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総集編 101頁〜200頁までの軌跡 その10

第10章[アングリフ・ボレロ]・終幕


第203頁〜209頁



 王室間が見事に砕け散り、ぶつかりあったジャンヌとクリュエルはそれぞれ遠くへ吹き飛ばされた。


 王室間がもろかったのか。否、ジャンヌとクリュエルが人間離れした力を持っているんだ。


 とにかく傷だらけのスズメを遠くへやらないと。

 

「あなたはスズメを遠くへ!私はジャンヌと前に出るから!」


「は、はひ……! スズメ様、安全な所に行きましょうね……」


 着地し、ボロボロに壊れた瓦礫を蹴飛ばすと静紅は彼女に指示を出した。


 顔や身体から血を流した10歳ほどの少女を見るのは目が痛い。遠くに避難させて、急いで応急処置をしないと。


「……待っ、て────」


 少女兵士が担いで運ぼうとした時、軽く気を失っていたスズメが弱々しい小さな声を出した。


 ボロボロの小さな手を静紅に飛ばし、グーを向ける。


「……がん、ばりなさいよ……。どんな事があっても、私の師匠のシズクで居て……、お願い……」


「もちろん!あなたの想いは私が引き継ぐよ……。死ぬんじゃないよ、スズメ!」


「こんなところで死ねるわけないでしょ……。私も早く治すから、約束守りなさいよ……」


「っ……うん絶対守るよ! あなたとルリと私で焼肉だよ! だから、死なないでね……!」


 そう言うと、静紅はスズメもグーに拳をぶつけた。


 それから少女兵士に軽く頷き、遠くの建物の影に避難させてもらった。



・・・・・



 体勢を立て直したクリュエルは周囲に十体以上のホムンクルスを生み出して、ジャンヌとの接敵に備えた。


「ふんっ、無駄なことを! 魔法で惹き付けられて使い物にならないことは分かってるだろ!」


人造人間装備化サバト・ホムンクルス


 ニヤリと笑ったクリュエルは手のひらを空に掲げるとそう唱えた。


 また禁忌術の一種だ。


 その瞬間、一瞬時が止まった感覚に襲われた。


 音が止み、全ての動きが止まる。


 ホムンクルスは光の塵となってクリュエルに纏われていく……。


 みるみる内に彼女の表面積が大きくなって。


「うっ……ぐ、あぁ……。ああああッ!!」


 みにくい。ただただ醜いソレが、山のように私たちの前に立ちはだかった。


 ホムンクルスとは違い、灰色の肌の巨体。


 形容し難いソレは、数秒前までは残忍姫クリュエルだったのだ。


 そう、数秒前までは。


「みな……ぎっ……て、力が……力が……!」


「あれが……クリュエルなの?」


「いや、あれはクリュエルじゃない。[化け物]だ」


 命名するならクリュエル第2形態と言ったところか。


 自分自身までもホムンクルスに変えてしまったクリュエルは、古塔をへし折って棍棒にする。


「そんな!あの塔、6メートルはあるんだよ!?」


「うあ───────ッッッ!!!!」


 耳を切るような咆哮を上げるクリュエル。

 へし折って武器にした彼女は、ブンブンと振り回して手具合を調べた。


 静紅は屋敷の瓦礫を集め、巨大な塊にして宙に浮かした。ジャンヌは赤く熱を保ったままの旗槍を構える。


 完璧な防御のはずだったが、全く目に見えないスピードと破壊力を持つ[化け物]にジャンヌは吹き飛ばされてしまう。


「ジャンヌ!? まずいっ……!」


主様あるじさま! ここはわたくしたちに任せてジャンヌさんの安否を!』


「分かった、任せるね!」


 静紅の持っていた魔法人形ドールの本当の姿、盾の少女アテナと槍の少年ヘスティアがクリュエルに立ち向かう。


「すぐ戻るから!」


 静紅は木板に足をかけて、空飛ぶスケートボードの要領で猛スピードでジャンヌの飛ばされた場所に飛んでいく。



・・・・・



 気を失ったジャンヌは子供の頃の走馬灯を見ていた。


「これは……幼い頃の私……?」


 アーベント・デンメルングの過疎地区に指定された、小さな街を治める貴族の一人娘として生まれたジャンヌは父と母から愛情を注がれて成長してきた。


