第187頁 メルク・ホムンクルス
「……とりあえず、会議を終わらせよう。えっと、ホムンクルスについてだったね」
紗友里もルナのことが心配なのは山々だろうが、一人の悩みより20人の命。作戦会議の続行を選んだ。
ホムンクルス。
クリュエルの能力───禁忌術と呼ばれる、世界で決められた[使っては行けない魔法]を使用して生み出される怪物。
木の大きさほどの身長に薄橙の肌。全体的に筋肉質で、移動速度、パワー共に魔物の中でトップクラスを誇る。身体のどこかから黒い杭が飛び出したようになっていて、顔は顎の出た巨人のよう。
物理攻撃は筋肉のせいでほとんどダメージが入らず、魔法攻撃が有効打だと思われる。
彼らは額が弱点で、そこを狙えば物理攻撃でも何とか仕留めることができるらしい。
破壊の限りを尽くし、クリュエルの指示には従う。人の言葉は話さず、魔物のような唸り声を上げる。
「分かっているのはこのくらいか。禁忌術を使用してホムンクルスを生み出していたとは……ルリのお手柄だな」
ルリの居てくれたおかげで、禁忌術の気配を感じることが出来た。正直、それ以外の人では何も感じなかっただろう。
「ふっふっふ、まぁ我は最強だからな!」
「そうは言っても、禁忌術って何?私、あんまり詳しいこと知らないんだけど……」
生贄とか血とか使うのは知ってるけど、具体的に禁忌術ってなんだろう。
「うむ、国連で決められた[使用しては行けない魔法]だ。普通の魔法は、魔分子や魔力を使うけど、禁忌術は生き物の生命力を使用する」
「生命力?」
紗友里の説明に、私はさらに首を傾げる。
「分かりやすく言えば、寿命だね。自傷も、生贄も、多かれ少なかれ誰かの寿命を使っているんだ」
「そういう事ね……。詳しいことは本で探すことにしよっか!」
百聞は一見にしかず。いや、本も見ているから一見なのか?でも、正確な情報が欲しいのには変わりない。
というわけで、ホムンクルスの資料散策をしよう!!
・・・・・
禁忌術についての本を探すことに、時間はあまり要さなかった。
魔法系統の棚を見つけ、その奥にいかにも封印されてそうな分厚い本があったからだ。
30分ほどの散策で、各々気になる本も持ってきたらしい。それは私も例外ではない。
「聖具……私の旗槍以外にも聖具があるのなら知りたいものです」
ジャンヌは、禁忌術の本に比べればかなり薄い[聖具一覧]の本を持ってきていた。
ルリはと言うと。
「やはり魔法の強化だな!」
まぁ、言わなくても分かる通り、更なる高みを目指すために[魔法威力強化]についての本を持ってきた。
読んだからって強くなるわけじゃないからね。
「これがルナの本で、これが私のだ。ルナはこの図書館がかなり気に入ったらしい……、会議には出席しないらしいが」
そう言って、紗友里が出してきたのは[思考的化学実験]という難しそうな本と[世界史]という本だった。
思考的化学実験ってあれだよね、シュレディンガーの猫とか水槽の脳みたいなやつ。結構私好きなんだよね〜。
世界史と言えば、多分この世界の世界史だよね。私も普通に気になる。
「私は世界中の国についてだよ!題名は[行こうよ海外]かぁ」
そう、題名の絶妙なダサさはさておき、私は海外についてまだあまり知らない。まぁ、自国についても何も知らないので、まずはそっちを先に勉強するべきなのだろうが。
表紙を見てみると、すぐに【ヴァイシュ・ガーデン】の場所がわかった。形で言えばオーストラリアっぽい感じだ。大雑把に言えば四角形っぽい形で、ところどころデコボコしてるイメージ。
そこの周辺に、かなり小さな島国がある。これが【アーベント・デンテルング】だろう。
さらに北へ行けば、とても大きな大陸があることが分かる。島国だけでなく、やはり内陸国もある分けか。
「そうだね、静紅は外のことをあまり知らないから、今のうちに勉強しておくのもいいかもしれない」
「えぇ!?そうなんですか?シズクさん、しっかりしてそうなのに……」
「あ、あはははは……」
