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総集編 201頁〜300頁までの軌跡 その9


 静紅たちが審査員に出したのは[天鱗山のスパイシー焼き]と[海鮮茶碗蒸し]だ。


 天鱗山てんりんざんは存在さえも疑われていた伝説の生き物ということもあり、その肉も絶品だった。


 コショウと適当なスパイスをまぶして焼いただけのシンプルな料理だが、それがまた食材の味を引き出したらしく審査員に大ウケだ。


 魚の出汁をとった和風の茶碗蒸しは、審査員は食べたことすらない新しい料理に目を輝かせていた。


 魔物討伐ポイント、敵チーム討伐ポイントと集計して優勝チームが発表された。


「やったあーー!」


「やりましたね、静紅さん!」


 優勝チームは言わずもがな静紅のチームだった。


 料理もそうだが、優勝候補であったオカンのチームを潰したのが大きかったらしい。


 優勝賞品や賛辞の言葉を受け取って、約四日続いたクックード料理大会は閉幕となった。


 料理大会も終わり、本来の[誰が一番美味しいお菓子を作れるか]という目的もすっかり忘れた一行は次の目的である[フレデリカの故郷]へ向かうことになる。


「くーちゃーん! ちょっと待つにゃー!」


 フレデリカの故郷行きの竜車へ向かう静紅に、後ろから話かけられ振り返った。


「マカリナ! 大会中はごめんね、インソムニアの相手任せちゃって……」


「いやいや! 相打ちにはなっちゃったけど、お互い全力出せたし楽しかったにゃ!」


 インソムニアとマカリナの戦いに巻き込まれそうになった静紅は、前線を彼女に任せて退避した。


 その後、インソムニアとマカリナは互いの全力を出し合って森を破壊するレベルの大激戦を繰り広げた。


 マカリナの大技によりインソムニアは大会から退場し、マカリナも力尽きた。


 不眠症の成れの果てインソムニア。彼女は何のためにこの大会に参加したのだろう、その疑問は未だ明らかにならない。


「はいこれ。また私に会いたくにゃったら[アーク・ヴィレッジ]に来てこのチケットを出してね」


 マカリナから渡されたのは、王との面会チケット[約束手形]だった。


「王といつでも会えるなんて凄いですよお師匠様! お金で買えないチケットですね!」


「ひ、ひぇぇ……これ一枚で価値が付けられないほど重要な……」


 静紅はこの紙切れの重さに腰を抜かす。


「マカリナ様、そろそろ行きますよ」


「やだやだ、まだ話し足りないにゃあーー!! うわああああーー! 鬼、悪魔にゃあー!」


 そう言ってマカリナは部下の猫獣人に連れていかれてしまった。


「……さて、ボクたちも向かいましょうか」


 六花は腰に手を当てて気を取り直したように言った。


「ええ、行きましょう。私の……故郷へ」


 しかしやはりフレデリカは乗り気じゃない様子。


 その背景には、かつてのフレデリカのみに起こった吐き気がするほど嫌な記憶が関係しており──────。



・・・・・



 彼女が産まれた土地は、分厚い雪の絨毯に覆われ、大理石のような白い空に押し潰されたような所だった。


 とにかく彼女の故郷の街は、酷く貧しかった。


 その日のパンを買うどころか、パンを育てる土地もなく、そもそも種を購入する金すらない状況だった。


 雪原の村『ルドリエ』。


 ここから彼女の物語は始まったのである。



・・・・・



「うおおっ!」


「フレデリカちゃん、そっち任せるね」


 ルドリエは子供が働き、親が楽をするという風習が主だった。


 子供の頃は精一杯働き、大人になるとさっさと子供を作って歩けるほどまで育てればあとは剣を覚えさせるだけだった。


 彼らにそれが異常という考えはなく、それどころかこれが普通だと思っていた。


 そしてここにもまた、不遇な子供達で結成された[魔討隊まとうたい]が雪原を一生懸命駆けていた。


「パトリシアくん、そこ抑えてて!」


「お、おうッ!」


 金髪のエルフ、黒髪のコボルト、茶髪のコボルト、それと茶髪の人間。


 それぞれフレデリカ、パトリシア、アルトリア、フランシスカという名を持つ。


「せっやぁッ!」


 フレデリカはパトリシアが防御した狼種魔物を、慣れない大剣を振り回して攻撃する。


「危ないフランシスカ!」


「助かったよ。そら、下級火属性魔法・火球!」


『ギャゥン!』


 幼くして下級火属性魔法を使えるこの少女フランシスカ。

 