 しかしそれは愛情でなく、貴族同士の政略結婚のための[教育]であることはジャンヌ自身分かっていた。


 元々ジャンヌの中には[おどおどジャンヌ]の人格しか無く、八歳の時に[クールジャンヌ]の人格が生まれた。


 それが影響したのか、ジャンヌは九歳の時に国の[護衛騎士]になることを志した。


 十一歳で護衛騎士の登竜門、パストラ騎士学園を卒業。そして夢であった護衛騎士のリーダーにまで登りつめた。


 十三歳になった頃、国王が変わった。前回の王もなかなか悪名高い王であったが、今回は比べ物にならないほどの愚王だった。


 気に入らないものを処刑する主義の王の意見は絶対だ。処刑された者の中には貿易大臣も居て、国は一気に不景気に陥った。


 政策により、ジャンヌは貴族である両親の元へ戻ることになった。


 そんな時、ベッドで衰弱する母からあることを聞かされる。


「ジャンヌ、私は……いいえ、私の母も祖母も祖祖母も[聖女]という特別な血を引く存在なのです。そしてあなたも例外では無い……」


 ベッドで寝たきり状態だった母に告げられたのは、ジャンヌも聖女の血筋だということだった。


 聖女とは言い伝えに登場する人のことで、『国が闇に包まれる時、光の聖女が悪を貫かん』という言い伝えだ。


 国が闇に包まれる時というのが、今だということを悟ったジャンヌは強く拳を握った。


 代々伝わる聖具【旗槍】を授かり、ジャンヌは国のために動こうと計画していた時だった。


 街は国の襲撃にあい、街の人は奴隷として連れていかれてしまう。


 ジャンヌだけがこの街に取り残された。


 大怪我をしたジャンヌは足を引きずりながら中央都へ向かい、そして静紅たちと出会うのであった。



・・・・・



「ん、んん……」


 目を覚ましたジャンヌの目の前では、必死に治癒魔法を唱える静紅がいた。


「よかった……! ジャンヌ生きてた……目を開けてくれた……」


 その言葉も振り払い、ジャンヌはボロボロの身体で立ち上がる。


「休んだ方がいいよ、ぐしゃぐしゃの身体じゃ何も出来ないよ!」


「いいんだ、私……思い出した。どうして護衛騎士のリーダーに登ったのか、どうして旗槍を握ったのか」


 静紅の手を掴んで立ち上がったジャンヌは、顔を見合わせて決意をみなぎらせる。


「困っている人を助けるため、悪を討つため。そのために、私は戦力を底上げしたんだ。全部……思い出したんだ」



・・・・・



『お姉ちゃん! もう無理だよ、僕の槍にヒビ入ってきてる!』


『何言ってるの! 主様に背中を預けてもらったからには、死んでもここを死守しなさい!』


 化け物と化したクリュエルに、魔法人形ドールの二人は応戦する。


 しかし体力も武器の耐久値もかなり減ってきている。


『そんなこと言っても槍が壊されたら僕戦えないよ!』


 涙目で訴える少年ヘスティアに、姉のアテナは言う。


『槍が無いなら素手で戦いなさい!』


『そ、そんなあ……!!』


 高い破壊力と移動速度を兼ね備えた化け物クリュエルは想像を超える強さで、二人は防戦を強いられる。


 その瞬間、バリンっという金属が砕け散る音とともに目の前でアテナの盾が破壊された。


『まずい……!!』


 絶体絶命の刹那、クリュエルの頭部に重い一撃が繰り出された。


「危なかったね二人とも! ジャンヌ、行けそう?」


「ああ!」


 ジャンヌは手のひらを天に向けると、炎の玉を打ち上げた。


 事前に伝えていた通りだと、この炎の玉を合図に紗友里たちもこちらへ駆け付けてくれるはずだ。


「今すべきことは紗友里たちが来るまでの時間稼ぎ! 二人とも人形に戻って!」


 アテナとヘスティアは静紅の指示通りに意思をなくし、手のひらサイズの人形に戻る。


 この人形には筋肉のようなゴムが内蔵されており、重いものも軽々持ち上げることが可能だ。


 これを利用して、過去には巨大ムカデも空へ打ち上げたほどだ。


「いっけえええーー!!!」


 静紅が両手を思いっきり振り上げるのと同時に、人形はクリュエルを空高く打ち上げて、落下とともに周囲に轟音を響かせた。


 それに続くように、龍を模した炎がクリュエルを飲み込んでいく。


「「火属性魔法・火龍ファルル!!」」

 

