ。欲しい素材は簡単に手に入る、今よりも知名度は格段に上がる。だけどね結果論ではあるけれど、賢者にならなかったおかげで[大切な物]を見つけられた!」
「答えになっていませんが?」
「分かってるよ!! ポカシリーズ・第二子、電弾砲!」
手のひらに仕込ませていた機械を起動させ、ポカは電気質の魔石の力を利用した砲撃を繰り出した。
「いいですねェ、素晴らしい威力デス。機械と魔導、全くの裏表にここで決着を付けましょうか」
「は、はは……何でさっきので傷一つ付いてないんだよ……。くっ、みんな! 今からこの炎の渦に穴を開ける、その間に前線へ!」
「させま──────」
「ポカシリーズ・第六子、展開式防壁!」
その防壁は炎の渦を突き破り、渦の動きを停止させる。
「今だ!」
ポカ以外の騎士たちは全員炎の渦から抜け出し、そのまま王邸へ走って行った。
「賢者に勝てるとは思ってないよ。けどね……負ける気もサラサラない!」
今まで生み出してきた全てを発揮し、ポカは賢者に立ち向かう。
・・・・・
王都の王邸に辿り着いた一行は、まだ戦闘を開始せずしばらく隠密行動を行う。
まずは敵側の情報共有を断つため、王邸内に張り巡らされた通話用のパイプを破壊することに。
パイプの制御室は複数あり、時間がないため一行は別れて制御室へ向かうのであった。
紗友理とカリンのコンビが順調に一つ目の制御室を破壊した頃。
魔力の電話からポカの声が聞こえてきた。
『まずった、魔導の賢者と接敵してしまったよ。出来るだけ時間を稼いでみるけど、もって数分かな。みんなは王邸へ向かわせたから安心して。そっちの誰か余ってたら応援に来て欲しい!』
「なっ、賢者と接敵!? それに魔導……ポカ、聞こえるかポカ!!」
「!! 声を抑えてくださいサユリさん、騎士に見つかって──────」
「だ、誰だ貴様らッ! 声が聞こえたので入ってみたら……ここで何をしている!!」
紗友理の声で居場所がバレてしまい、二人は戦闘を余儀なくされる。
戦闘が始まる直前、紗友理は救援用に待機していた経済の賢者スルーサへポカの方へ向かってほしいと電話で伝えた。
「ここで時間を使うわけにはいきません、一気に突破しましょう!」
カリンは風の精霊シルフの加護を受けた剣で騎士たちを吹き飛ばし、慣れた手つきで気絶させた。
魔物こそ苦手だがカリンは対人戦のプロだ。
騎士達の壁を壊し、二人は飛び出した。全速力で駆け抜け、騎士の集団を振り切った。
────そう思った瞬間。
「危ッ!?」
「サユリさん!?」
突然、曲がり角の向こうからありえない方向転換で刃物が飛んできて、私の頬を掠めた。
「ほう、今の奇襲を避けますか」
中央階段から拍手をしながら降りてきたのは、この世界では珍しいメガネを掛けたスーツ姿の男性だった。
髪も整えられていて、清楚な雰囲気がある。
「小動物が朝から騒がしいと思っていたら、まさかドブネズミが神聖なこの王邸を荒らしていたとは」
「もしかしてそのネズミは私達だったりするか?」
「果たしてそれはだろう。貴女がそう思うのならそうなのでは?」
メガネ男は最下段を降りきると、カツンと靴底を鳴らした。
「居たぞォォ!!」
「なっ……!?」
そこへ十数人の騎士たちが駆けつけ、今度こそ紗友理とカリンは包囲される。
「か、カリン少尉!? 俺カリンさんのファンなんです!」
「私も! 鎧にサインしてください!」
アンブレル騎士団は王都騎士団と双璧を成す大規模な団だ。
そこの少尉となればそれなりの知名度はあるらしい。
駆けつけた騎士が歓声を上げる中、メガネの男性は眉間に皺を寄せて。
「ええい黙れ! 馴れ合いに来たわけではないのだぞ! 歩兵は歩兵らしく、俺の駒となって動けば良い!」
刹那、彼の周囲から青色の波動が広がった。
それは後ろの騎士たちを包み込み、そして消えていく。
「この世の全ては等しく俺の手駒なのだ!」
騎士達は男の意のままに操られ、向けたくもない憧れの存在に剣を向ける。
「やめて、傷つけたくないの!」
「身体が……動かない!」
まるで操り人形の騎士たちは、泣きながら剣を握らせられる。
「貴様らに無罪の人々を傷つけるほどの度胸はないだろう! それに泣いて謝っているぞ? 可哀想に、殺したくないのに殺してしまうのだからなあ!!」
「この下衆が!!」
「ああそうさ、下衆さ。世の中分野関係なく下衆だけが上へ行ける。俺は王へ仕えるためなら、どんな下衆にだって成り下がってやる!」
「カリン、力を貸してくれ。あいつの首を斬る!!」
「ちょうど私も同じことを言おうとしていました。騎士や平民ではなく、国の第一人者であろう者がこのような思想を持っているとは許せません!」
顔を上げ、メガネ男を睨む。彼はメガネをクイッと上げると、そのマントを翻した。
「軍師の賢者ドラウ・ドラクマ! 誇り高きアンブレル騎士団斥候隊長兼少尉の名において、貴様の命を頂戴するッ!」
本編もぜひ!