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第1259頁 歩み寄った先に


 深夜の喫茶・エルメスは宿屋のエントランスで開店した。


 エルメスの荷物には小さなバーナーと耐熱性のポットが入っている。


 ちなみに他は日記帳とペン、お菓子などだ。


 ミルクを宿屋の夜番に貰い、ポットにそれを注いだ。


 バーナーに火をつけてミルクが温まるのを待つ間、ニンナはその揺らめく火を静かに眺めていた。


「ホットミルク……ですか?」


「はい、夜に目が覚めた時はホットミルクに限ります。温かくて、優しい味がするんです」


 その笑顔は子供ながらにどこか切なく、ニンナの胸を締め付けた。


「エルメスさん、あなたはあなたの先祖……英雄フロイスについてどのくらい知っていますか?」


「祖父については……そうですね、一般教養で学ぶ程度しか知りません。えへへ、ダメですよね、今のレイギルモアを持っているのは私なのに」


「そんなことありませんよエルメスさん。一般教養というのは[英雄と安寧の大樹]のお話ですか?」


 そう、エルメスの国の話で[英雄と安寧の大樹]という一人の男性の一生を描いた伝記がある。


 確かにそれを読めば彼の足跡を感じることが出来るが、多少話が盛られていたり、事実とは少し違っていたり、全てを信じて「これが彼の全てだ」というには信憑性が少々低い。


「槍を受け継ぐ者として、知っておくべきだったのですが……母さんと出会う前はそんな余裕も無かったので」


 エルメスの過去はニンナも少しだが知っている。


 確かにあんな状況では先祖を調べる余裕はなかっただろう。


「こんなこと、本当は言ったらダメだと思うんだけど……」


 祖父が偉人であることから、親近感を持っていたニンナは彼女の話を親身になって聞いてあげた。


 エルメスは言いづらそうに言葉を選びながら、ゆっくりと語り出す。


「私ね、家を出るまでは英雄フロイス・グランデのことを恨んでいたし、羨ましがってたんだ。彼のせいで私は[グランデ]の名を背負う者として優れているべきだ、って言われて、子供の頃からずっと……」


 ニンナの祖父カルロッテは[カルロッテがすごい]のであって、彼の一族自体はそこまで話題にならなかった。


 しかしエルメスは違った。


 フロイス・グランデという姓は孫であるエルメスを拘束し、彼女の両親たちに焦燥を与えた。


 貴族が多いアルクベールとの価値観の違いだろう。


 ホットミルクをちびちびと舐めるように飲むエルメスの背中を、ニンナは何も言わずに擦る。


「でも、聖具の再誕は今の持ち主と聖具との縁が大切になってくるって聞いて……少しずつでも、彼に歩み寄らないとなって……思った、うん、思ったんだよ」


「それであなたの[グランデ]の拘束が完全に解けるのなら、私は全力で支援しますよ」


「母さんの子供になって、私の名字は[クイナグチ]になった……でもこの身体に流れているのは間違いなくグランデの血。拘束が解けるかは分からない。けれど歩み寄った先にあるのはきっと、皆から英雄って称賛される私だから」


 そう言い切ったエルメスの頭をニンナは抱き寄せ、彼女の腕の中で優しく撫でる。


「ふと思ったのですが、エルメスさんの行動理念ってだいたい[本を読んで欲しい]や[称賛されたい]などの承認欲求ですよね」


「ほぇ……? そ、そんなことない……はず!」


「ふふ、承認欲求も素敵な行動理念ですよ。子供の頃に否認された分、私たちが沢山あなたを認めてあげます。エルメスさん」


 ニンナは微笑み、特に意味もなく彼女の名前を呼ぶ。


「う、うん!」


「エルメスさん」


「うん!」


「エルメスさん!」


「し、しつこいよ! あっ……大きな声出したらダメだね、静かにしなきゃ……」


 その後、結局二人は眠ることなく朝日が昇るまで宿屋のエントランスで語り明かした。


 エルメスのニンナに対する敬語は、いつの間にか消えていた。


 


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