第1281頁 ジレンマ
姿を隠しながら森を抜け、私たちは近くの街で数日間休むことになった。
百年前のお金は持っていなかったが、金貨のコインその物が金としての価値があったため、質屋で取り引きしてもらった。
金貨一枚分の価値とは比べ物にならないほど低かったが、そこは目を瞑るとしよう。
「センチュリオン、これからどうしましょうか」
「どうするって?」
格安宿屋の一室で、外出の準備をしながら私はまだベッドで寝ているセンチュリオンに話しかけた。
「大切なおばあさんの古民家も無くなり、帰る場所がないのでしょう?」
「そっか……魔法で爆破されちゃったんだよ。どうしよう」
「……私と一緒に来ますか? いつまで居られるかは分かりませんが、一人でいるよりはずっと安全です」
「本当!? 嬉しい……ありがとうなんだよ」
「ふふ、ここであなたを捨てるほど鬼ではありませんよ」
そうは言ったものの、本当にどうしようか。
私は今、とてつもないジレンマに襲われている。
センチュリオンを[彼ら]に引き渡さなければ、センチュリオンは杖にはならない。
しかし彼女を差し出す勇気など、私には……。
「ねえニンナ、今日は人間の街をじっくり見たいんだよ」
「人間の街、ですか? 良いですね、気分転換にもなりますし」
私は身支度をして、宿屋を後にした。
百年前の街並みは私も興味があったし、何より彼女の精神状態が不安だったので、少しでも気分転換をさせてあげたかった。
・・・・・
「わあ……!」
「ふふ、どうですか? いつもより目線が高いと見える景色も違うでしょう」
私が肩車をすると、センチュリオンは大きく手を開いて笑顔ではしゃいだ。
百年前のヴァイシュ・ガーデンは、地形こそ似ているものの街並みが全く違うので新鮮な感覚だった。
厄龍戦争時代中期、ヴァイシュ・ガーデンは比較的前線からは遠かったのでまだ戦火は及んでいない。
百年後の王都と百年前の王都ではそもそも位置が違う。
都が領土の中心へ移されたのは戦後のことだった。
「花! 噴水! すごいんだよ、人間は綺麗なものを作るのが得意なんだよ」
「あはは、そんなことを言う人は初めてですよ。でも本当に綺麗ですね」
二人で景色を眺めていると、センチュリオンの腹の虫が鳴いた。
「あぅ、恥ずかしいんだよ……」
「ふふ、そういえば朝ご飯がまだでしたね。ちょうどそこにお店がありますし、昼食も兼ねたご飯にしましょう」
「わーい! 自分以外が作った料理、食べるの楽しみなんだよ!」
私はセンチュリオンに悟られぬよう、出来るだけ急足で飲食店の中に身を隠した。
彼女は気づいていなかったが、街の騎士たちが「精霊を知らないか」と人々に聞き回っていたのが聞こえてしまった。
この街は危ない、明日にでも遠くの街か村へ移動しなければ。




