第229頁 獲物を狩る雷虎のように
「インソムニアの語源、ご存知でしょう?」
不眠症。
ストレスや心身の病気、薬の副作用等によって引き起こされる症状で、睡眠の際酷い倦怠感に襲われたり、睡眠自体が不可能になったり、睡眠欲そのものが消えてしまったり。
症状は人それぞれだ。
「[影纏]」
インソムニアは額のアイマスクを脱ぎ捨てると、代わりに影の額当てを装備した。
指が鳴らされるのと同時に、インソムニアの服が変化していき────。
インソムニアの身体を影が覆うような状態になってしまった。
「原理は簡単です。影を自分の体に纏わせるだけですから」
先程のだらしないパジャマ姿とは違い、しっかりとした戦闘服だ。
「や、やばいです静紅さん! インソムニアの戦力が……先程の比じゃないほど増幅しています!」
「だったらこっちもパワーアップするまでにゃん!」
もう一段ギアを上げるマカリナには、青い電気が迸る。
「ぶわっふ!」
その勢いだけで体が吹き飛ばされそうになるが、グッと堪えて地面にとどまる。
「これまた強い人同士のバトルかよぉ! ど、どうしようフレデリカ!」
「と、とりあえず一度引きましょう! 巻き込まれたら大変ですよ! ほらルリさん、歩いてください!」
「で、でもマカリナは大丈夫なのか!?」
フレデリカに担がれるルリは、それを拒むようにマカリナの方へ手を伸ばす。
その声が届いたのか、マカリナは振り返って。
「仕方ないにゃん、火山のミトンは譲ることにするにゃ。言っておくけれど、これは国交をよくするためにしているだけにゃんよ!」
マカリナは地面を叩き割るように殴ると、大声で吠えた。
「このインソムニアとかいう化け物、放置していたらいけにゃいって本能がうるさいのッ! ここは王の慈悲として、相打ちにでもしてやるにゃッ!」
「威勢が良い猫さんだこと。塵も積もれば山となる……単体は非力でも、集まれば驚異になるということをご存知ない?」
インソムニアはそう言って指を鳴らすと、彼女の後ろに何十匹もの影の動物達が召喚される。
「塵が何個も集まろうと、風が吹いたらみんな飛んでっちゃう。君のソレが塵だと言うのにゃら、私は強靭な暴風と言えるよ」
「いつまでその大口を叩けるか、見物ですッ!」
「獲物を狩る雷虎のように────穿て、[電天廻武]ッッッ!!」
「ふむ……月の光で生成した膜を身に纏う技、というところでしょうか」
マカリナは虎を模した光のオーラを身につけて、準備運動をする。
一体どれだけ強くなるんだあの王様は!
とりあえずここはやばい気がする、さっきまで息巻いていたフレデリカも今はもう逃げ腰だ。
マカリナのことをこの場で一番知っているのはフレデリカだ。ここはフレデリカの言うことを聞いておこう。
「ルリ!」
「言われなくても分かってるのだ!」
龍化九割を発動させたルリにみんなで乗り込み、遠くにいたマカリナの部下にも呼びかけた。
「ほら、あなた達も! 急いで!」
「えっ、あっ、はい!」
猫獣人3人をとりあえず引き連れ、私たちはその場から避難するように飛び去った。
「シズ、インソムニアはあいつに任せるのだ。あいつの代わりにも、我達は食材を集めてこの大会で優勝しなければならない」
「うん、そうだね」
マカリナの作り出した私達が逃げる時間。マカリナがインソムニアを撃退してくれれば最高なのだが、彼女は成れの果て。
私の知る成れの果てはみんな強かった。
人魚のイナベラ、旗槍のジャンヌ、化け物のホムンクルス。
流石のマカリナでも……。
「あ、あの……シズク様。我らのマカリナ様があなたに希望を託したということで……悔しいですが、コレを……」
そう言って、猫獣人から渡されたのは小さな麻袋だった。
「これは?」
六花が問うと、猫獣人は深く頭を下げながら。
「コショウです。恐らくこのアンダンテでは超の付く希少品のはずです」
「むっ? コショウと言ったのか? シズ、やったな! これで目標のコショウゲットだぞ!」
「いいの? 大切な物なんでしょう?」
「マカリナ様が居ない我らは部隊として機能しません。無関係な者に取られるよりはシズク様一行に渡した方が良いと考えました」
「そっか、分かった。このコショウきっと大切にするよ」
しっかしこのアンダンテとか言う会場、本当に広いな。
「フレデリカ、次の目標は?」
インソムニアはマカリナに任せて、私たちは優勝のためにいち早く食材を集めるんだ!
「天鱗山の霜降り肉のコショウ和えと来たなら、あっさりとした海鮮系料理でもどうでしょう?」
「あっさりとした海鮮料理ねぇ……海鮮茶碗蒸しとか?」
「チャワン、ムシ? なんですか? それ」
「私の国に伝わる美味しい料理だよ! きっと気に入る!」
なら次は海鮮茶碗蒸しの材料集めだな。
「幸い、卵や豆苗は採取済みです。あとは具ですね。静紅さん、やはりここは海老なんてどうでしょう」
「海老良いね! じゃあ海老にしよっか!」
私はルリに遠くに揺れる海を指し示した。
次の目的地は海だ!




