第172頁 勇闘志を胸に迎え撃て
バトルシーンが続きますのです!
時は遡り、シズクとスズメが木の棒を能力で振り回している頃。
「サユリ様…、北と南にそれぞれ強い力を感じる。良くない予感…気をつけた方がいい」
ルナ的には昼寝でもしようと思っていたのだが、ジャンヌさんからサユリ様宛てに伝言を預かったので伝えに来た…という所だ。
その人の魔力は潜在能力に依存すると知り合いが言っていた。つまり、生まれながらの才能によって魔力は変動する、そういうこと。
教会の北と南に嫌な感じがしたのでサユリ様に伝えてみると。
「…そうか、不安要素は出来るだけ除きたい。ちょっと確かめてくるよ」
「ルナも一緒に向かう。魔物とは少し違う反応を感じる…、」
ルナがそう言うと、サユリ様は腰に剣を納めながらこちらに視線を向けた。
「と言うと?」
「……印象に残っているのは五年前の‘‘あの時”。最近だと[雪景色のキノコタンの森]で感じた反応…それも大量の…」
「[成れの果て]だね。分かった、気をつけて向かうよ」
サユリ様は冷静に言うけれど、ルナの予感は良くも悪くもよく当たる。大事にならなければいいのだが。
・・・・・
あれからジャンヌさんとサユリ様、ルナで南の確認へ向かった。
魔物とは少し違う反応を感じる[成れの果て]。
成れの果ての研究は5年前からされているが、未だ分かったことは少ない。
5年前、サユリ様の友人[イチノセ・ナギサ]様が亡くなった時から成れの果てという存在が動きを見せ、最近になって再び行動が活発になってきている。
これが何を意味するかは分かっていないが、5年周期で何かが起こる説が一番濃厚だ。
今までは、数人だったのが今回は数十の反応がある。一個体の戦力が低くとも侮るなかれ…、一も集まれば百になる。
そう胸に込めて軽く息を吸った時だった。
足元が地震のように揺れ、驚いていると、教会の頑丈な塀が泥の建築物のように粉砕された。
「なっ……!?ルナ、ジャンヌ、気を引き締めて!」
珍しく動揺したサユリ様がこちらに振り向いてルナとジャンヌさんに指示を送る。
サユリ様が振り返る僅かな隙の間に、その異様な生物の教会内への侵入を許してしまった。
サイクロプスのような胴体に、ハイオークに似た四肢、顔は酷く顎の引いた人型魔物風。
そのどれもが二足歩行だが、一番初めに侵入してきたのはウルフ系に多い四足歩行の個体だった。
『ぐぁぁあああ!!!!』
重い咆哮が響き、それに続くように謎の生物が流れるように侵入してくる。
「あの…私が出ます…。ここは私の土地と言っても過言ではありません、侵入は許しません」
そんなことを小さな声で言いながら数歩前に出たジャンヌさん。シズクさんの言葉を借りるなら、今は[おどおどジャンヌ]なのだろう。
それを当然サユリ様は止めるが…。
「大丈夫、私の能力なら殲滅は出来ませんが、完封は出来ます。もし何かあったらお二人に任せますよ」
「あぁ、任せてほしい。もしもの時のために抜け道を作っておく…無理せずにね」
ジャンヌさんの能力は確か…。敵意や殺意を向けた相手に精神的威圧を与える──という物だったか。
たしかにどんな生き物でも獲物を狙う時は殺意を向ける。
あの量の生物を前に、一人で立ち向かい、分散させることなく殺意を集中させることで逆に有利に戦えるという作戦なのだろう。
精神的威圧というものが何か分からないが、初めてジャンヌさんと出会った時、能力を受けたソルーナは動けなくなっていた。
闇魔法・幻術系統と似た感じと思っておこう。
「ジャンヌさん、気休め程度だけど…[支援属性魔法・筋力向上]」
そう言ってルナはジャンヌさんに運動神経が上がる魔法をかけた。
旗槍を持ち直したジャンヌさんは、背中を向けて言う。
「…先程も言いましたが、完封は出来ても倒すことは出来ません。援護をお願いします」
「分かった」
短い返答に微笑んだジャンヌさんは、旗槍を地面に突き刺すと同時に声を張り上げた。
「[守護属性魔法・威嚇]!
さぁ人造人間、私を狙いなさい…!」
「あ、あれは…威嚇…?確かにジャンヌさんの能力とは相性抜群…でも、危険率をわざわざ底上げしてしまう博打魔法をなぜ…?」
ジャンヌさんが唱えたのは本来守護人が相手の注意を引くために使用する[威嚇]という魔法。
身体を覆うほど大きな盾を持つ[守護人]に、常に治癒魔法を使う。という安全マージンが確立された状況のみ使用の許される魔法…別名 博打魔法。
ジャンヌさんの能力と相性抜群だが、もしも能力が発動しなかったら大変なことになる。
既にその事まで思考が回っていたのか、サユリ様は[炎強化]の魔法を唱えて火矢を弓にかけていた。この方のことだから、この3手先まで見越しての行動だろう。
『ぐるるぁ……?ぎゃぁぁああああ!!!』
人造人間と呼ばれたその生物は、デコイの影響か頭を抱えて叫び出した。変に人間らしいところがこれまた嫌悪感を抱かせる。
『……』
やがてピタリと叫び声は止み、全個体がジャンヌさんを見つめた。
『ぐうおおあおお!!!』
再び咆哮を飛ばし、今度こそとジャンヌさんを目指して駆け出した…。
そして予定通り能力が発動し、ホムンクルスは硬直し───。
「まずっ…!」
何が起こったのかすぐに理解することはルナには出来ないが、空気が変わったことから非常事態ということは分かる。
焦るジャンヌさんの声よりも先に、ルナは全速力で魔法を組んでいく。
神経が焼けきってしまうほど、脳が急速に回転して考えるよりも先に手が前方へ向いていた。
[守護属性魔法・強壁]ッ!!
オレンジの光の盾がジャンヌさんの目の前に出現し、その瞬間。
筋肉質の両脚から生み出される運動量たるや。風を超える速さでジャンヌさんの前へ移動し、そのまま文字通り横殴りの拳を───。
「……!?あぁ、ぐっ…がっ!」
鈍い音が聞こえたと思うと、ほんの数寸先のジャンヌさんは…。
「くっ…!ダメ、相手が強すぎてルナの妨害魔法じゃ…」
「とにかく治癒魔法を!並んで私に速度向上!」
言われた通り、右手で治癒魔法、左手で速度向上魔法を組み上げて唱える。
一気に状況は悪化した。
これは本当にまずい。
速度向上の魔法がかかったサユリ様はホムンクルスの股の下…ジャンヌさんを助けるため走っていった。
物凄い速度の殴りとは言え、ルナの強壁がある。威力の三割は軽減されているはず。はずなのに…。
ジャンヌさんは頭から大量の血を流し、一撃で気絶状態に陥っていた。
「ジャンヌさぁぁぁぁんッッ!!!」




