表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/1423

総集編 セイレーン・シンフォニーその1


 料理大会、雪の村ルドリエ、半龍族奪還作戦と怒涛の勢いで流れた遠出から帰ってきた静紅たち。


 フレデリカの幼なじみであるアルトリアを改めて家族として受け入れ、静紅は彼女に服を買ってあげた。


 一方その頃、海に近い村ウォーター・シェルでは[とある影]が蠢いていた。


「……あれ? 何、これ」


 海辺の洞窟の奥で、銀髪の人魚の少女イナベラは初めてソレと対峙する。


 ─────イナベラ。


 フレデリカの記憶を奪われ、それを取り戻すため静紅がウォーター・シェルを訪れた際に友達になった人魚の少女だ。


 そんなイナベラの影から突然、もう一人のイナベラが飛び出してきたのだ。


 言うなれば、悪のイナベラだ。


 以下、本来のイナベラを善イナベラ、影から飛び出た方を悪イナベラと呼称しよう。


『おはよう、あるいはこんばんは? 私はイナベラ、人魚として忌み嫌われる存在』


「違う、私がイナベラ。あなたは誰なの!?」


 悪イナベラの話を聞くに、人魚は本来呪われた存在で、人間たちを殺す使命を背を追っている。


 しかし善イナベラは特殊で、その気持ちをグッと押さえ込んで人間たちと仲良くしようと試みてきた。


 その結果、彼女の潜在意識よりも深い場所で悪の感情が破裂し、悪イナベラが生まれてしまったようだ。


「そんな……私はみんなと仲良くしたかっただけなのに……」


『この体に慣れたら、私はすぐにでも人間たちを殺しに行く。でも良いよね、本来あなたがするべきことを、私が代行するだけだから』


 そう言って、悪イナベラは洞窟を出て行き、夜の闇に消えてしまった。


「大変、このままじゃ……みんなが殺されちゃう……!」


 善イナベラはしばらく思考すると、唯一の友人に手を借りることにした。



・・・・・



 イナベラが善と悪に分離するより少し前、静紅と結芽子はウォーター・シェルに仕事で訪れていた。


 何でもウォーター・シェルに新しく貿易港を作るらしく、建設予定地には数多くの騎士たちが集まっていた。


 顔馴染みの騎士たちと交流しながら、建設の手伝いをしているとあっという間に夜になった。


 ウォーター・シェルの宿屋で休んでいると、静紅に用があると言って一人の少女がやってきた。


「あっ、久しぶりイナベラ! 元気?」


「ん、久しぶり。相変わらず人間は意地悪だけど」


 適当に再会の挨拶を交わすと、イナベラは静紅に[悪イナベラ]について話し出した。


「なるほど、イナベラの悪い感情が人間たちを襲おうと……」


「体が慣れるまでってどれくらいやろ、大体二日とかかな? どっちにしろ時間は無さそうやな」


 これだけ急だと周囲に協力を求めるのも厳しい。


「そう、だよね。やっぱり二人を危険に晒すのは悪い、私一人で……」


「なーに言ってるの! 私とイナベラは親友。何があっても私はあなたに協力するよ」


「……ふふ、ありがと。やっぱりシズクは優しいね」


 かくして、静紅と結芽子は友人のイナベラを助けるため、暴走する悪イナベラを止める決意をするのであった。


 イナベラの悪意が爆発し、意思を持って出て行ってしまった今、善イナベラは純度100%の善人だ。


 しかしその逆も然り。悪意100%を持つ悪イナベラの脅威は、静かに近づいている。



・・・・・



 善と悪に別れ、体力を消耗してしまったイナベラは、静紅に勧められてしばらく眠ることにした。


 その夢の中で、イナベラは自身の過去を回想する。


 なんとイナベラは過去にこの国の王であり、静紅と同じ日本出身の転移者である紗友理と出会っており、数日間生活を共にしていたのだ。


 彼女は生まれた時から人魚だったわけではない。


 が、彼女は運悪く他と違う色素のない髪を持って生まれてきた。


 ソレが理由で忌み嫌われ、周囲の人間から避けられていたのだ。


 そんなイナベラに優しく接してくれたのが、この異世界に転移してきたばかりの紗友理と、その親友の凪咲だった。


「人間はみんな悪い人だと思ってたけど、二人みたいな優しい人もいるんだね……」


 二人は村の連中からイナベラを守るため、行動に移そうとする。


 しかし自分のことなのに二人に任せきりなのは良くないと思ったイナベラは、ある噂を元に月夜の晩に海岸へ赴いた。


 そこには小さな屋台があり、その店では天から力を授かれる薬が置いてあるらしい。


 イナベラは所持金を全て握り締め、その店へ向かった。


 怪しげな店主から薬を購入すると、イナベラは一思いにその薬を飲んだ。


 その次の朝、イナベラが目を覚ますと以前からは想像できないような漲るパワーを感じた。


 なんと薬が効いたのだ。


 代償として日光を浴びれない体になってしまったが、その代わりに拳一つで岩をも砕ける怪力を手に入れたのだった。


 イナベラは紗友理と凪咲にそのことを打ち明けた。