「前方の巨大なホムンクルスを標的に一斉準備! ……放てッ!」


 更に追撃として、数発の砲撃と射撃が土煙で隠れたクリュエルに降り注ぐ。


「シズクさん、助太刀に来た」


 ジャンヌの炎の玉が見えた紗友里の増援により、一気に戦況は傾いた。


 熱い展開に心踊らせる静紅。


「ルナとルリは後方支援に回る。主に怪我人の治癒……戦えないけど、絶対に死人を出さないと誓う」


 そう伝えるルナは、かつてのルナとは違い、今は自分の力に自信を持っているように見える。


 激しい攻撃を全て受けたクリュエルはようやく立ち上がると、獣のように吠えた。


『ぐおおおぉぉぉおおおお!!!!』


 既に自我はなく、意識までホムンクルスに呑まれたクリュエルは、ただ破壊の限りを尽くす生物兵器とかしていた。


 まさに衝動のままに動く成れの果て。


 衝動心の成れの果てである。


「よーしみんな! 準備はいい? それじゃ、ひと狩りいこーぜ!!」



・・・・・



 戦況は一気に傾いたと思われたが、クリュエルの一撃によってこの場の全員が傷を負うことになる。


 地中奥深くから突き出る岩杭の嵐が静紅たちを襲う。


「うわぁぁ!!」


「いやぁぁっ!」


 広い範囲に突き出た岩杭は、反乱軍の全員を襲った。まるで生きた災害だ。


 その被害は怪我人のいる救護場にまで及ぶ──────が。


「龍化九割……!イテテ、なんだなんだ?」


 四足歩行に、背中に大きな翼を持つ彼の姿は、他でもない[龍]だった。


 龍が人間を庇うという、ありえない光景を前にした静紅達。


 そして、龍化したルリにまたがるルナは優しい光を打ち上げる。


「治癒属性魔法・広範囲超回復……。言ったはず死人は絶対に出さないと。ルリ、視界が悪い……お願い」


「分かったのだ!くっくっく……人間たちに龍は危なくないと伝える良い機会だな!」


 人間の鼓膜には一切被害のないルリの咆哮により、地面から突き出た杭は全て破壊される。


「超回復は、細胞を活性化させる魔法……そしてそれは修復細胞にとどまらない。全ての細胞が活性化して、力が湧き出てくるはず」


 ルナが振りまいた回復の魔法は人々の頭に降り注ぎ、瞬時に効果を発揮した。


「よし、何とか乗り切った! けど次もう一度来たらどうなるか……」


 不安が頭をよぎったそのとき、ルナが珍しく大きな声を出した。


「シズクさん、来る……!」


「え、もう来るの!?」


「違う……」


「じゃあ何が来るって言うの?」


「姉さんが」


 ルナがそれだけ言うと、視線を空へ向けた。今にも降り出しそうな黒雲の中、そこには魔力で飛行する船が浮かんでいた。


「お待たせなのーーー! ルナ、大丈夫だった?」


 ルナによく似た銀髪ロリメイドの[ルカ]は地面に着地すると、こちらにピースを向けた。


「今すぐにでも出発したかったんだけど、戦力は多い方が良いかなって思ってちょっと待ってたんだ。でも安心して! 今動ける強い人たちをたくさんたくさん連れて来たの!」


 そして静紅は再び空を見上げる。


 そこには金髪ロングの巨乳エルフが。


「お師匠様ぁああーーー!!!!」


「あぁ……もう、ほんとこの世界は……!!」


 彼女の姿を見て、思わず目から嬉し涙が出てしまった。


 どうしてこの世界はこれほどまでも絶望に差し込む光が眩いんだ。


「ちょっと! 私もおるんやからな! もう空気の結芽子とは言わせんで!」


 そんないつものことを言う結芽子の声。


 そして─────


「おっと、お師匠様。なに私のことをじっと見てるんですか? なんですかこの胸ですか? いつも分けてくれとねだってくるこの大きな大きな胸ですか?」


「ほんと、変わらないね……」


「えっへん! ……と言うより、ほんとにどうしたんですか。いつもよりじーっと見つめちゃって」


