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第193頁 惨劇を経て

「どうだった?大丈夫だったかい?」


 中央図書館へ帰ると、紗友里が心配そうな顔をで私達を出迎えた。処刑台は地下水路からのみの観察にすると事前に伝えていたが、それでも彼女は心配だったらしい。

 私達はつい数分前に人が処刑されるシーンを見たわけで、精神的に絶好調と言えるものではなかった。

 そんな様子を察してか、紗友里はしつこく聞くのはやめて優しく飲み物を淹れてくれた。


「ありがとう紗友里、ちょっと疲れちゃったからもう休んでいい?」


「あぁ、構わないよ。無理は一番いけない、君の部屋の寝る準備をしてくるから、しっかりお茶を飲んで休むといい」


 私は白い陶器に淹れられたお茶を飲み干した。

 この国で人が死ぬところを見るのは二回目だ。そのどちらも、残酷な死に方をしていた。

 カルディナの時のように、決して儚い命が消える美しい感じではなく、心無い人間の行動により無理やり命が奪われた感じだ。

 どうして罪のない人間があんなことをされないといけないんだ。

 あの人たちにも家族がいて、歩んできた人生があった。それをたったひとつの刃物で消滅してしまうなんて、誰が許せるものか。

 生きてきた人生は紛れもない現実だ。その人だけの人生譚なんだ。誰とも被らない綺麗な人生を送ってきていたのに、それが一瞬で幻想へと変わる。そんなのが許されていいのか?

 そんなのってあんまりじゃないか。そんなのって……酷いじゃないか。

 そんなんじゃ、死にきれないよ……。必死にもがいて生きてきた人生だからこそ、寿命が来たときに笑って死んでいける。

 あの残忍姫は、そんなものも奪っていってしまうというのか……。

 こんなこと、今すぐにでも止めてやる。私が何とかして変わるわけじゃない。それでも私は……。


「シズ、あまり思い詰めない方がいい。今はゆっくり寝て心を落ち着かせることに専念した方が気持ちがあるだぞ」


「そう、今のシズクさんからは良くない雰囲気が感じられる……。寝て起きたら少しは楽になる」


 私の心配をして、早く休むことを勧めるルリとルナ。

 私よりも小さな少女と少年がそんなことそ言っているのだ。無視するわけにはいかない。


「うん、ありがとう2人とも。ちょっと休ませてもらうね」


 人生って不思議。会社で働いていた時は、話したこともないし顔も見たことのない別世界の住民だった。でも、今はそうじゃない。一緒にわらい、一緒に泣き、一緒に怒る。

 喜怒哀楽を共にし、彼女たちの人生のひとかけらとして私は存在している。


 私はゆっくりと立ち上がって自室の方へ歩いて行った。

 そしてベッドに死んだように眠りについて────



 ・・・・・



 満天の青空、もくもくと浮かぶ白雲。

 温かな日差しを浴びて、可愛らしい花の香りが鼻腔を刺激する。

 私はゆっくりと目を開けると、信じられない景色が広がっていたのだった。

 この場所には一度来たような気もするが、記憶には無い。

 色とりどりの花が陽に向かって咲き乱れ、風に揺れている。

 永遠とも思える花園は、地平線の向こうまで繋がっているのだろうか。

 上手く思考は回らず、ただその場に存在することしか出来ない。

 そして、誰かに話しかけられたことで思考は回復する。


「どう?あなたがここに来るのは二回目なんだけど、覚えてるかしら」


 聞いたことのある声に振り向けば、そこには桃色髪の大人な印象の女性が。

 やはりこの場所には一度来たことがあるのか。でも、一体いつなんだろう。


「いつぐらいに来たか分かる?私は全く覚えてないんだよ……」


 私は彼女に聞いた。すると彼女はけだるそうに溜め息をついて。


「はぁ、あれよ。クラ=スプリングスへ向かう竜車の中、今回のように呼んだのよ。心の銅鏡を渡したでしょう?証拠品があるから、否定は出来ないはずだわ」


「ああ!あれね、今も持ってるよ」


 私は腰に下げたポーチの中から、大切に保管した鏡を取り出した。

 クラ=スプリングスに向かうとき、目覚めたら手に握っていた謎の銅鏡。彼女からの贈り物だったのか。

 これはどういったものなのか、と聞こうとしたそのとき、彼女は話を変えてきた。


「成れの果てについて調べたそうね。ホムンクルスが成れの果てだって気付けたのは、あのメイドのおかげかしら。大事にしなさい」


 そんなところまで見られているのか。まぁ、見られて困るほどでもないけど。


「あなたも成れの果てなんだよね……?ってことは、元は人間だったの?いや、今でも人間にしか見えないけど」


 イナベラの時もそうだったが、進行度の高い成れの果ては人間そっくりなのだ。しいて言うなら、イナベラは呪いの体を持っていたということ。

 人並外れた知能や筋力を持つ成れの果て。彼女もその成れの果てだと自分で言っていた。

 彼女の名前はペルソナリテ、傲慢の成れの果てだ。

「まぁ、成れの果てだということを否定はしないわ。元が人間だったかは……想像に任せる」


「そっか。もしあなたが成れの果てなら、私はあなたを人間に戻す努力をしてあげたいの」


 進んで成れの果てになったのかは分からないが、やっぱり成れの果てという存在ではなく、人間としての彼女と話したい気持ちが芽生えているのだ。


「そう……。やめておいたほうが良いと思うわ。私達に関わると死ぬわよ」


「死ぬの?私が?まさか、どうしてあなたと仲良くするだけで死なないといけないんだよ」


「……?あなたは私を警戒しないの?成れの果てなのに?」


 呆気を取られたような表情で、彼女は聞いてくる。

 何を言っているか分からないが、グループ名や種族名で迫害するのだけは許せない主義なんだよ。別に彼女がわるいことをしたわけでもないし。


「成れの果ては警戒しないといけないの?それに、私とあなたはなんだか似ている気がするの。そんな人を放ってはおけないじゃない?」


「……この話題の答えは保留よ。これだから人間というものは、、、」


 そういって顔を背けると、彼女は本題に入るように気持ちを切り替えて続けた。

 花園の中心にある茶会場に座り、出された紅茶をすすり飲む。


「まぁ、あなたなら大丈夫だと思うけど、ジャンヌが心配ね……。ちびメイドが言ってた通り、彼女の未来は虚無よ。それが何を意味するのか、分かっているでしょう?」


 ちびメイドというのは、ルナのことで、アーベント・デンメルングに来たときに言っていた言葉だ。

 ジャンヌの未来は虚無しか見えない。

 それが何を意味するのか、考えなくても分かる。

『彼女の未来が虚無、やるべきことは分かってるでしょう?』それは教会の浴場で言われた言葉だった。


「分かってるよそれくらい……、これでも成人してるんだから。ジャンヌみたいな小さい子がどうして死なないといけないの?どうしてあなたは助けてくれないの?」


「質問をひとつにまとめなさい」


「っ……、どうしてあなたは助けてくれないの?」


 たとえ成れの果てであっても、教会に来れたということは私達の前にも現れることはできるはず。そして、彼女の力があればクリュエルを圧倒することさえ簡単だろう。それが無理でも、ホムンクルスの相手ぐらいはできる。


「……」


「……どうして、何も言ってくれないの?」



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