第164頁 正真正銘ロリババア
[教会の屋根に登って夜空を見上げたら、居候であるルリに出会いました]
腕まくりをしてポケットから魔法人形を取り出す私を見て彼はとても慌てた様子で。
「じょ、冗談なのだ!なんというか、我の一族は相手をバカにすることで場を盛り上げる性質があるのだ」
「そんな一族滅ぼしてやる」
「あ、あれ?そこまで怒ることなのだ?そんなことはどうでもいいのだ!とにかく、二日後の作戦に我も参加するから、サユリ達に伝えておいてほしいのだ。それに…ルナにも」
顔を赤らめるルリは、か細い声でその子の名前を呼んだ。
「ルナがどうかしたの?というか、紗友里とルナに会ったことあったっけ?」
「まぁ、サユリはさっきの会議で初めて見たが、ルカとルナとは一応知り合いなのだ。もちろん、我がこんな場所にいるなんて思ってもみないだろうけど」
「へぇ〜、知り合いなんだ。何、幼なじみって感じ?」
正直、ルカとルナのことを私はあまり知らない。種族はなんなのか、どうしてメイドをしているのか。故郷はどこなのかって感じでね。
そうなれば、彼女らの知り合いにであるルナは貴重な存在…なのだろう。名前もなんだか似ているし。
「そうだなぁ、古くからの腐れ縁って感じなのだ。受講場では、仲良くしていたんだぞ!」
彼の言う受講場とは、この世界における高校みたいなものだ。そこで仲良くしていたということは、相当今でも仲良しなのだろう。私も、高校の友達は今でも仲良しだし。
「そうなんだ!いいねぇ、可愛い後輩を2人も持ってるなんて」
あの二人と学校生活が送れるなんてマジで羨ましすぎる。ルカは運動神経抜群っぽいし、ルナは成績トップって感じだよね。そうなればルリは何型なんだろう。
そんな私の疑問を差し置いて、ルリはぽっと口を開いた。
「何言ってるのだ。あの2人は先輩だぞ」
「!?」
もし、もし仮にもそうだとすれば、ルリよりも歳上なのにあの見た目の彼女らは…何歳なんだ!?
ロリバ……いや、やめておこう。
・・・・・
私の理想のロリータでは無かったルカとルナ。いや、そんなことはどうでもいい…。そう、どうでもいいのだ…うぅ、、
あれから私は教会の部屋へ戻ることにした。あまり夜更かしをし過ぎるのも身体に良くない。社畜では無くなったのなら、睡眠時間はしっかりとるべきなのだ。
ルリはまだ屋根の上にいると言い張って中に入ってこなかった。
「あ、シズクさん…、もうお風呂は済んだ?まだなら早く入った方がいい。もうすぐ消灯時間になるから、火を消してしまうらしい」
頭にタオルを載せてホクホクしているルナが、そんなことを言ってきた。
そっか、もうそんな時間なんだ。
「うん、ありがと!それじゃ、お風呂入ってくるから」
「…部屋は2階の二つ奥。朝鐘が鳴るから、それで朝起きたら大丈夫…おやすみなさい」
「了解、今度こそおやすみ〜」
そう言うと、そそくさとルナは自分の部屋の方へ歩いていってしまった。
樫の木床に、ヒビの入った漆喰の塗られた白い壁。その壁にはまだ火の着いた松明がちらちらと燃えている。
そんな寂しい廊下に、私は1人取り残されてしまったのである。
「なんか…急に静かになったな…」
紗友里や他の人はどこだろう。もう部屋で寝てしまったのだろうか。
そんなことを思いながら、入浴場の方まで進んでいった。
外見では分からなかったが、この教会はとても広い。一般的な教会として使われる場所はもちろん、客室がいくつか、それに調理室、お風呂、自家栽培用の畑などの場所もある。
ここには10何人の反乱軍の人達が住んでいる。でも、幼児から高齢者まで様々な年代の人がいるためにバランスの取りにくい生活になっているようだ。
それもこれも、今度私と一緒に中央図書館へ向かう[スズメ]やその友達である若い層の人達が働いてくれているからバランスを保てているらしい。
みんなクリュエルに怯えているんだ。早く討ってみんなが笑顔になれる国にしないとね。
異世界文字で[入浴場]と書かれた室札を見つけ、のれんをくぐって中に入った。
・・・・・
