第186頁 誰の役にもたてなくて
「ご苦労さま、無事に作戦が成功してよかったよ」
軍服を着た女性[伊豆海紗友里]が私の手を握って、無事を喜んだ。
ルリは、さっそく運び込まれた布団で睡眠を取り、スズメの姿はさっきから見えない。
教会からこの図書館までの道のりは徒歩10分ほど。地下水路で繋がっているとはいえ、
地下水路⇒教会は可能だが、教会⇒地下水路は構造上出来ないらしい。
完全な一方通行という訳だ。
教会に住んでいた人達の力もあり、日が落ちるまでに全ての荷物を運ぶことが出来た。
早朝から作戦が始まり、今ではもう夕陽が窓から差し込んでいる。
紗友里のメイドのルナは、運んでくる荷物にメモを貼って何が入っているのかを分かりやすくしたり、荷物の置く場所を指示している。
「ありがと、紗友里。ジャンヌはまだ起きそうにない?」
「あぁ、ジャンヌなら……ほら」
紗友里は辺りを見渡して、人混みの中を指さした。そこには蒼眼金髪の少女が忙しそうにしていた。
「あれ?起きてるじゃん!!大丈夫なの?」
「予定より早く起きてくれてよかったよ。なんなら挨拶してくるかい?」
私は紗友里に手を振って、ジャンヌの方へ走っていった。
住民達はせかせかと私物の整理を行ったり、館内の掃除を行ったりしている。
「ジャンヌ!」
「ひぅ!?あ、あぁ……、シズクさんでしたか。どうかしました?」
私は後ろからジャンヌの肩を軽くたたいた。たたいたのだが、ジャンヌは酷く驚いて腰を抜かしたように床に座り込んでしまった。恐らくおどおどジャンヌ状態だな。
「目を覚ましてたんだね!よかったよー」
「お、大袈裟ですよ……。でも、作戦が成功しているみたいで良かったです。今の私には、何が何だか分かりませんが」
「大丈夫だよ、順々で理解していけば!それよりも、どこか調子が悪いところは無い?」
私の心配の声に、ジャンヌはぎこちない笑みで返す。
「えぇ、おかげ様で大丈夫です。全く痛むところはありませんよ」
「おーい、シズクちゃん!ちょっとこれ浮かせて運んでくれ!」
ジャンヌと話していると、遠くから教会の住民に呼ばれてしまった。
教会から運んでくるときもそうだったが、家具の持ち運び等は私の専売特許なのだ。出来ることは進んでやりたい。
「ごめんジャンヌ、また今度!」
「はい、お気になさらず」
こうして、私はジャンヌと別れた。
・・・・・
「では、これから今後のことについての作戦会議を行う。円滑に会議を進めるため、たくさんの案を出してくれると助かる」
紗友里のその一言によって、中央図書館初めての作戦会議が開かれた。
もう作戦会議には慣れたものだ。
出席者はルナ、ルリ、紗友里、ジャンヌ、そして私。
「あ、あの……。これからの計画についてなんですが」
「ん?どうしたジャンヌ。君のことだ、何かいい案でもあるのだろう」
ジャンヌが恐る恐る手を上げると、紗友里は腕を組んで笑顔で彼女を見た。
震える唇を動かして、小さな声で。
「ホムンクルスについて、情報を集めておきませんか?幸い、ここは国内最大の書物庫。情報なら右にならぶところはありません」
「うむ、確かにそうだね。今わかっていることだけでも、この中で情報を共有しておいたほうがいいかもしれない」
そう、未知で最も不安要素のある[人造人間]。
彼らについては、この国の人にも分からないことだらけらしい。この機会に、一度調べてみるのもいいかもしれないな。
「ホムンクルスと言えば、ユリの方はどうだったのだ?」
机に肘をついて、ルリは紗友里に質問した。
「ユリ……?あぁ、私のことかい?そうだね、私の方は物理攻撃で攻めたがあまり手ごたえはないように感じたよ。どうもあの筋肉が刃から身を守っているらしい」
「そういえば、ルリの魔法だったら一掃できたよね。もしかしてあれかな?物理攻撃には強いけど、魔法攻撃には弱い的な」
「なるほど、確かにそれは有り得るな。なら、ルナも支援魔法より攻撃魔法を使用した方が良さそうだ。出来るかい?ルナ」
昨日の襲撃で、紗友里は物理攻撃で攻めたがかなり苦戦したようだ。それに比べてルリのエレメンタル・リベンジでは溶けるように消えていってしまった。
こういう所は、ゲームで培った知識を使っていこう。
つまり、剣・槍・弓・銃等の物理的な攻撃を受けた時、彼らの筋肉のせいで神経まで痛みが通らないが、魔法的な攻撃では筋肉を貫通してダメージを与えられるということだ。
「……ルナは、みんなの力には……」
「どうしたんだルナ。いつものルナなら、『うむ、任せておくといい…!』とお前らしく元気に言うじゃないか。何かあったのだ?」
なんだか元気が無いルナに、ルリは近寄って顔を覗き込む。
それに頷いて、ルナは顔を下に向けた。
「あの時、ルナは誰の力にもなれなかった。ホムンクルスの駆除はおろか、サユリ様の足でまといになってしまった……。ルナの能力は[姉さんに触れている間のみ魔力が向上する]というもの。姉さんが居ないということは、今のルナは誰の力にも……!」
悔しさからなのか、ルナは拳を握って膝の上に置いた。唇を噛み締め、いつもの彼女からは想像できないような様子で今回の失態を伝える。
「ルナは王国最強の魔法使い、だと思っていた……。でも、それは違った。ルナと姉さんで、2人でひとつの魔法使いだった……。自分の力を過信し、自惚れ、そしてこの失敗。あぁ、姉さんが凄かっただけだったんだなって、薄れていく意識の中強く思った……。ルナは……もう、最強じゃ……」
彼女のトパーズのような優しい瞳から、涙がこぼれる。途切れ途切れの言葉一つ一つが、彼女の心の奥を鮮明に伝えてくる。
「……っ!」
「ちょっと、ルナ!?」
「ついてこないでっ……!少し、、、一人にさせてほしい」
突然立ち上がったルナに反応して、私は手を伸ばしたが、それは彼女本人の手によって止められた。
「そっか、そうだよね。わかった、作戦会議の続行は任せて」
そう伝えると、ルナは無言で泣きながら暗がりへ行ってしまった。
年齢は分からないが、身体はまだ小さな子供の彼女。年齢と精神は比例して成長しないと言うし、ここまで来れただけでも凄いのだ。
『姉さんが凄かっただけなんだって……』
その彼女の一言が、私の中で何度も何度も繰り返された。
かつての私も、そんなことがあったっけ。
思い出すだけでも嫌になるからあまり振り返らないが。
ねぇルナ、あなたは誰の力にもなれなかったって言ってたけど、そうじゃないと思うんだ。
きっと誰かがあなたに助けられているよ。誰も助けていない人なんて、この世に存在しないのだから。
「ルナ……」
ここにいる誰よりもルナと共に生活した紗友里が、静かにそう呟いた。