「うるさいうるさい! フレデリカのくせに!」


「うえぇ!? ひ、ひどい……。ああもう、分かりましたよぅ! さっさと終わらせて話を聞きますからね!」


 そう言って、金髪エルフは背中の大剣を抜き放った。柄のところに埋め込まれた赤宝石が、日光がないのにも関わらず輝いて見える。


 金髪エルフは、抜き放った大剣に力を込めて、クリュエルの方へ一気に踏み出した────。



・・・・・



 フレデリカの魔法[聖光ルミナス]によって視界が奪われたクリュエルに、船に乗ってやってきた全員が一斉に攻撃を始めた。


 フレデリカからは頭部、ある騎士からは右脚、ある魔法使いからは左脚に攻撃された化け物は、無様に倒れ込んだ。


 更に猛攻撃は続く。


「姉さん、ルナはこの時を待っていた……。何人もの生命を奪われるところを無言で見つめ、自分の弱さに打ち付けられる日々。全てはこの時のために我慢してきた……」


 ルナの力強い声に、ルカは無言でうんうんと頷く。


「今この場より、これまでの憎しみを全てぶつけることが出来る……。姉さん、ルナの想い……受け取ってくれる?」


「うん、よく頑張ったねルナ。ルカもその想い、強く分かるよ……なんたって双子のお姉ちゃんなんだから! さぁ、ルカとルナのとっておきの魔法を撃つの!」


 手を繋ぎ、瞳を閉じると辺りに水魔分子が漂い始める。蒼く輝き始める地面を見た一般人は、思わず声を漏らすだろう。


 ルカとルナのとっておき。


 あの2人には無限大の可能性を感じる。あのふたりなら、なんだってできそうな気がする。


 2人は息を合わせなくても、声を被らせて唱えた!


「「水属性魔法・水球爆裂アクアマリン!!」」


 縦の魔法陣から一直線に水線が伸びる。

 空間に注がれるその水は、やがて巨大な水球へと変わる。


 パチンっ。


 指を鳴らした途端、水球は急速に膨張を始めて弾け飛んだ!


 その一粒一粒が下級魔物なら一撃で倒せるほどの攻撃力を持つ。それを何百粒も受けた化け物は。


「ぐ……ぁ、ぅ……」


 完全に戦意を喪失した化け物。正体は定かではないが、なかなかの強敵だったはずだ。


 全員が紡いだ連撃を、最後に静紅とジャンヌが締めくくる。


「クリュエル……せめて、来世は平和に生きれることを願ってるよ」


「お前のしたことは許されることではない。だから、向こうで罪を償うんだ。何十年も、何百年も、お前が帰ってくるまでにはこの国をもっと成長させておくから」


 静紅とジャンヌは2人で旗槍を持って前に進む。


 粉々に壊れた建物の残骸を踏み鳴らし、倒れた化け物の近くによると、互いに目を────。


「マ……ダダ、マダ、ワタシは……死んで、ないッ!このまま……死んでしまえば、、、この国は……この世界は……!!」


 なんと、化け物が急に人語を話し始めたのだ。

 そして化け物は続ける。


「私はまだ……死ねないのだァァァァァ!!」


 途端、辺りが黒いモヤに包まれた。視界が奪われ、自然と全身の力が抜けてしまう。


 地面に座り込んだ私は、その光景を黙って見ている他なかった。


「はァァァァァァッッ!!!」


 人の姿になった化け物は、残っている方の腕に先程の化け物のようなものを宿した。


 どうして片腕がないのか、人の姿になったと言うより、人の姿に戻ったというべきなのか。


「残る全ての魂をこの腕に集中させました。先程の攻撃力の……ざっと15倍でしょうか」


 ブンブンと振ったあと、化け物は更に続ける。


「全身全霊最高火力の一撃で、あなたを確実に殺します……ジャンヌ、あなたは今動くことは出来ないはずです」


 まさか、あのおぞましい手をジャンヌにぶつけるとでも言うのか。


 聞く通りだと、本当にタダでは済まないのではないか?


