第249頁 オヤコアイ
「ったく、いつになったらお前はもっと稼いでくるんだ? ああッ!?」
「ごめんなさいお父様、もっと頑張ります」
髪を引っ張られながら罵声を浴びせられるフレデリカは、死んだ魚のような目をして、機械のように定型文を並べる。
「あああ、むしゃくしゃする、おいアレ買ってこい」
「はい、お父様」
父親はそう彼女に言い放つと、頭を掻きむしりながらソファに座った。
そんなことをしている間も、母親は別室でアルコール度数の高い酒を飲み続ける。
ここで反抗すればもっと酷いことをされる。
それに、ここから居なくなれる口実が出来たと考えれば父親の命令はむしろ嬉しいものだった。
とはいえもうこの家には金がない。
「お父様、もう貯金がありません」
「……ああ? そしたらどうするか前に教えただろうがッ!!」
父親は金がないのは自分が働かないからだ、と遠回しに言われたように錯覚し、更にむしゃくしゃし始める。
ソファを蹴飛ばす勢いで立ち上がると、フレデリカの首を掴んで持ち上げた。
「あがっ、ぐあっ……」
「この! 身体の! 一つや二つ! 売ってこいッ!!」
「痛っ! 痛い、痛い痛い痛い! お父様、やめてください、分かりました、売ってきます……」
何度も何度も腹に拳をいれられたフレデリカは、お腹に溜まっていた希少な養分をも、体外へと吐き出してしまった。
フレデリカは逃げるように家を飛び出すと、切り株に刺していた大剣を抜く。
剣先を引きずりながら、フレデリカはいつも魔物を狩っている森付近の雪原へと向かった。
身体なんて売ってられるか。
ただでさえ治安の悪いこの街で、子供が身体を売りに来た? そんなの馬鹿げているに違いない。
「…………お腹、空いたな……」
ぐうううう、と大きな音を腹から立てながら雪原を進んでいく彼女。
「……あれ、あそこにいるのは……」
と、彼女の少し遠くで狼系魔物と戦闘を繰り広げている一人の少女がそこにはいた。
「せ、せやあーー!」
『グルゥ? ガゥ!』
「きゃあっ!」
その少女は震える手足をセーブしながら、踏ん張って吹き飛ばされないようにする。
「アルトリア……?」
隊の中で一番戦力の低いアルトリアが、一人で、それも自分よりも大きな魔物と戦っているではないか。
「どうして一人で……!」
フレデリカは彼女のピンチに駆けつけるように地面を蹴った。
幼いながらの全力疾走で、しばらくして魔物が大剣の射程範囲内に入るまで近づくと思いっきり体験を振り下ろした。
「大丈夫、アルトリア?」
大剣に滴る血を振り払うと、フレデリカは一目散にアルトリアの安否を確認する。
「フレデリカ……う、うん。大丈夫だよ」
「なんで夜に街の外にいるの? 夜は魔物が強くなるっていつもフランシスカが言ってるよ」
「わ、私ね、いつも足手まといでみんなに迷惑かけてるから……ちょっとでも頑張って、戦うのが上手くなりたいなって思ったんだ」
胸の前で手を結んでもじもじしながらそういうアルトリア。
ああ、そうか。
彼女もまた、自分の無力さを辛く感じているんだ。
フレデリカはアルトリアの頬についた返り血を指でそっと拭ってやると、手を伸ばした。
「わかった、じゃあ私と一緒に強くなろう? 一人より二人、二人より三人。三人目はいないけれどね」
「うん、がんばる!」
アルトリアは雪原に放り出された刃こぼれした直剣を拾い直すと、フレデリカとともに狼の剥ぎ取りを始めるのであった。
・・・・・
「フレデリカはどうしてこんな時間に外にいるの?」
「………アルトリアと一緒で、強くなりたいなーって思ったんだ!」
正直、言ってしまった方が楽だと思った。
でも、誰かに言えばフレデリカの体は遂に壊れてしまいそうで、怖かった。
それに、アルトリアに自分の傷ついている現状を話すことで、彼女の体調が悪くなるのも懸念されたからだ。
「一緒だね」
アルトリアはえへへ、とフレデリカに笑いかけると自分の両手を眺めた。
「私はね、お母さんとお父さんがいないんだ」
「……」
「みんなはね、お父さんとお母さんが大嫌いっていうけどね。私はそう思わないな」
「どうして?」
二人の足音が重たい雪原に響く。
ろくな防寒具もつけておらず、いつの間にか指先は寒さで腫れていた。
「家に帰ったら誰かがいてくれるって、いいことじゃないの?」
「私は違うなぁ、家にお父さんがいるから帰りたくない」
「どうして、どうしてお父さんがいたら嫌なの?」
アルトリアは身を乗り出して聞いてくる。
幼い子供が両親とともに暮らしたいと願うのはごくごく自然なことで、それが異常と言っているわけではない。
ただ、罵声を浴びせられ、殴られ、投げつけられ。
そんな家に帰りたい子供など、この街には存在しなかった。
もちろんアルトリアはそんな生活を望んでいるわけじゃない。
他の街のように、親子で遊んだり、何かを成し遂げたり。
時には喧嘩をするけど、『オヤコアイ』と呼ばれるソレを確かめながら生きる。
そんな生活を、アルトリアは望んでいるに違いない。
そんな生活が、この街にはない。
「……。誰かと一緒に住む夢、叶うといいね」
フレデリカはそう静かに告げると、調子が悪くなったと仮病を使って狩りを取りやめ、店の方へ狼の精算に向かった。
こんな地獄のような日々も、いつかは終わりが来るのだろうか。
フレデリカはあせあせと硬貨を数えるアルトリアを見ながら、そんなことを考えていた。




