第1280頁 手が届かないほど遠くへ
鼓膜が破れそうなほどの爆音と爆発の衝撃を全身に浴び、私は気絶寸前のところで何とか持ちこたえたが床に倒れてしまう。
センチュリオンに支えられながら何とか立ち上がり、私は彼らの顔を見る。
頭の横から大きな鹿の角を生やした大男と、彼が引き連れた大勢の騎士。
「支援型の精霊センチュリオン、我々と共にご同行を願おう」
「嫌だと言ったら……?」
「力ずくで連れていくまでッ!」
爆破魔法の次弾を用意する騎士たちから庇うようにセンチュリオンを抱きしめ、私は民家の裏口から飛び出した。
古民家が吹き飛ぶ爆風に乗って、数歩先へ出た私は上手く着地してセンチュリオンの手を引いて走った。
「こんな時にセンチュリオンがあれば……」
「……え?」
「良いですかセンチュリオン、走ってくださいよ!」
覚悟を決めた私は彼女の背を押して、民家の方へ振り返る。
「ニンナ! やっ! もう一人は嫌なんだよ!」
脚にしがみつくセンチュリオンを必死に振り払うが、彼女は力強くなかなか離れない。
……そうか、この子はあの民家の老婆にも置いて行かれて、寂しい思いをしていた。
ならここで彼女だけ逃がすのは、帰って彼女を悲しませるだけだ。
「センチュリオン、しっかり掴まっててくださいよッ!」
「う、うんなんだよ!」
自分の背後へと下がらせ、私は杖のない状態で魔法を詠唱する。
─────聖属性魔法は祖父が発展させた魔法。現代では当たり前に使われている魔法でも、百年前の当時なら!
・・・・・
斬撃系の魔法を夢中で放ちながら、徐々に森の奥へ後退していった私たちは、何とか追っ手をまいて息をつくことができた。
やはり読み通り、この時代に聖属性魔法はまだ普及していない。
魔法同士の攻防はどれだけ相手の魔法を知っていて対策できるかが鍵になってくるため、この時代では聖属性魔法はかなり強力な攻撃手段である。
「はあ、はあ……良かった、助かった……」
「あの人たち、一体なんなんだよ……?」
「恐らく聖具の製造をする組織の人間でしょう。あの騎士たちの鎧に刻まれた紋章に見覚えがあったので」
ここに来るキッカケになった廃工場で、確かに私は同じような紋章を目にした。
あそこでセンチュリオンを手渡せば、彼女は……。
いや待て。
このまま逃げ続ければセンチュリオンは杖にならず、私の手に渡らないどころか祖父が杖を持てず、世界が救われない可能性がある。
「ああっ、私はなんてことを……!」
誤算だった。
しかしこんなに心優しい少女を差し出し、武器にするなんて私には出来ない。
「大丈夫、大丈夫なんだよニンナ。きっと何とか上手くいく」
「何とかって……」
「大丈夫」
落ち込む私の体を、センチュリオンの小さな体が包み込む。
彼女に触れることで温かい光が溢れ出し、不思議と元気が出てくる。
「ありがとう、ございます……はあ、だめですねこんなんじゃ。フランにも笑われます」
「フラン?」
「ええ、私の[愛棒]です」
「あいぼう……好きなんだね、その人のこと」
「えっ!? あ、ああ……えっと……ふふ」
何故心の内がバレてしまったのか、驚きと羞恥を混じらせながら私は何も言わずに頷いた。
「その人、今はどこにいるんだよ?」
「今は……会えないんです、遠くへ行ってしまったので」
「そっか、でも大丈夫なんだよ。死んだら会えなくなるけど、形とか思い出が残ってる間は、頭の中でいつでも会えるんだよ」
そう言ったセンチュリオンの言葉は何故か私の心に深く刺さり、私は彼女のことを抱き返した。