 二人は当然驚いたが、心優しい凪咲は「私たちのためを思ってしてくれたんだよね、大丈夫だよありがとう」と言ってイナベラを抱きしめた。


 日光を浴びると焼けるように痛い、水に触れると足が魚のようになる。


 以上の条件から、紗友理はイナベラが人魚になったのだと断定した。


 二人は人魚となったイナベラが一人でも生きていけるように、と海で泳ぐ訓練や一人でご飯を作る訓練を行った。


 それから数日、二人はイナベラを一人残してその村を出て行った。


 頭の良い紗友理と心優しい凪咲のことだ、イナベラを捨てたわけではないのは分かる。


 何か理由があったに違いない。


 しかし当時のイナベラには、二人がいなくなってしまったことがとても悲しく、孤独な生活に戻ってしまったのが何より辛かった。


 それから八年が経ち、すっかり人魚の体に慣れていたある日。


 イナベラは静紅と出会ったのだ。



・・・・・



 自身が人魚になったオリジンを思い出したイナベラは、来る悪イナベラとの決戦に向けて気合いを入れ直す。


 戦闘に向けて人魚についての情報を集める一行の元に、とある情報が飛び込んできた。


 それも緊急で、村全体が騒ぎになるほどの情報だ。


「大変、シズク! ……悪い私が、動き出した……ッ!」


 善イナベラと一行は大急ぎで情報通りの場所へ急ぐと、そこには。


「あ、あ……っ!」


『やっぱり来た、もう一人の偽物の私。でも遅かったみたい、あなたはあなたの手で人間を一人殺したんだ』


 そこに居たのは、血飛沫で髪を真っ赤に染めた悪イナベラと、首のない村人の男性だった。


「殺した……? 人間を……殺した!?」


『これが本来の使命なんだよ、これが本当の人魚なんだよ! 私が本物だ、あなたが偽物なんだ! 偽物は……排除しないとねッ!』


 悪意に満ちるイナベラは高く笑いながらそう言って、善イナベラへ手を伸ばす。


 人魚同士の力がぶつかり合い、辺りに衝撃波が発生する。


『どうしたの、守ってばかりで攻撃してこないじゃん!』


「私はあなたとは違う、誰も傷つけない。守るための力を、傷つけるためには使わない……だから!」


 善イナベラは一度腕を弾き、悪イナベラと距離を取る。


「守るために……この力をッ!!」


 姿勢を低くして善イナベラは力を解放する。


 早々に相対した善と悪は、己の意志をぶつけ合いながら拳を交わすのであった。



・・・・・



 途中、静紅の手助けも入りつつ、なんとか悪イナベラを退けることに成功した一行。


 しかしトドメを刺す前に悪イナベラはその場から立ち去ってしまう。


「あの様子だと、体力を回復させた後にもう一度襲ってきそうだよね」


「せやな、でも大体の戦い方はわかった。あとは対策を練るだけや」


 静紅と結芽子は、今度こそ悪イナベラとの決着をつけるため対策を練ることにした。


 その対策とは。


「イナベラ、明日の朝村に来れる?」


「朝? うん、曇りか雨だったら……でもどうして?」


「人は頑張る人についていく! 悪イナベラとの決戦に向けて一人でも多く味方を作る!」


 そうと決まれば早速決行。


「味方を作る、それすなわち人魚は危険じゃないって思わせたら良いんだよ。つまり村人たちの困ってることを片っ端から解決、手伝ってあげて、仲良くなれば良い」


 翌朝、三人は村の役場のような場所を訪れた。


 そこの受付嬢に事情を説明し、村人たちの困っていることを聞いた。


「ありがとう受付嬢さん、助かったよ」


「いいえ、求める方に求めるものを提供する、それが受付嬢の仕事ですから。そこに人間とか人魚とか、そんなの関係ありません。応援していますよ!」


「……! う、うん、頑張るね」


 受付嬢からの応援を受け、若干照れるイナベラ。


 三人は緊張しつつも最初の依頼として、年配女性の家の草むしりを受注した。



・・・・・



 年配といえば村の古くからのしきたりを重要視する印象があるが、その女性はイナベラが人魚だと分かっても態度を悪くすることはなかった。


 それどころか、謝罪と感謝の気持ちを伝えてくれたのだ。


 皆に流され、間接的にイナベラを一人にしてしまったことへの謝罪。


 そして。


「私ね、あなたに孫を助けられたことあるのよ。海で孫が溺れたとき、あなたは何も言わずに助けてくれた。周りの人間は何もしてくれなかったのに、あなたはすぐに孫を抱き抱えてくれたの」


「……そんなこともあったような?」


「あなたは怪物だって言われてるけど、私はそう思わないわね。あの時すぐに助けてくれたあなたは、あの場の誰よりも優しくて正義感のある人よ」


 おばあちゃんはイナベラの肩をそっと触って、彼女と目を合わせた。


「応援してるわ、頑張ってね」


「……別に。[人]として当たり前のことをしただけ」


 イナベラは俯きながら嬉し涙を拭い、何事もなかったかのように草むしりを続けるのであった。


セイレーン・シンフォニー編は第290頁〜第319頁です! 良ければ本編もどうぞ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