第260頁 死しても恋する桃源郷
「ここが──────」
谷に囲まれた暗闇を通り抜けると、そこは巨大な山に囲まれた盆地であった。
何本もの大河が山から流れ、それを利用して水車や畑が発達してきたのだろうか。
木の門に木の柵という至って普通なその外壁に、防衛だけでなく攻撃としての戦力も非常に低いことが見て取れる。
すぐに目に入った女性の半龍族は、頭から2本の小さな角を生やしており、常時身体能力をあげていた方が便利なのか龍化三割ほどの力を使用していた。
ルリ曰く、彼のように本当の龍になれるのは極々少人数らしく、大体は彼で言う[龍化五割]……羽や角を生やした状態が限度なのだとか。
水面に踊る若魚、日光を受けて煌めく大樹、風景の一部として活動する水車、畑を縫いながら飛ぶ虫。
一言で言うならば。
山という自然の壁に囲まれたのどかな田舎。
それが彼の故郷[フローダム]であった。
「これまたフレデリカさんとは大違いの街ですね。こんな自然豊かな所だとは思いませんでした」
六花はフレデリカから、収納しておいた麦わら帽子を受け取るとさっと被った。
「魔分子は自然生物の活性化の促進作用があるとは言いますが……ここまでとは」
六花はしゃがむと、地面に生えていたクローバーを一つ摘んだ。
「龍が死ぬと森がひとつ出来ると言われています。彼らはそれほどの養分と魔分子を蓄えているということです」
ルリはうんうん、うんうんとずっと頷いて聞いている。
「半龍族は人間五割龍五割の血でつくられる種族。五割じゃ本当の龍に届かないかもしれません。ですが──────」
遥か上空、青空の上で鷹のような生物が甲高い鳴き声を上げた。
「─────何十世代もの半龍族が生命を営んできたこの土地には……想像を超えるほどの魔分子が満ち溢れているということになります────!!!!」
それこそがこの大自然の正体。
これがフローダムの正体なのか。
「ようやく分かったようだなリッカ! そう、これこそが我の故郷フローダムの正体。何十人もの先祖の欠片が、我らの生活を手伝ってくれているのだ! だからフローダムはこう呼ばれる」
ルリはそのパジャマのような服を風ではためかせながらそう言った。
「[死しても恋する桃源郷]だ……とな!!」
死んだとしても、身体が魔分子へと移り変わり、空気中をふよふよと漂う。
なるほど、確かに死しても恋する桃源郷だ。
「本当は常に龍化三割程度はしておきたいのだが、外じゃそこまで魔分子が満ちてないからな。だからここなら! 常に龍化三割を使っていても疲れないし眠たくもならないのだ!」
ルリがあの強力な魔法[瞬間魔分子破裂]を使えるようになったのは、この雄大な土地と満ち溢れた魔分子が要因か。
「すごくいいところです! お師匠様もそう思いますよね!」
「うん、さすが半龍族の土地って感じ!」
和気藹々としている私たちのところに、一人の男性がやってくる。
頭から角を生やし、牙も生やした、いかにも龍人って感じだ。
「見ない顔だな……この街には何用だ?」
「よーお、相変わらずボロっちい槍使ってるんだなタカスト!」
明らかに敵対視している男性の前に、手を上げて友人のように話しかけたのはルリだ。
タカストと呼ばれた男は目を丸くして、ルリを見つめる。
「これは代々伝わる歴史的な槍だ、簡単に手放す訳には行かんのだ。それにしてもルリ、帰ってきたんだな」
「里帰りだ里帰り。っても、二ヶ月ほどだから顔を見せに来ただけだがな! わははは!」
「……と、こりゃお前、ハーレムだな」
タカストはルリ以外のメンツを目に入れた途端、驚いて一歩後ずさった。
「違う違う、こいつらは……そうだ、我の子分だ!」
「誰が!」「子分!」「ですか!」「ま、まあまあ……」
私、フレデリカ、六花と続いてルリの言葉に反発する。ただ一人アルトリアは苦笑いをしていたが。
ははーん、恐らくタカストは昔からの友達で、見栄をはりたいんだな。
「がはは、そうかそうか。そりゃお前も大した人になれたってことだな! ほら、入りなよ。ティアもなかなか会えてなくて寂しくしてるだろうしな」
「おっと、そうだった忘れていたのだ。ティアにまず挨拶しないとな! ほら、シズたちも」
「一応ルリの子分ってことで自己紹介でもしといてやるよ。俺の名前はタカスト! 代々槍士としてこの村を守っている。いつか魔法と槍で最強になって、世界中の困ってるやつを助けてやるんだ」
タカストは自分に親指を向けて言ってくれた。
私も一応自己紹介しておくか。
「私は静紅。まあ、なんの特技も取り柄もないただの冴えない人間だよ」
タカストにピースを送ると、そろそろ待たされすぎてキレそうなルリにせかせかとついて行く。
「静紅さんはボクんですからね!」
「え、あ、お、おう……。変なやつ」
「聞こえてますからねーー!!」
そういうことで、タカストは再び警備に回るのであった。
・・・・・
「ここが我の家なのだ! いつもティアが綺麗にしているから、汚くないぞ! さあ入って入って」
自慢げに言ってるけど、それってティアに頼りすぎってことなんじゃ!?
「帰ったのだあー」
ルリが玄関でそう言うと、中からドタドタと騒がしい足音が近づいてくるのが分かった。
「おかえりルリいいいいい!!」
「どわっふ、く、苦しいのだ……」
「ごめんごめん、あれ? この人たちは?」
「紹介するぞ、シズ、リッカ、リカ、アルだ!」
「まーた人の名前を短縮呼びして! せっかく持ってる大切な名前なんだから、しっかり呼んであげないとだめっていつも言ってるでしょ!」
むぅー、と頬を膨らませているオレンジ髪のポニーテールの少女。
ルリの様子から見ても、彼女がティアで間違いない。
「はいはい、分かったのだ。シズク、リッカ、フレデリカ、アルトリアだ」
「分かればよろしい! あ、私はティア・オリヴィエント、この馬鹿の嫁をやってる。遠くまでありがとう、散らかってるけど入って入って」
ティアは玄関で膝から座ると、手を結んで祈りを捧げた。
日本で言う座礼みたいな感じだろうか。
ルリはティアの間を通ってリビングと思われる方へ進む。が、ティアに背中をつままれる。
「こらルリ! 帰ったらすぐ手洗いっていつも言ってるでしょ!!」
「ひ、ひいいい!!」
お、鬼嫁とは……彼女のことを言うのかもしれない。
「そこ! まだ洗えてないよ、汚いよー!」
「こ、こまかいのだああああ!」
ま、まあ手洗いは細かい方がいいから……ね。頑張れルリ!




