第184頁 君となら
森の奥から涼しげな風が吹いてきて、道に落ちている落ち葉が微かに揺れる。
目の前には頭にバンダナを巻いて刃こぼれしたナイフを持った、盗賊団。その数およそ三十。その中に一際目立っているのは一人の女性だ。
真っ赤な髪に燃えるような瞳、白狐の面。両手からは炎が吹き出し、盗賊団のリーダー。
[リュカ・アザリア]という人物だ。
『高価で取引されている龍の角を奪うため』にこの村を襲ったようだが、ほとんどの村人は角を持っていない。ある程度力のある人たちは動物狩猟の遠征に出ていて、とうぶん帰ってはこない。
村に残った有力者は自分とティアだけ。そして、全員を救える可能性があるのもこの二人だけだ。
「ここに残る決断をしたということは、戦う覚悟があるということ。その覚悟があるというのなら、力で示せ!!」
リュカの声に、その場の全員が身震いする。
張り詰めた空気の中、リュカは手を前に出して魔法の詠唱をする。
「禁忌術・獄炎波浪!!」
「禁忌術……?」
禁忌術。
それは、使っては行けない魔法と本に書いてあったのを覚えている。
何故使ってはいけないのかは定かではないが。
禁忌術の気配。それは尋常ではないナニカだった。
「まずいぞティア!このままじゃ村に火が……!」
先程の禁忌術で、辺りが一気に火の海と化してしまった。後方50メートル先には木製建築の村がある。そんなところに火が燃え移ってしまう。
夏の暑さと火の熱で、この周辺は灼熱地獄になっている。
「だったら早く終わらせて消火しないと!」
そう言って、ティアは腕をまくった。そして拳を強く握って前方に走り出す。
「はぁッ!」
「ふごっ!?」
彼女の強い膝蹴りが盗賊団の一人の顔に命中する。一発ノックアウト!あれは痛い。
驚く盗賊団たちだったが、間髪入れずにティアは回し蹴りをして複数人を文字通り蹴散らした。
「どんどん行くよ!さぁ、かかってきな!」
「女がなめんなよ!」「いけいけーー!」
一対三十の大乱戦を繰り広げる中、自分とリュカは無言でにらみ合っていた。
倒すなら一撃だ。瞬間魔分子破裂で……。
「私には義理の妹がいてな、丁度そのくらいの大きさだったよ。とある夜に別れてしまったがな。この面は妹から貰ったものなんだ。魔法軽減の魔法がついている面……この村の住民たちには天敵だと思わないか?」
「確かに厄介な魔道具だな……、でも我の魔法はその軽減をも突き抜ける」
「ふむ、まぁ立ち話は疲れる。できれば早く決着をつけたいところだな」
そういってリュカはこちらに炎を飛ばしてきた!
驚いて避けるが、続いてどんどん火の手を伸ばしてくる。
「ティア!あれをやるぞ!」
自分はティアを呼んで近くに寄らせる。2人で空高く飛んでいき、地上を見下ろすかたちでその場にとどまった。
「本当にやるの?」
「何言ってるのだ、やるからには全力だ。今出せる全力をあいつにぶつける!」
その言葉に「やれやれ」と言わんばかりに溜め息をついた彼女は、自分と同時に手を上げる。
「「……」」
耳を撫でる、心地よいそよ風。服が微かに揺れて、隣にいる少女の香りが鼻に入ってくる。
太陽の優しい香り。
「我の名前はルリ!半龍族最強のオス、そしていつか龍と人間の仲を元に戻す者!」
「私の名前はティア!半龍人最強の最強!誰かの役に立つために日々努力する者!」
自分は右手、ティアは左手を上げて声を張る。2人の魔法陣は混ざりあい、ひとつの大きな魔法陣へと成長した。
「2人の後輩を持ち、これからの新しい出会いに心躍らせている!」
「最高で最強なつがいを持ち、永久の平和を願っている!」
自分は左手、ティアは右手で、お互い強く手を組み合わせる。
2人は龍化を四割から五割に引き上げ、魔力の使用限界を増やす。
最高で最強なつがい。というキーワードについていろいろ聞きたいところがあるが、今は戦いに集中だ。
「この先、大きな壁が立ちはだかろうと!」
「この先、強い敵が私の前に現れても!」
「姉貴!やばい気がします!逃げやしょう!」
慌てだす盗賊団たち。だが、リーダーであるリュカは逃げようとはしない。
「かかっ、いいだろういいだろう!お前たちの全力、お前たちの覚悟!この身で、この身体で受け止めてやろう!」
「姉貴ぃぃぃぃいいい!!!」
目を輝かせてこちらを見るリュカ。
それに答える形で、どんどん魔法の力を上げていく。
「たとえ、辛いことがあろうとも!」
「たとえ、悲しいことがあったしても!」
数秒の間、何重にも魔分子で組まれた魔法陣は視界を埋め尽くすほどの巨大魔法陣へと姿を変えた。
さあ、この戦いに終止符を打とう。
「「君とならッ!!」」
巨大魔法陣の中心に、いくつもの小さな魔法陣が出現して。
「「瞬間魔分子破裂!!!!」」
轟音、突風、閃光、衝撃。
そして…………。
・・・・・
「なぁ、本当にいいのか?本音を言うと、一人だと心細いぞ……」
ある晴れた日のこと。
「今更何言ってるの!何回も言ったでしょ、私が居なかったらこの村は誰が守るの?」
村を救った2人の英雄は傷を癒し、平穏な日々を過ごしていた。
「うぅ、なぁティア……本当にダメなのか?」
王都へ向かう予定だった一人の半龍族は、その日が来たので出発することになった。
「だーめ!全く、こういう時には甘えん坊なんだから」
しかし、その半龍族のつがいである少女は共に来ることを拒んだ。
「酷い、酷いのだぁ!!母さん、ティアがいじわるしてくる!」
彼女曰く、この村を守るために行くことは出来ないらしい。
「ルリ、ティアちゃんに迷惑かけたらダメよ。さぁ、いったいった!」
新しい出会いには別れも必要で。
「……はぁ、じゃあなティア。最強の最強という称号、忘れるんじゃないぞ!」
旅路を前に、半龍族は好奇心でいっぱいだった。ここから王都までの一人旅になるからだ。
「うん、また戻ってきてね。いつでも待ってるからね!」
つがいを残して旅をすることに少し躊躇いもあったが、本人の意見を尊重することも大切で。
「母さん、ティア。それじゃ、行ってきます」
その半龍族は翼を生やして高く飛んだ。必ずここに戻ってくると、必ず目的を達成すると。
「行ってらっしゃい、ルリ」
つがいのその声が、静かに半龍族の背中を押したのだった。