 静紅同様、ジャンヌも地面に座り込んでいるのなら避ける手段はない。


 どうして体が動けないのか、モヤが晴れたことで分かったが、この場にいる全員が身体にダルさを感じて動けないようだ。


「ッ……! ジャンヌ、逃げっ────」


「案ずるなシズク。何も切り札が残っていない訳では無い…… 」


「まだ切り札が残ってるの? なら早くそれを……!!」


「……それを使うと、もう君とは会えなくなる、シズク。それでも手伝ってくれるか?」


 切り札を用意していたらしいジャンヌは、静紅に説明をしていく。


「ホムンクルス化した人を全て復活させて、生命力をかき集めるんだ。1人でも多くの生命力をこの旗槍に集めて……聖具解放を使う」


 その言葉に、静紅は酷く悲しい顔をしたのだった。



・・・・・



 確かにその作戦には賛成だ。それしかクリュエルを討つ手は残されていないだろう。


 貴族邸で一度旗槍を解放した時、一瞬ジャンヌは気を失いそうになっていた。


 それだけ彼女の体に負荷がかかるんだ。


 某漫画の元気玉のように、この場の全員の力を収束させて旗槍を解放した時……ジャンヌは……。


 しかしジャンヌの目の中には戸惑いはなく、決意と覚悟のふたつしか無かった。


 静紅はその瞳を見て、作戦に賛同する。


 齢14にしてこのような決断を強いられる彼女の気持ちは計り知れない。


 でもそれが彼女の選んだ未来の歩き方なら。


「分かった、手伝うよ」


「ありがとう」


 紗友里から集めておいたホムンクルスの核を受け取り、一斉に人間に戻す。


「聖具解放・心の銅鏡……!!」


 静紅は持っていた銅鏡にそう伝えると[意識をジャンヌと交換]した。


 ジャンヌは今は少しでも体力を温存した方がいい。記憶を呼び起こす作業は、ジャンヌに扮装した静紅が行う。


「……もしも、この小さな球体の中にあなたがいるのなら応えて。人の道から迷った子羊のあなた……早く戻ってきて……!!」


 核から白い光が溢れ、一気に人の形へとなっていく。


 ホムンクルスの核から人間に戻れた人々は、自分が今すべきことを分かっているようで、ジャンヌに手のひらを向けた。


「よし、これで大丈夫だね」


 意識を自分の体に戻し、静紅はジャンヌの背中に手のひらを当てた。


「さぁジャンヌ、聖女の底力を見せてあげて!」


 そう言うと静紅は今持てる全ての生命力を彼女に送るように手のひらを向けた。


 静紅の声に続いて、他の皆の口からも応援の声が溢れる。


「ジャンヌ!君ならこの状況を打破できるはずさ。私の想い、受け取ってくれ!」


「近衛騎士達の攻撃を持ってしても倒せなかったクリュエルだけど、ジャンヌさんなら何故か突破できそうな気がするの!!」


「本来、この戦いの勝率はゼロパーセント……でも、あなたならやってのける気がする……頑張って」