 差別意識の高いこの街で、前に出るのはいつもこの隊[唯一の人間]の彼女だ。


 この魔物討伐隊のリーダーで、心強い姉的存在でもある。


「ったく、盾らしい盾といやあフレデリカと俺だけなんだから気をつけてくれよな?」


「ごめんごめん」


 大きな盾を持ち、腰に気持ち程度のナイフを携えたコボルトの少年、パトリシアはフランシスカに一言叱るとため息をついた。


「フレデリカも気をつけて欲しいよなあ?」


「うん、そうだね。でも盾を持ってるパトリシアくんももっと頑張らないと」


「そーだそーだ! さすがフレデリカ、私の義妹ちゃん!」


 フランシスカは杖をぶんぶんと振り回しながらフレデリカと肩を組むようにした。


「……とりあえず終わったよ、剥ぎ取り」


 先程から一言も話さず黙々と狼の死骸を剥ぎ取っていたアルトリア。


 彼女は直剣持ちのコボルトだ。


「おっ、サンキューなアルトリア!」


 四人は返り血で真っ赤に染まった雪原を背に、ゆっくりと街へ帰還するのだった。


 一歩一歩、いつかは終わる四人の絆が今も続いているか、一歩。また一歩と確かめながら。



・・・・・



「……お前ら、いつも全員生還してるよな。他の隊は必ず一人は犠牲者を出すってのによ」


 人間のフランシスカを先頭に、フレデリカの隊は魔物の死骸を引き取ってくれる店へと足を運んでいた。


 フレデリカ、パトリシア、それとアルトリアはそれぞれエルフとコボルト族だ。


 フランシスカ以外は全員深くフードを被ってその場に立つ。


「運がいいだけです。精算が終わればすぐに出ていきますので、早くしてください」


 正直言ってこの場には長居したくなかった。


 ここはこの街の中でも最も種族蔑視が高い場所だからだ。


 だから唯一人間のフランシスカが男性と話している。


「チッ……ガキの癖に生意気言いやがって。ほら、今日の分はこんだけだ」


「え……足りないんですが」


「お前らガキにはこんだけで充分なんだよ! こちとら煙草代が大変なんだ!」


 そう言って受付の男性は煙草を咥えながらしっし、と追い払うようにして子供達を追い出した。


「……行こう、みんな」


 フランシスカもまた、深くフードを被るとカウンターに乗せられた僅かな銅貨だけを持ってその店を出た。



・・・・・



「いち、に、さん……よん……いや、これだとみんなに回らないのか……」


 数が数えられるパトリシアは、男性から貰った銅貨を四等分すると困ったように言った。


「明日はもう少し狩ろう、そうじゃないと大変だ……」


「そうだね、今日の分だけじゃこれからは厳しいかもしれない……」


 今日のパンを買うのがやっとどころか、この街には小麦すらない。


 ご飯を買おうにも、それを作る売り手側の金がないので全く経済が回らない状況だ。


「ここが廃れるのも時間の問題……大人になったら外へ出たいね」


 アルトリアはさっきの暗い顔をやめて少しぎこちない笑顔を浮かべた。


「ああ、その時はみんな一緒だ」


 パトリシアは、他の人よりも一枚少ない銅貨の束を眺めると、それを握りしめた。



・・・・・



 フレデリカは玄関の切り株に大剣を突き刺すと、家のドアをこじ開けた。


「─────ッ!! ッッッ!!」


「────ッ!? !!! ッ……」


 フレデリカは耳を塞ぐと、とことこと壁の隅へと歩いていき、そっと膝をかかえた。


 耳を塞いで、現実逃避をするように鼻歌を歌う。


「────♪ ───────♪♪ ……、……っ……」


 必死に歌っているのに、両親が喧嘩することが悲しくて悲しくて、瞳から少し涙が流れる。


「おいフレデリカッ!! その鼻歌止めろといつも言っているだろうッ!!」


 父親はフレデリカの鼻歌が琴線に触れたのか激怒して、彼女の髪を掴んで持ち上げた。


 髪に全体重がかかり頭が割れるような痛覚を受けるが、フレデリカは悲鳴をあげることもなかった。


 もう慣れているからだ。


「ごめんなさいお父様、もう二度としません」


 このやり取りももう、慣れているからだ。



連続投稿420日目です!

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