第127頁 After After
とりあえず儀式から帰ってきた私は、他の家族や友達と合流するためにベッドを後にした。
お腹が空いていたり、トイレに行きたいという感覚は一切なく、むしろ健康そのものだった。一体何時間ほど眠っていたのだろうか。
私についてくるフレデリカと仕方なく二人並んで歩き、舞台上から宴全体を確認する。
海洋生物が人の言葉を話すのは、少々ゾッとする話だが、魔物や魔法がある世界に生きている以上、そんなことも言ってられない。
どこかへ行ってしまった家族を探すべく、私とフレデリカは人混みのなかを進んだ。
はぐれてしまわないように、しっかりと手を握って。
もちろん、私は彼女にそういう感情は全く無いため、家族と手をつなぐぐらいならいいか。レベルの捉え方だったが、どうやらフレデリカは違うらしい。
顔を真っ赤に染めて、手汗が止まらないと焦っていた。
エルフのフレデリカ。彼女がもし私と付き合うなんてことになったら種族はどうなるのだろう…。そんなことを考えながら昼の夏祭りのような風景を進んだ。
「あ、居た!」
あのツインテールはアイツの物で間違いないだろう。そもそもこの場所に他の人間は居ないのだから、人の姿が見えた時点で知り合いなのだ。
「フレデリカ!見つけたよ!」
「あ、ほんとですね!いやー、よかったよかった!このまま遭難したらどうしようとか考えちゃいましたよ」
「…あなたの思ってることがなんとなく分かるようになってきたわ…」
「ほぇ?」
フレデリカのことだから、どうせ『お師匠様と二人きりで遭難だー!ぐへへへ…』とか思ってるに違いない。
「ちょっと!さすがの私もそこまで妄想しませんよ!?」
人の感情を読むことが出来る彼女の前では、本当に考えてることがばれてしまうので気を付けないといけない。それだけではなく、心情や感情を捉えられる範囲が広い!これが一番困る。
私の心の中を勝手に覗いて、勝手に怒っているフレデリカに、私はとどめを刺す。
「それじゃ、何考えてたの?」
「『お師匠様と二人きりで遭難だー!ふへへへ…』と」
「変わんないじゃん!」
天然バカはこれだから…。まぁ、そんなフレデリカが私は好きだけど。もちろん家族として。
「…で、ですよね!」
「ん?あ、蜜柑が手振ってる!」
私は遠くで紫のツインテールが手を振っていたので、それを返した。
より一層足を速め、私とフレデリカは無事に他の人と合流することが出来たのだった。
・・・・・
「静紅さん、どこふらついてたんですか!」
愛しの六花に会って三秒で怒られるのは過去最速記録だろうか。私の胸倉を掴んでぶんぶんと前後に揺らす手を止めて、とりあえず話し合いに持ち込んだ。
「ちょ、ちょっと待って!六花達がどこかに行ったから探してたんだよ」
「それからすぐ戻る予定だったんですよ!戻ってきたらどこにもいないし、心配しましたよ」
「あー、そうなんだね…、普通に外に出ちゃったよ」
笑いながら自分自身の行動を悔い、何気なく辺りを見渡した。
いつも通り、蜜柑、六花、結芽子、フレデリカ、それに擬人化したリウム。
「あれ?イナベラはどこに行ったの?」
「あぁ、イナベラなら『ちょっと気分転換』って陸に上がりに行ったぞ」
銀髪の少女が居ないことに私が首をかしげると、事情を知ってた蜜柑が答えてくれた。
「そっか、それじゃ約束通り始めよっか」
「約束ってなんの約束?」
結芽子が難しそうな顔をしてそう言った。
確か儀式を始める前に、リウムに会場の後片付けをするって約束したはずだ。
「ですが静紅さん。もうすぐ加護の効果が薄くなりそうです。そろそろ帰らないと…」
「ええ!?もうそんなに時間経つのかよ!溺死だけは…溺死だけはやめてくれー!」
私達に付与された加護[水中呼吸の加護]。時間は三日間と言われていたが、、もうそんなに時間が経っていたのか。蜜柑も頭を抱えながら言っているように、溺死は嫌だな…。リウムには悪いが、ここは自分の命を優先させてもらおう。
「ごめんリウム。さすがに死因が溺死だったら未練たらたらになっちゃうし…また今度来るからさ!その時まで待っててくれない?」
手を合わせて私が謝ると、驚いた表情でリウムは言った。
「そんな、とんでもない!そもそもお客さんを手伝わせるつもりなんて無いですし!また来てくださると嬉しいですが」
どちらにせよ、手伝わなくても良かったということが。それが良いのか悪いのか。せっかく儀式の魔法まで使ってもらったのに、お返しできないのはさすがに心残りになるな…。
「ありがと!それで…あと一つお願いしてもいいかな?」
私はリウムに近づき、最後のお願いを聞いてもらった。
・・・・・
「ひゃっほーーい!!」
巨大な木板に五人全員で乗り、それを私が浮かせば簡易移動式木板の完成だ。スケートボードに乗る感覚で中心に立ち、板の行先を操縦する私は思わず興奮が押さえられず叫んだ。
六花はかすんでいくマーメイド・ラプソディーへの扉を見つめ、
フレデリカはただひたすらに胸が揺れていた。むしり取ってやろうか…と思ったのは、彼女に聞こえていなかったらしい。良かった。
蜜柑は涙目で高速で動く板を全力でつかみ、絶対落ちないように踏ん張っていた。
結芽子はなぜか寝ていた。よくこの状況で寝れるな…。
どうやら私に加護が付与されているので、私が動かすものにも加護が働いているらしい。
水の抵抗は受けず、空気抵抗も無いため、物凄いスピードで水中を移動していく私達。行きの[シャー君]より揺れなかったので、蜜柑が吐くことは無いはずだ。
マーメイド・ラプソディーに居たリウムとは既に別れの挨拶は済まし、もう戻る必要はなくなった。
あとは、イナベラと合流して、[海辺の花園]に立ち寄れば今回の旅行は終わる。
短いようで、なんだかとても長かった気がするな…。それもこれもいい思い出だ。
「さぁ、もっと飛ばすからね!!」
「え、嘘嘘嘘!飛ばすなよ!?飛ばすんじゃ…ぎゃあああああああ!!!!」
「ん、ぁ!?急にスピード上げたらびっくりするやんか!」
「あははは!どんどん飛ばしましょう!ごーごー!」
「ちょっとフレデリカさん!そこの位置交代してください!」
ほんと、こいつら…最高かよーー!!
巨大円木板を操作しながら、心のそこからそう叫んだ私であった…。