「おいジャンヌ! こんなやつ、さっさと終わらせてしまうのだ! 我の全力……無駄にするんじゃないぞ!」


「「「頑張って!!!」」」


 この場にいる全員の生命力と魔力がジャンヌに集結する。


 闇は一層深くなり、その分微かな明かりでさえも眩く光る。


 長い間続いた戦いはついに終わりを迎える。


「なんだこの湧き上がる気持ちは……!! これがみんなの気持ち……それに力……!」


【強い反応を確認、コマンド・勇闘志の成れの果てを付与します】


「成れの果て!? でも成れの果てになるには紫の薬が……あっ」


 ペルソナリテと花園で話した時、テーブルの上に空の瓶が置かれていた。


 あれはペルソナリテからのメッセージだったことに静紅は気がつく。


 紫の薬の飲薬、そして[勇気と闘志に満ちた決意]によってジャンヌは[勇闘志の成れの果て]へと姿を変えた。


 金髪のショートボブに、純白の翼を背から生やしたその少女は水平に手を空で泳がせて。


「……」


 彼女を取り囲むように三本の実体を持たない旗槍を生成し、槍先を標的に向ける。


 その場で一回転して、見るからに美しく幻想的な白ドレスを身にまとったジャンヌはとうとう旗槍に力を込め始める。


「聖具解放・旗槍!」


 2度目の聖具解放。


 1度目とは格が違う聖具解放は、軽い金属音と黄色の光を伴って起きた。


「クリュエル、私の強さの秘訣を知りたがっていたな。今教えてやる……」


 季節は夏の終わり。


 黄昏に包まれたこの国アーベント・デンメルングを統治する国王残忍姫クリュエル。彼女は処刑を繰り返し、人々から多くの反感を買った。


 そこに現れたのは聖女としての運命を背負った14歳の旗槍少女ジャンヌ・ダルク。国王に反乱するために結成された[反乱軍アングリフ・ボレロ]のリーダーとしてここまで導いてきた。


 長きに渡る争いの最中、一体どれほどの尊い命を奪われたのか。


 それは今ではもう分からない。しかし、そんな失った命があったからこそジャンヌは立ち続けることが出来たのだ。


 そしてとうとう────。


「私の強さは……仲間を、味方を信じる心だァァァッ!!!」


 そう言うと、ジャンヌは一気に駆け出した。翼をはためかせ、更なる速度上昇を生んだジャンヌは空高く登って実体を持たない旗槍と共に急降下を始める。


「これまで死んだ仲間のために、今ここでこの争いを集結させる!!」


「そんな棒で何が出来る? そんな棒を持って何になる!?」


「そんな棒……か。お前はそう思うかもな! しかし、この代々受け継がれてきた旗槍には代々の聖女。そして今ここにいる全員の生命力が詰まっている!!」


 びゅーびゅーと風が耳を撫でる中、ジャンヌは最後の言葉を伝える。


「私の旗槍は……私たちが造り上げた旗槍は、天を駆けて地をも突破する!! いいか、これが私たちの反乱だ! 私たちの……アングリフ・ボレロだァァァァァッッッッ!!!!」