その心配の声が刺さるんだよ、ジャンヌ。
やめておくれ、、、。
さてさて、私たちは円になり、中心に禁忌術についての本を置いてみんなで読むことにした。
【禁忌術】
その名の通り、使用することを禁止されている魔法。
通常の魔法は魔分子を使用して発動するが、『代償として生物の生命力』を使用する。
その量は術によって差がある。
血液一滴の術もあれば、生命5つの術もある。
【人造人間創造】
使い主に従順な生物兵器、人造人間を創造する術。正確に言えば、人間を生物兵器へと変貌させる術。
・代償は成人一人の生命、または子供二人の生命。
・一度の創造の限度は10体で、代償は1体ずつ適応され─────
「待っ、待つのだシズ!ユリ!つ、つまりこれって……」
読み進めていくと、ルリが急に本を閉じて声を出した。
さらに慌てた様子で、ルリは立ち上がる。
そしてジャンヌも震えた声で。
「代償は、人間の生命……って、どういうこと?まさか、ホムンクルス一体につき、人の命がひとつ禁忌術に使われたってことじゃ……、」
何かを察したようにジャンヌは目を見開いて、ルリと同じように立ち上がる。
「そ、そんなの、彼らが本当の人間と言っているのと変わらないじゃないですか!私たちがホムンクルスを殺さなければ、彼らはまだ生きていた……。ホムンクルスを殺すということは、人間を殺すことと何ら変わりないってことなんですか!?」
「お、落ち着いてジャンヌ。まだ決まったわけじゃ……」
「これが落ち着いていられますか!今まで、たくさんの仲間や仲間の家族が連れていかれました。そして、その姿を見た人は誰一人居ません!もし、禁忌術の代償として連れていかれた人の生命が使われているなら……あの方達はもう既に……」
ジャンヌのその言葉に、私たちは何も言うことが出来なかった。
生物兵器を作るために、人の命を奪って言い訳がない。
人をホムンクルスに変える禁忌術があるのなら、ホムンクルスを人に戻す禁忌術だってあるはず。
その可能性を消し、ホムンクルスの息の根を止めたのは紛れもない……。
「落ち着いて考えよう、平常心を失った時、人は正しい選択をすることが出来なくなる」
その紗友里の言葉に、私はハッと顔を上げる。
一度深呼吸をして、口を開いた。
「仕方ないことだったんだよ、ジャンヌ。どの道、あそこで抵抗しなければ私たちは死んでいた。ホムンクルスを倒す決断をしたから今の私たちがいるんだよ」
「そうは言っても……。本来守らないといけない人たちの命を奪ってしまったんですよ?」
そのジャンヌの言葉に、紗友里はゆっくりと応える。
「消えた命は戻らない、なら、せめて今残っている命を救う努力をした方が懸命だよ。そうだろう?ジャンヌ」
「でも……」
「安心して、ジャンヌは一体もホムンクルスを倒していない。倒したのは全てこの私だ。自身の行動を悔いるなら、今この場で私を殴っていい」
「……、殴れるわけないじゃないですか。確かに私は一体も殺してませんが……」
「なら、それでいいんじゃないのかい?それ以外に、君は何を求めるんだ。まだ助けられる命があるのに、君はそれを捨てて過去を引きずるのかい?」
「私は……!助けられる命を助けたい。死んでいった仲間のためにも、ホムンクルスを人に戻す努力をしたいです」
「よく言った、ジャンヌ。君は賢いよ、将来この国の王になるかもしれないね」
二人の会話をさておき、私とルリは[ホムンクルスを人に戻す]禁忌術のページを探していた。
人をホムンクルスに変貌させる禁忌術なら、ホムンクルスを人に戻す禁忌術もあるはずだ!
「あった、これなのだ!」
ルリが勢いよく本を指さす。
目に飛び込んで来たのは、驚くべき文章だった。
「まさか……ジャンヌ、これを見て!」
【対人間術解除】
全ての禁忌術で変化した人間を元に戻す禁忌術。
・代償は聖女が聖具[星の耳飾り]を使用する、聖女の生命。
・使用すると、一定距離範囲内の禁忌術を解除することが出来る。
「わ、私……!?」




