第180頁 今宵はあなたと
【アーベント・デンメルング オスベルン=教会】
私はあれからスズメと別れ、時刻は既に深夜。ルリは私のベッドで寝かせ、当の私は備え付けの机に向かっている。
手にはペンを持ち、自分でロウソクに火をつけてノートに文字を書く。
異世界文字にはもう慣れ、最近では日本語に自信が無くなってきている。まぁ、21年間培ってきたことはなかなか忘れないと思うが。
内容は、日記に加えて魔物についてだ。
───魔物には階級が存在する。
最下級から最上級まで定められており、それ以上の階級の魔物が出現した時は、特別階級として指定される。
最下級魔物で代表的なのは[キノコタン]。
比較的害を成さず、ほとんど中立的な魔物。子供でも討伐が容易い階級。
下級魔物で挙げられるのは[ボア種]。
害を受けることはほとんどなく、放置していても問題のない魔物。群れになると子供では歯が立たない階級。
中級魔物で有名なのは[ウルフ種]。
最も数が多いと共に、最も被害件数の多い魔物。群れでいることが多く、大人の農民でも討伐が厳しい階級。
上級魔物で名が知られてるのは[シャーク種]。
中級とは比べ物にならないほど戦力の高い魔物。単体だけで騎士団に被害を与える。耐久性の無い村なら壊滅させられる階級。
最上級魔物で恐れられているのは[センチピーサー種]。
主に巨大魔物が最上級魔物に分類される。騎士団の全戦力を持ってようやく討伐できる強さの魔物。たくさんの討伐作戦が決行されたのにも関わらず生き残った歴戦の階級。
精霊や龍は、また別の話になってくるので今回は省く。
クリュエルの生み出す人造人間。石塀を砂城のように粉砕する破壊力、数十メートルの距離を一瞬で駆ける瞬発力。そしてその圧倒的な筋肉による防御力。
パワー、スピード、ディフェンスの全てを兼ね備えるホムンクルスは恐らく[上級と最上級の境]に分類するのが妥当だろう。
それも、彼らは必ず複数体で生み出される。囲まれた場合、生き残ること自体奇跡なのだ。
「改めてまとめてみたけど、チートもクソもないな……」
思わず私は声とため息を漏らし、それにルリがビクンっと反応する。
そう考えれば、そんな階級の魔物を一掃できる瞬間魔分子破裂って結構凄い魔法なのかもしれない。
紗友里も、1人でホムンクルス数体と戦ってたらしいし、普通の日本人の運動神経じゃないな…。
「シズ?何してるのだ、いや、ナニか?すまない、邪魔したな」
「勝手に変態認定すんじゃねー!…ちょっとね日記的なやつ」
ベッドで目を擦りながらボソボソ呟くルリに、厳しいツッコミを入れ、私は彼にノートを見せた。
一応日記だけは毎日つけているつもりなので、ノートも5割が文字でいっぱいになっている。
初めは日本語で書かれていたものが、徐々に異世界文字に変わり、現在では異世界文字のみの文になっているのを見ると、感慨深い物だ。
記憶はいつか消える。そのためにも、私は日記を残すのだ。
「ホムンクルスの襲撃を受け、私たちは大きな損害を受けた。彼らは一体何なのか、追求したいものだ────か、リッカが居れば、ホムンクルスが何なのか解ると思うが、この状況だしそれは叶わないな。まぁ、あまり詳しく調べることは無いと思うのだ。世の中には知らない方がいいことも沢山あるしな」
軽く私の日記を読み上げた後、ルリは視線を上げた。両手を頭の後ろに回すルリに、私は落ち着いた様子で。
「うーん、そうかなぁ。でも私、知りたいんだよ。あの見苦しい見た目を持った生き物の正体を」
「……我は、ホムンクルスが大っ嫌いと言ったな」
突然、真剣な表情でそんなことを言うもんだから、驚いた私は深く考えずに頷いた。そのままルリは続ける。
「[禁忌術]……と言う言葉は知っているか?名前の通り、絶対に使用してはいけない魔法だ」
「それがどうしたの?」
「ホムンクルスは……何らかの生物がクリュエルの禁忌術によって姿の変えられた化け物。なんの生き物かどうかは知らないが、あんな醜い姿に変え、破壊の限りを尽くす破壊兵器にされたホムンクルスが、クリュエルが我は大嫌いなのだ」
「え?クリュエルは、能力…いや、その禁忌術って言うのを使ってホムンクルスを作ってるってこと?でもどうしてそんなことわかるの?」
「昼、クリュエルが我たちの前でホムンクルスを召喚しただろう?あの時、禁忌術の雰囲気を感じたのだ。まだ謎は多いが、禁忌術の使い手であるクリュエルはただ者ではないぞ」
「……うん、くれぐれも注意しないとね」
絶対に使っては行けない魔法…[禁忌術]。
それは非人道的行為や、それこそ生贄の類が必要になる魔法らしい。
初めて聞く単語に疑問を浮かべながらも、私はルリの言葉を真剣に聞いた。
それと同時に、禁忌術を目の前で見たことによる恐怖が体を伝う。
ん……?ちょっと待てよ?
「ねぇルリ、どうしてあの魔法?…能力が禁忌術って分かったの?」
そうだよ、仮に書物で知ったにしてもそれが禁忌術だという確証は無いはず。
雰囲気を感じた、と本人は言っていたが、その言い方だとまるで過去に見たことがあるような。
「……」
「ごめん、無理に言わなくて大丈夫だよ」
「少し…」
未だ暗い顔のルリは、無言のままうつむいている。数秒間の空白の後、私の隣に近寄って膝を抱えるように座った。
「少し、昔話をします。僕が幼い頃の、そんな話を」
昔話、と題した彼の表情は暗くなく、こちらに視線を向けて微笑みが浮かんでいた。
一人称が「僕」なので相当真面目な話なのだろう。それに敬語だ。
「あなたが良ければ聞かせて欲しいな、何気にルリの過去って知らないし」
「それでは失礼して……、こほん!
これから話しますは、とある一匹の龍もとい一人の子どもの物語」
彼は机の上に置いてあった手頃な扇を手に取って正座をした。
タタァンっと聴き心地の良い音とともにルリは口を開く。
「そう!あれは夏の暑い暑い日のこと───!」
日本では落語と呼んだ、あの懐かしい感じで彼はとある話を始めたのだった。