 視界が弾ける。

 肌が一瞬冷たくなり、そして熱を持つ。

 2人がぶつかり合うことによって生まれた衝撃波は形容しがたいもので、なんとも言えないものだった。

 ただひとつ言えるのは、私たちの想いが届いたということ。

 全身全霊の一突きがこの星を一周する勢いで煌めき、世界中を心の光で照らした。


 繰り返す。


 ジャンヌの全身全霊の一突きが、世界中を温かい心の光で照らした。




・・・・・



「ねぇシズク、死ってどんなものだと思う?あなたの意見を聞かせて欲しいの」


「死……かぁ、うーん、周りの人には辛いことだけど、本人にとっては新しい旅路が生まれるってことじゃないかな」


「そっか……なら、それを祝うのがせめてもの供養になるのかな」


「きっとそう。その想いは、必ず届くはずだよ」


 街の復興作業の光景を前に、静紅とスズメは静かに言葉を交わす。


 ルナの治癒魔法によって復活したスズメはリハビリを経てようやく歩けるようになったようだ。

 リハビリと言っても、数日程度のことだが。


 魔法の建築というのは素晴らしく、あの決戦からわずか数日でほとんど元の風景に戻り、私たちの入国時より活気に溢れていた。


 残忍姫クリュエルは国際連盟が運営する脱獄不可能の牢獄に送還され、この国に王という存在はいなくなった。


 反乱軍は目的を終えたため、解散となり今は皆別々の暮らしをしている。


 この戦いは世界の歴史に残る大戦争だったらしく、すぐにたくさんの国の人がボランティアで復興作業を手伝ってくれた。


 死ぬほど悪い人もいるが、仏のように優しい人もいるようで、怪我をした私達の看病を積極的にしてくれた。


 ルカ勢が持ってきた食料をこの国全土に配り回り、この国の食糧難はなんとか解決されたようだ。


 頭の上には満点の青空が広がり、雲ひとつない大空が私たちを称賛しているように感じた。


「シズクはこれからどうするの?」


「私? うーん、早く家族の顔が見たいし、ヴァイシュ・ガーデンに帰るよ」


 その静紅の言葉に、スズメはしゅんとする。


「私はこの国のためにできることを続けていくわ。戦いじゃなくて、政治的な意味でね」


 スズメの表情に違和感を覚えた静紅は彼女の顔を覗き込んで聞く。


「寂しい?」


「さ、寂しくなんか……。この2週間ぐらいずっと一緒に居たわけだし別れるのはなんというか……」


「んー? 伝えないと伝わらないよ?」


 急にスズメは顔を赤らめて。


「っ……、そ、その……離れるのは寂し……いというか」


「はいはい、やっぱり寂しいんだね。でもたった2週間の付き合いだよ? そんなに執着するもの?」


「シズクはお母さんによく似てるし、お姉ちゃんっぽい感じがあったからかも。まぁでももういいわ、変なこと話しちゃってごめんなさい」


「それはそうと、いつの間にか蒼色の生地も巻き付けてるよね?」


 スズメの腕には元々巻いてあった赤い布と、見覚えのある青の布が巻かれていた。


「あぁ、これ? これは……。な、なんだっていいでしょ!?」


「ソルーナの着ていた服の生地? あーー、敵とはいえ、相手を尊敬するのは悪いことじゃないよ。本気で命を削りあった仲だからこそ生まれる何かもあると信じてるし!」


「そ、そうよ。ソルーナの服の生地よ! 私にとってあの人は好敵手なのよ……もう居ないけどね」


「スズメ……」


「でも、私は前を向くの。さっきも言ってたでしょ? その人の新しい旅路だーって」


「うん、それもそうだね────」


 静紅は少しこの沈黙を感じて、この旅に幕を下ろすことにした。


「───さて、そろそろ行こっかな。今日の昼出航だから、今からゆーっくり行っても時間は余っちゃうけどね」


「そっか、もう行くのね。また来なさいよ、その時までにはこの国も立派にして精一杯もてなしてあげるから」


「うん、必ず。じゃあねスズメ」


「じゃあねシズク」


 静紅とスズメは腕をぶつけて互いに約束を確認した。


 それから静紅たちは別々の道を進み始める。

 少し振り返ると、そこにはもう彼女はいない。


 微かな寂しさを振り払い、静紅は中央都から貿易港までの長い長い道のりを眺めた。


 遥か彼方に見える海。それに接する貿易港。

 そんなところまで行けるのか。


 いつもの静紅なら面倒くさがって絶対に歩かないだろう。しかし、なぜか今の私は少し1人で歩きたいと感じた。


「よーし、歩くか!」


 出会いがあれば別れもある。


 新しい地に足を踏み入れるのは、新しい世界に足を踏み入れるのと変わらないことだと思った。


 これからの道のりも平坦なものでは無いと思う。でも、静紅ならなぜか行けそうな気がする。


 それがジャンヌが信じた静紅であるから。


 ジャンヌが信じた静紅を信じるんだ。


「そうだよね、ジャンヌ」


 静紅の独り言に、花の咲く草原を吹き抜ける風が一瞬だけ強く反応した。


 草を巻き込み、飛んでいく様子はなんとも言葉にし難い美しさを持っている。



 ……そこにいるの?ジャンヌ。



 整備されていない国道の脇には、小さなアイリスの花が堂々と咲き誇っていた。



 第10章 アングリフ・ボレロ  【完】






【アイリスの花】 花言葉・希望、メッセージ


今回でようやく総集編の投稿は終わりです!


というわけで、明日から


第14章 聖夜に響く賛美歌を


をお送りします! 今からクリスマスまでの9日間、静紅たちのクリスマスパーティの様子を描いて行けたらなと思ってます!


序盤に登場してたあの子も出てくる予定なので、お楽しみに!

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