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第213頁 好きで好きで好き過ぎて

 お師匠様という存在は、私にとって勇気であり希望であり原動力である。

 一目惚れして弟子入りした訳だが、どうも私にはあまり気がないようで。

 気がつけば、いつもリッカさんと話している。


 ……私のことを見て欲しい。私のことだけを見て欲しい。


 どれだけそれを思っても、お師匠様には伝わらない。

 想い、悩み、想い、悩み。

 砂漠のように乾ききった私の心を潤したオアシスは、何者でもないお師匠様なのだ。

 私はお師匠様を必要としている。


 じゃあ、お師匠様は私を必要としているのだろうか。


 複数人とは言え、一緒に住み始めてはや数ヶ月。未だ私とお師匠様の間に強い何かは生まれていない。


 お師匠様は何を想っているのだろう。


 毎晩そればかり考えてしまう。

 お師匠様がアーベント・デンメルングへ出ていった時も、胸が槍で貫かれたように酷く傷んだ。

 私は何を望んでいるのだろう。


 ……私はお師匠様を……どうしたいの?


 返事の無い自問自答。深い闇に消えていくその質問は、やがて冷たい地下水溜りに落ちる。


 お師匠様の髪が好きだ。

 あのお日様のような明るく鮮明な桃色の髪、風に揺れてはらはらと巻き上げられる優しい髪。

 あの肩までの髪に全身を包み込まれたい。


 お師匠様の瞳が好きだ。

 どこか疲れているような曇った瞳だけど、ときたま出るやる気の満ちた本気の瞳が本当にかっこいい。

 あの瞳にいつまでも私を写して欲しい。


 お師匠様の顔が好きだ。

 年上なのにも関わらず、可愛らしい童顔のあの顔、照れた時に浮かぶあの果実のような赤い頬。

 あの優しい顔にキスをしてあげたい。


 お師匠様の身長が好きだ。

 私は少し身長が人よりも大きく、お師匠様は少し低い。一対一で話す時は必ずお師匠様が見上げる形になるので、それが可愛らしい。

 その身長をもっと低くして抱き抱えて上げたい。


 お師匠様の手が好きだ。

 いつも整えられて白いすべすべした手指は、私の肌を羽毛のように優しく包みこんでくれる。

 あの手になら、私のどこを触られても嫌がりはしないだろう。


 お師匠様の仕草が好きだ。

 本当にちょっとした仕草が本当にかっこよくて可愛い。手を伸ばす仕草、髪を耳にかける仕草、はたまた服を脱ぐ仕草など。

 あの仕草を見つけるだけで心が癒される。


 なのに……こんなにも私はお師匠様を愛して止まないというのに、お師匠様は私に振り向いてくれない。

 それだけでなく、幼馴染のリッカさんに首ったけである。

 15年来の積み重ねてきた繋がりは、言葉で言い表せるものでは無いだろう。そしてそれは誰かが断ち切っていいものでは無い。

 それでも私は、お師匠様を独り占めしたい。


 リッカさんが嫌いな訳では無い。しかし、お師匠様と話しているリッカさんを見るとどうも胸がギクシャクしてしまう。


 この気持ちは何なのだろう、落ち着かせるにはどうすれば?

 女の人が好きなんじゃない、男の人は好きになれない。お師匠様が好きなんだ。


 ……お師匠様を独占すれば、この気持ちは消えてくれるのだろうか。



 ・・・・・



「ねぇ、フレデリカ最近ちょっと変じゃない?」


「ん?そうか?我にはあまりそんな感じはしないが。まあでも、シズが言うのならそうなんだろう」


 雪原地方へ向かう竜車の中、ぼーーっと窓から外を覗くフレデリカを見つけ、私は向かいのルリに声をかけた。

 この竜車は特殊な感じで、客席型の新幹線みたいなもの。

 私の隣に六花、向かいにルリ、斜めにフレデリカといった並びになっている。

 六花はこくこくと眠り、ルリは私と雑談、フレデリカは先程言ったようにぼーーっと外を見ている。


「何かあったのかな?いつもなら、六花が寝てる間に私を独り占めしようとしてくるのに」


「よし、ここで我が予言してやろう!くっくっく……言っておくが我の予言の命中率は5割!これは画期的だぞ〜」


 そう、ルリは未来予知というか何か[予言的なことが出来る]能力を持っている。

 ルナのように人の生き死にに関する重要な予言は出来ないが、結構色んな分野を予言できるらしい。

 ルリは私に五本の指を立てて、それから腕を組んでドヤ顔を見せた。

 5割か……と彼に聞こえないように呟いて、とりあえず予言させてみることに。


「じゃあ、お願いするね。……フレデリカはどうしてあんなにぼーーってしてるの?」


「……うーむ、恋煩いと出ているが。シズ、お前何かやったのか?」


 どうやらフレデリカがぼーーっとしている原因は恋煩いらしい。

 別名恋の病と言われるソレが彼女を襲っている?また一体どうして……。


「…………」


 六花は眠り、フレデリカはぼーっと、ルリと私はそのまま無言で竜車に揺られて行くのだった。



 ・・・・・



「お師匠様!到着しましたよー!ここが雪原地方、料理都市クックードです!!」


 遠くの方でこちらに手を振るフレデリカの姿。その背景にはたくさんの雪が降り積もる賑やかな街が胸を張って建っていた。

 雪が積もらないように工夫された三角屋根、そこから突き出るレンガの煙突。

 クラ=スプリングスのような黒煙ではなく、かまどの煙が外に放出されている。


 辺りには料理大会に参加する人達が集まり始めている。


「ルリさん、フレデリカさん、くれぐれもバカをやらかさな────」


「あはははー!雪なのだ〜!」


 2人に注意する六花の声を遮るように、ルリはテンションを上げてフレデリカの方へ走っていってしまう。


「……はぁ、あまりきつく言うのもナンセンスですよね。人に迷惑をかけなければ問題はありませんし」


「うん、さあ六花!私たちも行こうよ!」


 六花のため息が、寒さで凍る。

 白い息が彼女のほんのりと紅い顔を隠すかのように広がって、やがて消える。


 寒さが一段と厳しくなっていく中、心の熱はどんどん加熱して────。







次回の投稿は来週の金曜日です!


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