中は一般的な銭湯のような感じで、脱いだ服をカゴの中に入れて浴場へ向かう。
「そろそろ服変えないとなぁ…、でもこれ気に入ってる服なんだよな」
この世界の季節も夏に入る。そろそろ衣替えも考えた方が良さそうだ。
私の声が誰もいない脱衣所に広がって、消えた。
ガラガラと横引きの扉を開けて、まだ乾いていない濡れた床を歩いて中へ進む。
「あっ、フレデリカのシャンプー…」
シャンプーが変わると髪が軋む系の人である私は、フレデリカのシャンプーを忘れたことに小さなため息をついた。
もういいや、2日ぶりぐらいのお風呂だし早く湯船に浸かって休もう。
とりあえず髪と身体を石鹸で洗い、石で囲われた風呂に足を入れる。
「ふぅ…、気持ちいい」
温かい湯が、ここまで心身を癒してくれるとは思っていなかった。
私は肩まで湯船に浸かってため息を付く。
水温は40度ぐらいだろうか。火で沸かす系のお風呂はよく分からないが、ちょうどいい感じの温度で湧かせられるのも、[子供たち]の経験が豊富だからだろう。
「……、」
…いかんいかん、私としたことがお風呂で寝てしまいそうに…。
・・・・・
ぺた…ぺた…と、誰かが床を歩く音で、私は風呂内仮眠から目覚めた。
頭の少し上にある窓からは相変わらず月の光が差し込み、消灯時間を過ぎているのか、脱衣場や風呂場のランプの火は消されている。
「っ……」
目を開けると何か霊的なものが見えそうで怖いので、起きているがまぶたを上に上げないでおこう。
未だにぺたぺた…ぺたぺた…と聞こえてくる謎の足音。それに怯えながら私は固唾を飲んだ。
(なに…?一体何が近づいてきているの…)
湯船の1番近いところに座っていたので、湯内に入らなくても覗き込んで私の顔を見ることが出来る。
どうしよう、マジで怖い。
心臓の鼓動がどんどん大きく、加速していく。
やがて足音は止み、無音の空間が辺りに広がった。
う、うぅ…くそ、超怖いってレベルじゃねぇぞ!
なんだ?なんなんだ!?霊か?人か?どっちにしても怖すぎるよ!これでもし人だったら締め上げてや…
「いつまでそんなことしてる気?起きてるなら挨拶ぐらいすればいいでしょ」
「ぴゃぁぁあああああ!!!!」
喋ったァァァァァア!!!!
私は、喋る霊?に驚いて悲鳴を上げた。思わず目を開き、声のした方へ視線を向けると、そこには見覚えのあるような無いような人物がため息を吐きながら立っていたのである。
「う…るさいわね!だいたい何?どうしてそんな悲鳴をあげるの!」
「うぇ…だって、お化けとか霊とかそんな感じだと思って」
肩甲骨程まで綺麗に伸ばした桃色の髪。ハイライトの感じない翡翠色の瞳。日照りの花園のような香りが辺りに立ち込める。
「あのねぇ、[カルディナ]と[モニカ]の墓の前だったら2人の声が聞こえたでしょう?それも霊の一種なんだから、今更ぴゃーーなんて哀れに鳴く必要ある?」
「あはは、それもそうだね。…って、あれ?」
懐かしい名前に感動しつつ、私は笑いながら確かに。と言った。が、謎の違和感を感じる。
「どうして…その2人のことを知っているの?それに、私が2人の声を聞いたのも」
私よりも少し高い身長のその人は、ニヤリと笑って口を開く。
「なんでってそりゃ──」
数秒のためを作り、彼女は。
「──私はあなたの監視人…[成れの果て]だから。神…そう名乗った方が伝わりそうね」
長い髪を手首につけていたのか、ゴムでポニーテールのように留めて湯船に足を入れた。
「な、何を言って…!あぁ!あなたは…」
「そう、あなたをこの世界に送った張本人…よく覚えておくと良いわ。私の名は[ペルソナリテ]…傲慢の成れの果てよ」
そう言ってペルソナリテは私の隣に座り、息を着いた。
「いい湯加減ね。さて、シズク。あなたにわざわざ会いに来たのは他でもない…この国についてよ。踏み込んだ話をする時、人間はこう言うらしいじゃない。『裸の付き合いをしよう』ってね」
日照りのポカポカした香りと裏腹に、彼女から感じる冷徹な雰囲気が湯船に広がった気がした。
「…良いね、しようよ。『裸の付き合い』ってやつを」




